ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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6緩甘ネジ

あなたの色なら③

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 ──くぅっ。ちょっと可愛い~。

 それが自分だけに向けられている。
 今までだって好きをたくさん伝えてくれていたが、出会いが強引だったからかそんなふうにうかがわれているなんて考えもしなかった。
 自分にだけ健気な獣。それを愛でることができるのは自分だけ。

 でも、その視線が気に食わない。
 小野寺だけが恋人を思いやってるみたいで嫌だ。

 千幸だって小野寺のことを知りたくて、こんなにももどかしくて考えているのにと思う。
 悔しい。このもどかしさが伝わらないことが。

 まるで自分だけがすごく愛しているとばかりのそれに、自分たちの関係で距離を感じるのは何も小野寺の専売特許じゃない。
 『貪り尽くされる』ことに正直腰が引けるが、拒否したい気持ちなどないのだ。

 気持ちを『待つ』と相手が言うから、その気持ちに追いつけるようにとここ最近千幸の頭フル活動している。ちょっと焦っている。

 ――あっ、そっか。

 そこまで考えて、『待たれている』状態がいたたまれないのかと、やっと自分の感情のもやもやに気づいた。

 小野寺が何を求めているのか明確なことはわからない。
 求めているものを返せるのかはわからないけど、ボールのように投げたら落ちるのではなくて、少しずつ意思をもって動いている。それを知ってもらいたい。

 『待ってくれる』というなら待ってもらう。でも、その腕に飛び込みたい気持ちはあるのだと、小野小寺は知るべきなのだ。
 やはり、どこか四年という歳月は小野寺を慎重にさせ、こちらは聖域化している気がする。

 なら、千幸なりの言葉を伝えていこう。
 何も相手に合わせようとせず、千幸は千幸のペースで良いではないか。あまりにも小野寺の放つ空気に当てられすぎていたようだ。

 千幸は少しすっきりした気分で小野寺を見上げた。
 その際に繋いだ手にきゅっと力を入れる。ぴくりと小野寺の手が反応し、続いて力を入れて握り返される。

「翔さんを見ていると可愛いなって思います」
「……可愛い?」
「はい。愛おしいという意味で」
「…………」

 そこで何かしらの小野寺らしい言葉が返ってくると思ったら、なぜだか黙ってしまった。

「えっ? 翔さん?」

 急に歩みを止められどうしたのかと戸惑っていると、「来て」と繋いだ手をぐいぐい引っ張り路地裏の建物と建物の間に連れて行かれる。

「ちょっ、翔さんどうしたんですか?」
「千幸が悪い」
「何がですか?」

 千幸の言葉を無視した小野寺はトンッと千幸を壁に追いやり、サングラスを取ると覆うように見下ろしてくる。
 その顔はしかめっ面をしながら耳元は赤く、それに気づいた千幸を見て舌打ちした。

 ──いや、急に何なんですか?

 急変は怖いので遠慮してほしい。美形が凄むと迫力ありすぎる。
 そもそも、どこに舌打ちする要素があったのか。

「ちょ、態度悪すぎません?」

 何に怒ったのかは知らないが舌打ちは腹が立つなと訴えると、じろりと睨まれた。
 だけど、繋いだままの手は力強いが痛くはなくて、怒っているのではなくて戸惑っているのかと今さらながらに気づく。

 ──だったら、何に?

 わからず首を傾げ、説明してくださいと訴えるように見る。
 すると、はぁっと大きく息を吐き出しおでこをくっつけるように顔を覗き込まれた。

「不意打ちはやめてくれる?」

 影が重なり、近さで見えない顔をよく見ようと目を見開き小野寺を見る。

「……不意打ち?」

 さっきの会話のどこが不意打ちなのか。
 甘さも含んだやり取りはいつものことで、どちらかというとその甘さを存分に浴びせられている側の千幸としては、ちょっと返しただけのこと。

 むしろ、小野寺の糖度が十ほどだとしたら一もないくらい微々たる、でも付き合っているのだろう会話だったはず。

「……と……し、って、…た」
「えっ? 何て?」

 珍しくごもごもと告げるそれに聞き返すと、ぐいっとおでこに圧がかかる。

「だから、……しい、て言った」
「えっ?」

 あともう少し。耳を傾けると、うりうりとおでこを攻められながら告げられた。

「千幸が愛おしいって言った!」
「言いましたけど」

 それが何か?
 あと、さっきからおでこ攻撃なんなんですかね?

「……照れる」

 そんなセリフとともにそこで顔を隠すように肩に顔を埋められ、その重みと彼の仕草にぶわぶわっと体温が一気に上昇した。

 ──えっ、それ可愛すぎるんですけど!?

 恋人が、……デレてる? これってデレてるの?

 普段、ツンとしているわけではなくまったく逆なのだけど、あれだけ甘い言葉をはく人が、たった可愛いという意味合いを含んだ愛おしいと言っただけで照れるとかどういうわけだ。

「翔さんはいつも私に照れもせずに言いますよね?」
「だって、千幸からは初めて聞いた」

 ぶすっとふてたようにそういうと、ぐりぐりと肩に顔をなすりつけられる。
 あれ、こんなことする人だったかな? いつも余裕で千幸をかまってくる姿から考えらえれない照れ具合。

 やだ、このワンコ可愛い。
 自分の言ったことに対して、これほど反応されるとこちらも照れくさいとともにどうしてもその姿は可愛く映る。
 獣の時との落差がヤバい。どうして今日はこんなにもワンコ型なのか。

「その、言ったことなかったでしたか?」
「ない」

 間髪をいれず言われ、そっかと思う。
 もしかしたら、案外小野寺が求めていることはそんなに難しいことではないのかもしれない。
 可愛すぎて胸がキュンとなった。

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