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6緩甘ネジ
あなたの色なら⑤
しおりを挟む建物の影から出ると、容赦なく日差しが自分たちに降り注ぐ。
さっきまでの空間、時間が嘘のようだが、自分たちの空気は明らかに変わった。
繋いだ手の力は変わらないが、嬉しさを隠さずわかりやすい行動に口元が緩んで仕方がない。
一軒目は特にめぼしいものは見つからず、二軒目、三軒目と足を運んだ先でやっと期待できそうな食器類を見つけた。
仕事柄、ショップに入ると配置や置いているものをついつい見てしまう。
そのため、一軒目も二軒目もそういう意味では気になる店ではあったが、今日はあくまでお揃いの食器選び。
厳選された食器の数々。北欧もの、ヨーローパ、そして日本製。シンプルかつこだわりの食器は使い勝手もよさそうだ。それぞれ気になったものを告げて相談し決めていく。
そして、残りは茶碗だけになった。
茶碗はメインだ。和食だとほぼ食卓に並び使うもの。
毎日手に取るそれは、意識していなくても食べる時の気分をある程度左右すると思っている。愛着を持てるものであるべきだ。
初めからどれにするか決めていた。
それを見た瞬間にこれだっと思ったから、このお店に決めたのもある。
「翔さん。茶碗はこれがいいです」
「悪くはないが、横の黒と白のセットもいいと思うが? 今までの感じだったら千幸もそっちが好きそうだが」
「そうですね。それも好きです。だけど、茶碗はこの色がいいです」
「ふ~ん。千幸がそれでいいなら構わないけど、何で?」
千幸はこっちだと思ったのになとぽそりとぼやき、俺の千幸予想を外すとはとちょっとむっとして拗ねる小野寺に目を見張る。
──本当、予測できないというか、なんというか。
どこに不服を申し立てているのか。相変わらずどう出るかわからない相手だ。
そして、それが困ったと思いながらも可愛らしく感じる自分もおかしくなってしまったみたいだと考えながら、理由を告げる。
「だって、翔さんの瞳の色に似ているから」
小野寺の榛色の瞳に似た不思議な色合い。全体的に落ち着いているのに、見ていると飽きない色味は味があると思う。
それをこの人が使うと思うと、その茶碗を使う相手にご飯を作ると思うと、すごく楽しい気分になった。
それが理由。何気ない、だけど日常を思っての大切なこと。
千幸としてはシンプルな理由。
色味が気に入った。だから、これがいい。
それだけの会話だったはずだ。特に深い含みがあったはずはなく、でもちゃんと納得のいく理由であったもの。
それを告げただけ。
「………………」
なのに、沈黙が重い。
「翔さん?」
何かまずいことを言っただろうかと思うほど、小野寺がその茶碗を凝視する。
もしかして、嫌なのだろうか。
「翔さんはその茶碗は嫌ですか? でしたら、その横のでも……」
「いや、これでいい」
続く言葉を遮り、小野寺が注文する。
そのあと、それと合う箸まで勝手に決めて支払いを済ませてしまった。
強引さはいつもの小野寺のようで、どこか違う。
ショップを出たらその違和感は霧散し、千幸も特に気にすることもないかといい買い物ができてよかったと浮かれていた。
そして、現在。
「……………」
「……………」
そのあと予定通りランチをしてマンションに帰宅し、買ってきた茶碗を机の上に置いて凝視する小野寺。
──んん~、何かしゃべって。
時おり、難しく眉を寄せて茶碗を見る。
あなたはどこぞの鑑定士かってほど、真剣な表情は一体何を目指しているのか。
「翔さん。そろそろ何をしているのか教えてくれませんか?」
「ああ。見てる」
それはわかってます。ザ・凝視、ですからね。
「だから、なんでそんなに真剣にその茶碗を見ているのかと聞いているのですが。気に入らない、というわけでもないんですよね?」
「ああ」
ああ、じゃなくてなんですか? 会話をお願いしたい。
「翔さん。いい加減にしてください。何もないならそれでいいのですけど、そんなに真剣に見ていて理由はないわけないですよね?」
そこでやっと茶碗から視線を外し顔を上げた小野寺は、千幸を見ると顔を赤らめた。
──いやいやいやいや。もう、反応がよくわからない。
「……本当に、どうしたんですか?」
この状態は明らかに茶碗が原因。でも、嫌というわけでもない。けど、難しい顔で見ていた。
そして、今は千幸を見て顔を赤らめる。
本当、わからない。
「千幸はこの茶碗を気に入ったんだよな? 横にあったのではなくて」
「はい。色がいいと思ったので」
お店でも言ったよねと思いながら、再度告げる。
「そうだよな。…──千幸はこの色好き?」
「そうですね。でも、その色がというよりは、翔さんの瞳の色を連想させるからいいなと思いました。日々、使うと思ったらすごく愛着持てません?」
「俺はわからないが」
「そっか。翔さんは見られる側だからわからないのかも。私は味わい深くていいと思ったんですけど。それで結局は何なんですか?」
何が小野寺をそうさせるのか。この質問だけではわからない。
首を傾げると、小野寺は身体を前に乗り出し顔を近づけてぽそりと口にした。
「俺は自分の瞳の色があまり好きではない」
それが先ほどの態度に関係していると。
「……そうなんですか。私はすごく綺麗だと思いますけど」
好みは人それぞれだし、学生時代は黒のカラコンをしていたらしいので、小野寺にしかわからない悩みがあるのかもしれない。
だから、自分の意見だけを伝えた。
「千幸はこの色好き?」
「はい。好きです」
はっきりと告げると、ややあって小野寺の嬉しそうな声が落ちてくる。
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