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6緩甘ネジ
長い時間の真相 side桜田⑨
しおりを挟む「へこむな」
「事実だから。とにかく、邦彦くんも困っているみたいだし、翔が倒れたら彼らも職を失うし、この中途半端な状態はよくないって思うわけ。相手をはめるためにするのではなく、確かめるため。翔が傷つく可能性は大きい。その時はすっぱり諦めるしかない」
「諦められるか……」
軽い気持ちならここまで拗らせていないよなと、桜田は同情する。
「気持ちを自覚したばかりだから、今はそこまで考えなくてもいいと思うよ。ただ、その可能性も理解して動くかどうかということだ。とにかくその時はその時で今は自分の気持ちに向き合うことと、チャンスは絶対逃さないって決めといたらどのような結果になろうと今よりもマシなはずだ」
「…………」
「ハメるみたいで迷うかもしれないけどさ、相手が引っ掛からなければいいだけだし」
俺だってちょっとは悪いとは思うけど、遠距離の可能性もあるんだったらこれが相手にとっていい刺激になって熱が上がる可能性もある。
そうすると、彼らのために自分たちは動くことになって虚しいったらない。
どちらに転ぶか本当にわからないのだ。だから平等。
そういう状況に持っていくことができるのだから、多少なりとこの四年分を思って動いてもいいはずだ。
その思いが届いたのか翔も覚悟を決めたようだ。
ゆったりと口元を緩めるが、目だけが獰猛に眇められる。
それを見て桜田も、そして轟も、気持ちが本当のところで決まった。
メガネを軽く押し上げた轟が言い聞かせるように、こちらもゆったりと告げる。これは最終確認。
「そうだな。このままでは俺らにも悪影響だ。なら、やり方はあまりよくないが、そのトラップに引っ掛からなければ相手には何もないのと一緒だ。その時は諦めるしかないし、会社のためにもそうしてもらう」
「……ああ」
諦めるの言葉に深く眉間にしわを寄せながら、低く翔が返事を返す。
不承不承といったそれに肩を竦め、轟は続けた。
「その反対に、もし相手が揺らぐようなら、それだけ小野寺が彼女を大事に思うなら、そういう男に任せておくべきではないだろう? それを見極めるためにも桜田の案はありだ。さっきも言ったがタイミングとしても良い」
翔の眉がぴくりと動き、ゆったりと視線を伏せた。
重い沈黙と思考。伏せた時と同じようにゆったりと上げた榛色の瞳が強く輝いた。
「────わかった。それでいく」
「おお。やる気になった」
「ああ」
重くなりすぎる空気を軽くするため茶化すと、翔は余裕の笑みを浮かべた。気持ちを決めた男は頼もしい。
にっと笑みを浮かべる男は、さっきまで恋がわからないと言っていた男とは思えないくらい、頼もしくそして男としての狩りの本能をむき出しに告げた。
「本当は俺が望むチャンスができて動く場合、その時は千幸が傷ついているということになるから嫌だけどな」
「でも、動くだろう?」
「もちろん。どのような結果になっても人事前の方が誰にとってもいいだろう。私情を挟む前に決着をつける。だが、動くと決めたからには少しでも男に隙があるようなら全力で千幸を奪いに行く」
「まあ、そうだよな」
傷つけたくない、でも彼女が欲しい。
それは本音。
好きな女性を思う葛藤と本能。
「その時があれば絶対逃さない。これまでの時間も埋めるつもりで千幸をとろとろの甘々にしたい。そうするには、生活拠点も同じところがいいな。今住んでるところに、越してきてもらおう」
「いや、今住んでるの億マンの最上階だろう? それ駄目だろう。絶対引くし。ほどほどの物件でセキュリティ大丈夫なところじゃないと、絶対彼女逃げちゃうって」
「なら、桜田の所有マンション二室空き作って。隣でな」
「そんな急に」
話飛びすぎじゃない?
「けしかけたのは桜田だろ。できるよな?」
「わかった。これ、貸しだからな」
「ああ。その代わり怪しまれない物件で用意しろよ」
「わかった。というか、けしかけたけどやる気あり過ぎない?」
さっきまで憂いていたのは幻?
「別に絶対そうなると思って言ってるわけではない。マンションも使わなかった場合、貸すか売るかするし。相手の男が揺るがなければ何も起こらない。そうすれば、千幸を傷つけなかったことに安心するとともに嫉妬まみれになるだろうが、ここまできたらそこは俺が今からどうこう考えることではないしな」
「そうだけど」
さっきは自分たちがそう思って言っていたのだが、言い切られると逆に不安になるというか。割り切り方が男前なのはいいのだがしっくりこない。
そう思うのは、さっきまで恋に関して赤ちゃんレベルだったことを知っているからか。
こっちがすごく振り回されている気がしてならない。
人の気も知らず、すっかり気持ちを切り替えた翔は恋する男であり、どこかやはりネジのつき方がおかしいようだ。
極端から極端に走っているように見えるが、理性がある分扱いにくい男だ。
「俺は男が揺らぎ千幸の気持ちに隙ができた時にどうするかを考えるだけだ。じゃないと、俺のところにくる可能性さえもなくなってしまう。準備は万端に越したことはない。その時は千幸に余計なことを考える暇もないくらいに引き込むまでだ。トロトロに甘やかして俺しか考えられなくする」
聞いていて恥ずかしい。
――これ小野寺が千幸ちゃん捕獲したら大変なことになるヤツ?
いや、まだわからないがとろとろに甘やかす宣言を真顔で友人にするのもどうかと思うし、今までの異性との交流がさばささばしていただけにギャップがすごいんだけど。
――えっ、恐ろしい資質あったりする? 大丈夫、だよ、な?
少し翔のペースに押されてるのか、けしかけといてどっちが主導だったとかわからなくなってきた。
「ああ~。でも、翔が動けば動くほど後者のパターンが見えてくるんだけど」
「ああ? 確かに決めたことに失敗したことはないが、こればっかりはわからないだろう。俺は俺で後悔しないように準備するだけだ。言っとくけど、こうしている時間も千幸のこと考えると苦しすぎるから、そうしておかないと理性を保つ自信がない」
片方の口端をわずかに引きふっと息をつく小野寺の苦悩が透け見え、桜田は表情を引き締めた。
「わかってる。こじらせまくった翔の気持ちがやっと正常に動いたようで俺は嬉しいよ。な、邦彦くんも思うだろ?」
「健闘を祈る」
静かに告げるそれは、本気なのか茶化しているのかわからない。
翔も翔だが、轟も大概わかりにくいタイプだ。
「ははっ。俺らも友人としてできることは動く。後悔はしてほしくないからな」
もう、そう言うしかないだろう。あとは運任せ、縁次第。
それにしても、ここまでくると相手の男が気の毒というか……
「知らないところでこんなライバル作ってるなんて考えもしてないだろうね」
そう思って告げると、翔にはっと鼻で笑われる。轟に今さら何言っているとばかりに冷たい視線。
うん。ここで一番常識人は俺のみだ。
「それこそ知ったことではない」
「ま、そうだな」
こっちにとってはその男が勝手に彼女を捕ったという認識だ。
現在の恋人には悪いが、寝てた虎を起こしちゃったからな~。
俺らも大変だけど、もし捕まったら千幸ちゃんに頑張ってもらうしかないし。
なるようにしかならないが、なんとなくその未来のほうが思い浮かぶ。
それは友人の恋の応援と、巻き込まれ傍観者になりきれずもやもやした自分の願いでもあるのかもしれない。
――悔いのないように……
どうであれ、長年積んだ思いを思うと、友人の悔いが残るようなことにならないようにと願わずにはいられない。
欲を言うならば、ここまで自分たちを振り回してくれたのだからぜひとも千幸ちゃんをゲットして、直に会ってみたいと思うのだった。
そして、現在。
本当にいろいろあってどう転ぶかわからなかったけれど、長い時間を得てようやく翔の恋が実った。
ちょっと自分の女装が誤解を生ませてしまった時は肝を冷やしたが、これでようやく肩の荷が下りた。
二人に幸せあれと、桜田はグラスをあおった。
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