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5甘重ネジ
元彼vs今彼 side遊川①
しおりを挟む遊川はゆっくりと腰を下ろした。
宮下がいなくなると、しばらく部屋に沈黙が占める。
外の光が小野寺の髪を明るく照らし、その光が伸びるように遊川が座る足元で止まった。
──まるで、勝者と敗者のようじゃないか。
たったそれだけのこと。座る位置、時間帯、それがそう思わせるだけだとわかっている。
偶然。たまたま。それはわかっているのに、自然の摂理でさえ目の前の男の味方ではないのかと考えが過るほど、遊川は苦い思いをしていた。
社会的地位は比べるまでもないだろう。会社のトップに君臨する男と雇われている男。
オーダーメイドだとわかる小野寺にあつらえられたスーツに、腕にはめられた時計が眩しく光る。
それを当たり前のように違和感なく着こなしている男を前にすると、どうしても格差を意識してしまう。
同じ男として羨ましくはあるが、これだけ歴然としたものを見せつけられたら妬む気持ちは不思議と湧いてこなかった。
唐突な転勤ではあったが、遊川から見ても会社の大事な一歩となる仕事だと理解している。期待されていると知って、燃えないわけはない。任された仕事を成功させようとの気持ちは大きい。
だが、仕事と恋愛は別だ。
勝者と敗者。下手をこいた遊川に対し、まるで千幸の救世主のように現れたこの男。
完全に自分に落ち度がだが、どうしてもそれだけのように思えないのはどうしてだろうか。
ゆったりと笑みを浮かべる小野寺を思案するように見ていた遊川だったが、小さく諦めの息をつくと自ら話を切り出した。
「あの晩の方、ですよね?」
「ああ。よくわかったな」
そこで長い足を組み面白そうに口を歪める小野寺の端整な顔を見ながら、遊川は肩を竦めた。
「とても目立つ容姿をしておられるのでわかります。あの時もう一人いた方は轟氏ですよね? 少し経ってから思い出し、ずっと繋がりが気にはなっていました」
「へえ」
そう告げても動じず、むしろ面白そうに小野寺は眉を上げた。
余裕綽々な相手を前に、そっちがそうならとまで割りきれたわけではないが、ここにきてようやく対峙する気持ちが固まった。
今週には完全に地方に移動する。
その前に不意打ちに呼び出され、こうして明かされた繋がりやタイミングを思うと、己の考えはそう外れていないのではないか。
感心した声を上げ顎を撫でた小野寺が言葉を続ける。
「轟を知っていたんだな。だが、俺とすぐに繋げることはできないと思うが?」
「同期がすぐにIT部門の会社に移動になったので、その時にS.RICグループとしても意識しましたし、轟氏の名前と特徴を何度か聞いたことがありましたので。それで検索してみたら、ホームページにも顔が載っていました」
「同期で異動といえば──、ああ、山崎克哉か」
「そうです」
すぐに一社員の名が出てきたことに、遊川は意外すぎて思わず素で小野寺を見た。驚きはしたが、そのまま話を続ける。
「だから、あなたもIT関係で繋がりがあるのかと考えていました。まさか、S.RICグループのトップだとまでは考えが至りませんでしたが。直属の会社以外でS.RICのトップに会うには出世が必須だと聞いていましたし、当然ネットにトップの顔や名前や情報はなかった。公表されていないので、もっと年配の方を想像していました」
「ふ~ん。情報収集力はさすがだな。遊川さんが言う通り、公には俺の名と顔は載せていない」
「それはなぜですか?」
単純に興味が湧いて聞いてみた。これだけの容貌を会社の貢献のために利用する手もあるだろうと思ってだ。
「まあ、それにはいくつか理由はあるが、隠されたもの、若干特別感を狙っての動きだな。直接会った相手に渡す名刺のみに肩書きは書いてある。完全に秘密というわけではないな」
「そうですか。今となってはそれが功を制しているということですね」
「そうだな」
無駄な謙遜もなく、肯定の言葉が返ってくる。遊川はまじまじと小野寺を観察した。
こういう形ではなかったら、いったい自分はこの男をどう評価していただろうか。
「頼もしいです」
社会人として会話を繋げるために、かといって自分たちの関係を思うと複雑で遊川はそれだけを告げた。
「そうか」
そこでふっと笑む姿を見て、こういうところがくすぐりポイントというやつかとどうでもいいことを考える。男にとっても魅力的だ。
──なんだかな。
これだけの男前である小野寺の情報を簡単に外部に知らせないのは、知れた時にプレミアム的な要素がもたせることができるからだろう。
もちろんそれらは、仕事が評価され各々の窓口となる会社や人が優れているから成り立つことだ。
全容はよくわからないが、様々に戦略に練られた上での行動だというのは話していて伝わってくる。
自社の赤城社長も相当やり手であるし、移動した同期とたまに飲みにいくと必ずと言っていいほど大量の仕事に対して愚痴を零すとともに、轟の名前が誇らしげに語られることを思えば容易く想像できることだ。
それに小野寺が公に出たら、扱う商品というよりは彼に注目がいき過ぎる気がする。
掴みの段階でのアピールであれば有効手段かもしれないが、安定した今はかえって邪魔になる。
過度な反応は、良いものを必要とする場所へ供給するというグループ全体のコンセプトからずれる可能性があり、そこまで考えてだとすれば目の前の男は自分の価値というのを十分に理解している。
男から見ても整った顔立ち。こうあったらいいなと思う長身に長い手足、スーツの上からでもわかるしなやかに筋肉がついた理想の体型。
その上、役職がついていない一社員も覚えているという。
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