100 / 143
6緩甘ネジ
あなたの色なら②
しおりを挟む「千幸、疲れた?」
「大丈夫。今日は暑いなと思っただけ」
「そう? でも、しんどくなったら言って」
「ありがとう」
ちょっと考え込むだけで気遣ってくれる。
優しくできた恋人は、外では完璧な男性だ。少し考えて、千幸は言葉を付け足した。
「この暑さは結構きますが、いい食器が見つかるか楽しみなほうが勝ちます」
「そうだな。俺も楽しみだ。お揃いが」
にっと笑い、サングラスの向こうの眦が下がるのを見て、千幸は笑みを深くした。
お揃いに喜び、大事な行事だと言わんばかりの空気は気恥ずかしいが、選ぶのに気合いが入る。
何をすれば正解なんてなく、やはり自分たちなりに向き合って自分たちのペースでいくしかないのだろう。
それはわかっているのにここ最近ぐるぐる考える。
雑に扱ってほしいわけではないけれど、気遣われると自分のことばかりでなく小野寺自身の思いに忠実でも、もっと強引でもいいのにとも思う。
だけど、ドア前出待ちなど付き合うまでの小野寺の行動はどうかと思うし、結局どうしてほしいのかわからなくなってくる。
小野寺が一歩下がるのは、その先、百パーセントの思いと欲望をぶつけるしかできないからだと考えれば、『もっと』なんて伝えるのは躊躇ってしまう。
さすがにそのすべてを受け入れる覚悟があるかどうかまだわからなかった。
結局、そこまで自分の気持ちが固まっていないことが原因なのだろう。
そこまで考えて、情けなくて申し訳ない気持ちになる。
その申し訳ないと思う部分を感じ取り、小野寺が一歩いつも引くのかと思うと寂しいし悔しい。
だから、早く気持ちが追いつくように、千幸もできるだけたくさん小野寺のそばにいて、小野寺のいろんなことを知りたかった。
この辺で有名なファッション通り、そこから一本、また一本と道をずれると、こだわりのインテリアショップが姿を現す。
せっかくなので、リサーチも兼ねて自社で取り扱うわないものから探してみることになった。
店によって扱う商品や系統も違うので見ているだけでも楽しく、百貨店で探してもよかったが足を動かしてデートを楽しもうと小野寺とやってきた。
小野寺はベージュのクロップドパンツに黒Tシャツ、その上にさらりと白のシャツを羽織り、サングラスをかけている。瞳の色素が薄いので、そのほうが楽なのだそうだ。
普段はスーツ姿、家では緩めの長いズボン姿が大半なので足首が見えているのは新鮮だ。
年齢不詳のイケメンで、どこの海外モデルなのかと漂うオーラ。
周囲の視線がそわそわと小野寺に集中する。そして、彼が掴んだ手の先の千幸を見て残念みたいな顔を何度見たことか。
家が隣なので多くの視線に晒される機会も少ない。
普段の言動が言動なのでとびっきりの美形だということをすっかり忘れそうになるが、二人で外に出かけると、小野寺がとても目立つことを意識させられる。
──だからといって特に何をでもないけど。
ちょっと視線が痛いなくらいだ。
それに周囲を気にするよりも、時おりすいっと繋いだ手の手首辺りを人差し指でくすぐられそちらに気をとられる。
「千幸」
「なんですか?」
そのたびにぴくっと反応する自分もどうかと思う。
だけどちらりと視線を上げて見る横顔からは嬉しそうに口端を上げているのを見つけると、千幸も自然と同じように笑ってしまう。
「んん。暑いな」
「そうですね」
会話に内容はない。だが、視線や指先が俺を意識しろよと訴えていて、嬉しい気持ちとどこか寂しい気持ち。
そんなことしなくても見ているのにと思うのだが、愛おしそうに視線を向けられると口が閉じてしまう。
小野寺のこと、この関係のこと、食事のこと、帰ってくる時間。生活部分が小野寺に侵食された。
その分考えることが増えていて、困ることもあるけれどどれも根底は温かい気持ちで付き合っていて楽しい。
それをうまく伝えられていない自分。結局はそこに辿り着き、やはりもどかしさを覚えてしまう。
──好きって難しい。
向き合い寄り添うとなると好きだけでは成り立たず、いろんな色に隠れてしまって見えにくくなる。
ただ、出会ってからずっと小野寺から向けられる『好き』は変わらない。
この温かいものをくれる人を大切にしたいという気持ちは伝えていきたい。
きゅっと繋いだ手に力を入れて、じっとサングラスの隙間から覗く榛色の瞳を見つめる。
綺麗な色。その瞳に囚われると不思議な気持ちになる。視線を感じた小野寺がすぐさま千幸と目を合わせてきて、にやっと口の端を上げた。
「俺の千幸が可愛い~」
すっと顔を寄せてきて耳元でささやかれる。
その低音で響く声は、千幸にとって弱点だったりする。顔の造作より声。声が好みすぎる。そして、エロすぎる。その美声なんなの?
いつまでたっても声は慣れない。
耳元はやめてほしい。その声とともに、俺の、を強調されて思わず頬が熱くなる。
いや、そういう言葉を求めていたわけではないんです。もしかして、小野寺は千幸がその声に弱いってことわかってるのではないだろうか?
ちらりと疑惑の目で見てみるが、にこにこと笑みを浮かべて嬉しそうに見つめられ真相はわからない。
「翔さんはどこでも変わらないですね」
「千幸といて千幸を愛でないとかありえない」
「愛でるって、おもちゃとかじゃないですよ?」
「当たり前だろ。千幸以外に愛でたいものはない」
人でも物でも何でも、千幸だけだと告げられる。
そこでまたにやっと口角を上げたのを見て、自分をからかって楽しもうという意図が伝わってきた。相手の思惑通りに熱くなったことに眉をしかめ、じろりと小野寺を見上げる。
好きだと伝えながら、そうやってからかうことで自ら一線を引いている。
実際、楽しいからが前提だとわかるし、これも戯れなのだと千幸だってわかっている。
でも、それが最近気になる。
そう気になるのも小野寺の計算だったらもうどうしようもないのだが、千幸に逃げ道を用意しているようで、甘く甘く囲い込まれて身動きが取れない状態だ。
──やっぱり、やっかいな人……
ただ、わかることは千幸を『逃す気』はないこと。その腕に千幸が落ちるのを『待たれている』状態。
そこまで考えて、千幸ははっと小野寺を食い入るように見つめた。
端整な顔は相も変わらず自分を見ている。千幸の些細な感情の揺れを見逃さないように、しっかり観察されていた。
交わる視線の中、すいっとまた腕をくすぐられる。そして、またじっと千幸の反応をうかがっている。
まるで獲物の隙をみる肉食動物みたいだ。それでいて、それは食うではなく愛でるためにうかがっている。
図体は決して可愛げないのに健気に周囲をうろついて 『おいで』と待ち構える獣みたいだ。
26
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる