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6緩甘ネジ
長い時間の真相 side桜田⑦
しおりを挟む──ああ~、何かもやもやするっ。すっきりしないっ!
「だから、相手を思って苦しくなるのも恋。ウキウキするものだけではなくて、思う通りにいかなかったり、それでも相手のことを考えると心が温かくなって同時に苦しくなったりするものなの」
まさかこの次元だなんて思いもしなかった。子供ではなくて、もう赤ん坊レベルだ。
そして、そんなわけもわからない状態で、こちらが勝手に動いていたことであるが、会社の男にとられたと。
すっごくイラッとしてきた。
何もしないまますごすご引き下がったら腹が立つ。
「これが好き……」
そうぽそりと呟き、翔は思考しだしたようだ。
よしよし。まずは自覚から。ここまで来るのにどれだけかかるんだ。
ちらりと轟を見ると、さっきまで珍獣でも見るような眼差しだったのにすごく冷静に翔を観察している。
「邦彦くんも何か言ってやって」
「桜田の仕事だろ?」
「違うから」
そもそもそっちが話を持ちかけてきたのだ。
ここまで来るのにすっごくエネルギーがいったから一度休憩。そう思って睨み付けると、肩を竦められた。
「わかった。ってことで、俺のターン。小野寺は桜田と話してどう思った? 自覚ないようだが、職場にその空気を持ち込んでる。それが続くようなら向き合って対処したほうがいい」
おお~い。もっと言い方。
轟の立場もあるからの言葉なのだろうが、この話は自覚してからが問題なのだ。もっとソフトに言ってやってほしい。
せっかくパスを投げたのに、休ませてもらえそうにない。
二人が話し出しても、話が話だから休憩なんてあるわけなく。
「……この気持ちが好きだとして、だ。相手に彼氏がいるということは失恋したってことか?」
「だから苦しいんだろ?」
「……なるほど」
なるほどって。いろいろテンポずれてるし、すっごくこの数年もったいないことしてるから。
翔がこんなんだからか、桜田のほうがすごく悔しい。
なに、四年もかかってやっと好きの自覚? はぁぁぁ? しかもそれでほかの男に持ってかれて何をやっているのか。
出遅れすぎだと思うが、やっと自分の気持ちと向き合って考えているようだ。
だが考えたところで、相手は彼氏持ち。
どうするもこうするもないが、まず自覚してからどうしたいと思うか。その上で、気持ちをどう処理するかだ。
「わかった。俺は藤宮千幸が好き。いろいろ想像したら、それに帰結することがわかった」
帰結って。あと、何を想像したのやらだがやっと前進。
だが、認識できてよかったと思える現状ではない。ここからが結構残酷な話だ。
だって、千幸ちゃんは彼氏持ち。悔しいけど現在人様のもの。
本当、悔しいなぁ。
「好きだってわかったならどうしたい?」
「彼氏がいるなら仕方がないだろう」
「諦めるってこと?」
「さあ。自覚したばかりだからそこまで考えてないけど。どうにもしようがないのはわかる」
いや、そうなんだけどさ。
俺だけ? 悔しいの。
本人がさばっとしてたら、余計に悔しいわ。何なの?
「でも、自覚してなかったとしても、翔が千幸ちゃんのためにやってきたことを思うとさ……」
「それは俺がしたかったからしたことだ」
すっと目を細めて寂しそうに笑われ、追い詰めたくないのに桜田は言葉を止めることができなかった。
「でもさ、向こうの男のほうが後だろ?」
「先も後もないだろう」
うーん。そうなんだけどさ。
横取り推奨したいわけでもないけど、いろいろ駆使しているが、まあ純粋な気持ちでずっと見守ってきた翔にアピールする機会があってもいいのではと考えてしまう。
その結果、翔がさらなるダメージを受けることは大いに考えられる。
だけど、中途半端に自覚した恋心を持っておくことは苦しいだろう。
何もしないままその気持ちを胸にしまうのは、今までの時間としてきたことを思えば悔しいが勝つ。
友人の初めての恋心。
それをこんな中途半端なままにしておくには、時間をかけすぎた。
ふっと笑う小野寺の姿は恋と自覚した分、自覚させた分、先ほどよりも憂いて見える。
桜田は痛ましげにその姿を眺め、悔しすぎる気持ちをどうしても抑えきれずとうとう切り出した。
「やっぱり、一度千幸ちゃんにアプローチしてみたら?」
「いや、無理だろう」
「無理って彼氏いるから?」
「そうだな。今さら俺が出ていっても仕方がないだろう」
そうなんだけどさ。
翔のほうがなんでそんなに冷静なの!?
「なら、このまま諦められるのか? 仕事で繋がっているのに完璧に意識しないってできる?」
「俺に当たって砕けろと?」
「砕けるかはわからない。わからないからアプローチくらいはしてみて可能性増やしてもいいんじゃないって言ってる。その上でダメだったらそれまでだけど。翔は千幸ちゃんの前に姿を現していないじゃない。なら、相手の男と同じ土俵には立つくらいしてみたら」
そうだ。このまま泣き寝入りすることは許さん。
関わった者として、それは本当に嫌だった。
四年の思いを見せるくらいいいじゃないか。
それに、これだけ大切に見守ってきたのだから案外悪いようにはならないかもしれないし。
話していくとそう思うことが正当な気がしてそう告げると、「土俵ねぇ」と暗く笑う翔に桜田は目を見張る。
やけに大人しい獣を前にして、いつ牙を向け噛みつくかれるかわからない緊張感とともに、諦めようと自重する姿は痛ましげにさえ見える。
──マジ、重症じゃないか。
もう、幾度となく思う悔しいという気持ちが去来し、桜田も悲しくなってくる。
自分たちの会話を尻目にずっと考え込んでいた轟は、翔の顔をしげしげと観察しはあっと吐息をつくと、口角を吊り上げた。
「そうだな。自覚したのなら、その思いを遂げる努力ぐらいはしたほうが小野寺の気持ちも釣り合いが取れるんじゃないか? その上で結果が出たら、それを受け入れるだろうし。実際、この場を設けたのもお前の仕事の効率の悪さが目に余ったからだ」
「仕事の遅れはとってない」
それを言われた翔はぴくりと眉を跳ね上げ、ぴしゃりと冷淡に言い返した。
仕事に関しては上下関係がはっきりしている。翔がボス。それゆえのプライド。
桜田は肌がひりつくのを感じたが、ひどく冷たいと思えるそれも轟にとってはいつものことなのか淡々と言い返す。
「お前の仕事ぶりに文句はない。だが、その態度は確実に周囲に影響は及ぼしているのを自覚しろ。何も強引に奪えと言ってはいない。お前の気持ちの整理のためにも一度話す機会を設けてみたらどうだ?」
「話す、ねえ」
そこでグラスに口をつけた翔の表情に影がさす。瞳の光彩がゆらっと揺れて、そばにいた桜田はわずかに眉を跳ね上げた。
翔の周囲から濃密な何かが溢れ出し、この部屋全体を包み込むようだ。
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