ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
上 下
93 / 143
6緩甘ネジ

長い時間の真相 side桜田④

しおりを挟む
 
 ──……えっ、これってどういうこと?

 轟を見ると、彼は眼鏡の奥で静かに翔を観察していた。うーん。考えていることがこの男もわからない。
 
「邦彦くん、どう思う?」
「小野寺が一人の女性を気にしているってことだろ?」
「そうだけど。ツッコミどころ満載なんだけど……」
「なら、突っ込んだら?」

 他人事のように告げる轟の返答に、そこまで深い付き合いでもないが思わず睨みつける。
 なんだか自分だけが熱くなっているような感じだが、なら突っ込んでやろうと言葉を並べた。

「じゃ、言うけど。情報は収集しているけど、関与はしていないって何?」
「話を集めるだけで、特に何もしてない」
「え? それって見守るって感じなのかな?」
「どうだろうな。ただ、少しでも千幸のことを知れると気持ちは落ち着く」

 お相手の名前がさらっと出てきた。
 これ、本人無意識だな。

「……そもそもそんなに気になるなら、話しかけたらいいじゃない」
「話しかけられなかった」
「だから、なんで?」
「なんかそわそわした」

 ──いや、恋愛初心者か? えっ、今小学生と話してる?

 桜田はよくわからなくなってきた。
 口調もわずかに年下に向ける柔らかなものになっていく。

「んー。まあ、そうだとして。何で今こんな感じなの? 卒業してどれだけ経っていると思ってるの」
「二年だが?」

 淡々と返ってくる答えにまた突っ込んでいると、静かに聞いていた轟がやっと口を開いた。

「まあ、本人がそれでいいならいいんじゃないか? 動向を知って見守ってそれだけでいいってことなんだろう」
「そうなのかもしれないけど……。で、翔が今になって落ち着かないのはその彼女の情報を得られなくなりそうだからってこと?」
「いや。gezeに入社するかどうか気になるから、だな」

 gezeはS.RICグループ内で翔が立ち上げたブランドだ。
 人材も引っ張ってくるほど力を入れた会社の名前がなぜここで?

 二年間の放置していたせいか、とことん話がかみ合わないと首を傾げて溜め息をついた。
 桜田の熱が少ししぼむと、今度は轟が声を上げる。
 会社も関係するとなると、黙っていられなかったようだ。

「はっ? どういう意味だ?」
「どういう意味も、gezeは千幸を思って作ったブランドだ」
「はぁぁぁ?」
「轟が声を上げるの珍しいな。どうした?」
「めっずらしいわねぇ」

 そこで轟が大きな声を出した。珍しく取り乱している。
 ちょっと溜飲が下がった気分で茶化しも入れてみた。
 さっきの返しとばかりに睨み返されたが、それどころじゃないようですっと冷えた眼差しで翔を見据えた。

「どうしたじゃない! それはどういうことだ? さっきから出てくる千幸というのがその彼女なんだな?」
「ああ。藤宮千幸。gezeはグループとして必要であったが、千幸が希望するだろう職種のはずだ」

 さっきから彼女ではなく千幸と親しげに名を呼んでいる。
 それは心の中でずっとそう呼んでいたからに他ならず、ここにきて会社も絡んでいるとなるとさすがの轟もなのかもしれない。

「そういう問題じゃないと思うが?」
「だが、うまく行っているから問題ないだろう? その上、千幸が入社すればこの心のそわそわも落ち着くと思う。彼女が気づくかどうか心配だったのは認める」

 淡々と返す小野寺は、やっぱり小野寺だ。変でも何でも動じない。
 そこで轟は深く深く溜め息をついて、メガネを取ると眉間を揉みそのまま翔を眇め見る。

「……わかった。その彼女が入社すれば気持ちが落ち着くんだな?」
「ああ」

 翔が真面目に頷くと、轟は質問を重ねた。

「彼女好みの会社にしたつもりなんだな?」
「そうだ」

 そこで轟はぐいっと飲み干しグラスを空にして、しばらく思案するように眺めていたがメガネをかけ直すと小さく息をついた。

「わかった。それで大学には何かアプローチしているのか? こちらでは把握していないが」
「何も」
「なら、しろ」
「いいのか?」
「そこまでしていて今さらだろう。ただし、名指しはしない。母校に就職希望者を募り、その中に彼女が入っていて、なおかつ人事の者がオーケーを出したらだ」
「それでいい」

 翔がにやっと笑みを浮かべると、轟は小さく嘆息した。

「えっ、それでいいの?」

 思わず口を挟むが、二人同時にいいと言われてしまった。

 ──えっ、さらっと推奨しちゃってるけど。

 やっぱり類友だ。即座に会社にとって、翔にとって、何がベストかを弾き出した。
 翔は満足そうに笑みを浮かべている。問題ごとが解決してすっきりっていう顔だが、解決ってまで至ってないと思うのは自分だけか?

 桜田としては恋なのだろうと思っているが、あくまで小野寺的には気になる存在ということらしい。
 だけど、そんなというか結構重要な気もするが、そこまで決めちゃっていいのだろうか。しかも、酒の席で。

「そんな簡単に決めちゃっていいの?」

 思わず心配でもう一度確認するが、新たに頼んだ酒を飲みながら涼しげな顔で轟は頷いた。

「簡単ではない。ただ、小野寺のコンディションに支障をきたすならその彼女の動向を知ってもいいと判断したまでだ」
「聞いていたからわかるけどさ。でも、ここで決めちゃってもいいの?」
「別にいいだろう。会社としては何も問題はない。相手が入社を希望するならそれで知ることもできるし、だからと言って必ず入社するわけでもないしな」
「そんな話はしてたけど」

 してたけど、してたけど、一存がすごいな。
 そう思っているのが伝わったのか、轟が肩を竦めて説明を加える。

「面接は公平にさせるし、その時に小野寺に関与はさせない。会社として判断するのだから、双方にとって何も問題ないはずだ。縁が続くかどうかは、小野寺の持っている運次第だな」
「まあ、そうなるのかぁ」

 ──うっわぁぁぁ、すっごい冷静な上、現状のベストだ。

 とりあえず翔が少しでも納得することが大事なのだ。
 だが、こう判断されただけでも翔に運が向いてきている気がする。一度そうなると、その運を引き寄せる力は強い。

 もう、この時点で彼女が入社するのが桜田の中ではなかば決定となっていた。
 だが、何ごとも結果次第。

 どれだけ運が強かろうが絶対ではないし、引き寄せられないこともあるだろう。
 だから、期待させることも、小野寺が気づいていないだろう気持ちに名前をつけるのもやめておこうと轟の話に合わせた。

「なるほど。こちらにくる道は用意はするけど、乗るも乗らないも彼女次第であり、もし翔が望むような形になったとしても彼女の意思でそこまで来たということになるから、まあ、いいのか」
「そもそも、その藤宮千幸のためにも含まれた会社なら、アピールはしとくべきだろうな。小野寺のモチベーション的に。それくらいは許されるだろう」
「そうだけど。まさか、そんなことになってる会社があるなんて、就活する時点で考えもしないでしょうね」
「こっちも初めて知ったことだしな」

 そう言うと轟は恨めしそうに翔を見た。
 だが、本人はさっきまでの色気だだ漏れの憂いを払い、楽しげに酒を飲んでいる。
 自分たちの視線に気づくと、ふ、とどこか色めいた表情で笑った。ああ~、はいはい。ご機嫌さんですね。

「……嬉しそうで何より」
「だな」

 というか、情報だけで満足していた二年間に驚きだ。
 情報提供している後輩に繋ぎを求めたら、きっと彼女とすぐに繋がったはずだ。なんて回りくどいというか、もったいないというか。

 翔の心情はいろいろ科学変化を起こしているようなので、その辺に触れて何か爆発したら手に負えないのでその日は怖くてそれ以上触れられなかった。
 それくらい衝撃的な出来事だった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

処理中です...