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6緩甘ネジ
愛おしい時間
しおりを挟む店の個室で向かい合い、千幸は唇を引き結んだ。
「ほら、千幸」
「…………」
一度目を伏せて相手を見ると、期待のこもった眼差しとかち合う。
「はい。口を開けて」
塩もみし湯がいた枝豆を一つ取ると嬉しそうに千幸の口の前へと持ってきて、ちょんちょんと突く。
「……んっ」
「千幸、あ~ん」
おずおずと口を開けると、小野寺の指がちょんとあたり続いて枝豆がぽん、ぽんと入れられた。
「次は千幸がして」
終始ご機嫌な小野寺の要望に諦めの苦笑を浮かべると、枝豆を手に取り彼の前に差し出した。
手が唇に触れるか触れないところ。息がかかるかかからないところ。
実際触れ合わせそれ以上のことをしているのに、なんだかそんな小さなことにも意識してしまう。
ひと粒、ふた粒の枝豆が口の中に入ると、野性味を帯びた眼差しがじっと千幸を見つめながら目を細めた。
「ああ~、幸せだ」
「……この枝豆美味しいですね」
「千幸と食べるからなおさらだな」
さも当然と真剣な口調でそう言った後、小野寺は顔を綻ばせた。千幸の苦笑は微笑に変わる。
バカップルみたいなやり取りであるが、互いに笑顔で過ごせるのはいいことだ。
自分のすることに、こんなに喜んでもらえるということは素直に嬉しい。
「一緒に食べるのは、……いいですね」
「ああ。これからこういう時間を増やしていきたい」
「そうですね」
忙しい人なのでそう簡単ではないが、住んでいる場所が隣という物理的距離は近いので、お互いに気にかければそう難しいこともないだろう。
そう思いながら、口を開けた小野寺にまた枝豆を入れていたら、そこで皮を取られ指を舐められた。
「……っ指を食べないでください」
「差し出されたら、こっちも食べたくなった」
悪気もなく告げられ目を見開くと、愛おしくてたまらないと指を食まれながら、今度は口を開けろと反対の手で枝豆を差し出された。
「………もう」
まだやるのかと眉を寄せてみるが、んん? と軽く首を傾げながら待たれる。
仕方なく口を開けると、テンポよく枝豆が入ってくる。
「千幸が当たり前のように俺との時間を受け入れてくれて、何もかも愛おしいんだ。指も塩味で美味しかったし」
「それは皮についた塩ですよね?」
「今度は家で食べたいな」
「いいですよ。リクエストあれば作ります」
もともと作るのは好きだ。
食べてくれる人がいるのならなおよくて、願われたら張り切ってしまう。
「本当に? 作ってくれるの?」
「はい」
「食器、揃えたいな」
窺うようにじっと見られ、千幸は一人暮らしには多い食器類を思い浮かべた。
引っ越した当初から置かれていた食器は、必要最低限だけ今は使わせてもらっている。
だから、小野寺が来ても足りるといえば足りるのだが、そういうことではないのだろうなと小さく息をついて微笑んだ。
好きな人と同じ物を共有したい気持ちはわかる。千幸も自分のものとして、小野寺と共有したい。
「……足りないものなら」
そう告げると、さらに甘い眼差しを向けて小野寺はにこにこと笑う。
「うん。ペアで揃えよう。まずは茶碗と箸は絶対だな」
「揃えるなら、ちゃんと選びたいです」
「もちろんだ。次のデートには買いに行こう」
「そうですね。でしたらその日の夜は家で食べましょう」
もう一歩、自ら歩み寄る。
すると、ほわぁっと花が綻ぶように満面の笑みを浮かべた小野寺が、耐えきれないと机に突っ伏した。
「ああ、嬉しい。幸せだ!」
それから幸せを噛みしめていた小野寺は、嬉々としてあれこれ案を出していく。
千幸も気づけば同じように色などの自分の要望も告げていた。
相手の笑顔で気持ちが安らぐ。
この時間がすごく愛おしい。
蕩けるような笑顔も、千幸の反応をつぶさに観察し隙あらば構いたがる掴まれたままの手も、ほわほわと温かい。
ネジの緩みきった恋人の口に、お返しとばかりに枝豆をぴっぴっと入れた。
一瞬驚いた顔をしたが、嬉しそうに口を動かす小野寺が可愛い。
千幸の前ではすごく甘い彼氏であるが、実際は会社の社長どころかグループのトップ。
多忙な彼の癒やしが自分のそばだというなら、それを守りたい。
――料理、頑張ろう!
付き合いはまだ浅いけれど、多忙な彼に少しでも栄養のあるものを食べてほしい。
デートもいいけれど、たまには身体も心も休めてゆっくりしてほしい。それが自分のそばだったらいいなって思った。
無性にその長い指に触れたくなった。
そっと手を伸ばして、きゅっと指を掴む。
ここにきてすごく小野寺のことが知りたくて、もっともっとそばにいたいと思うようになった。
小野寺が満面の笑みで少年のように声を弾ませる。
「楽しみなことがいっぱいだ」
「そうですね」
心から同意し小野寺を見つめると、潜めた声で「千幸」と愛おしげに名前を呼ばれ柔らかく目を細められる。
そのままじっと見つめられながら触れた指を持ち上げると、ちゅっと触れるキスをしてぱくりと指を食べられた。
榛色の瞳に囚われ、きゅんと跳ねる胸がふわふわと高揚し、じわりと目元が熱くなる。
徐々に近づいてくる美貌を見つめ、鼻先が触れたところで目を瞑った。
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