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4変甘ネジ

やっぱり隣人は③

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 そもそも帰宅していたのにまた移動することになったのは、千幸の部屋だと本気で手を出しそうでやばいと切々と訴えられたからだ。
 プライベート空間だと、千幸の匂いに包まれて理性がどうちゃらこうちゃらと歯の浮くような言葉攻めに、そこまで言うならばと小野寺が予約していたホテルにやってきた。

 正直に話すことで小野寺なりに自制してくれているのか、ただ正直なだけなのか。
 大事に考えてくれているのは伝わっているし、それと同じくらいの熱量で求められているのだとひしひしと感じる。

 千幸としても、話し合った後はなるようになれという気持ちは強くなってきた。
 男性として、ましてやそれが出来たて彼氏なのだから、このシチュエーションでそれを意識するのは当たり前である。
 放つ熱がわずかに絡み合いながら、ほわっと甘い空気が包み込む。

 だが、自分たちはちょっと特殊。というか、相手は変がつく人だ。ネジが緩いらしい人だ。
 疑問の解明は、ぜひともこの漂う甘さに酔わされる前にしておきたい。

「さっき、翔さんが立ち上げた会社の一つに私が入社したって言いましたよね?」
「ああ。言ったな」
「ああ~、やっぱり聞き間違いではなかったんですね」

 あまりにさらりと言われて幻聴かと思ったが違ったようだ。小野寺と出会ってから、ここ一番の衝撃だ。
 だって、仕事先だ。就活して掴んだ就職先に念願叶って入ってきたと言われて、はいぃぃ???? ってなる。

「聞き間違いではないよ。母校である大学に話を持っていったし、『gezeジェゼ』は千幸の望むような職種だから絶対くると思った」
「えっ?」
「gezeは千幸の職場だろ?」
「そうですが。えっ? さらっと言われたことに戸惑いが……」

 絶対くる? 望む職種?

「千幸に出し惜しみしたところで話が進まない」
「確かにそうですが。そうだけど。……どうして私の希望を知ってたんですか?」
「千幸が戸惑ってる」

 可愛いなぁと笑う小野寺を無視して、それはどうでもいいから説明してほしいと千幸はじとりと睨んだ。

「いちいち引っかからないでください」
「ええ~。こんなに近くにいて堪能せずにはいられないのだけどな。まあ、いいや。千幸の希望先という話だったな。それはずっと見ていたと言っただろ? それに俺の情報網そこそこあるから」
「えっ? 怖いんですけど」

 本当に怖いんですけど?

「違法なことは何もしていない。ただ、あるものを有効活用しているだけだ。例えば、実家の話とか、千幸が何をしたいとか。それらを友人や周囲に話していたり、少し聞けばわかることは違法とは言わないだろ? それらが回り回って情報となりそれに伴い動いただけだ」
「動いた……」

 説明されているのに、理解が追いつかない不思議。

「そう。どうしたら千幸が俺を視界に入れるだろうかと思って動いてみた結果だ」
「なんか、言葉が出ないです」
「そう? 思ったら動く、基本だけどな」
「そこです。そこ」

 確かに有益に情報を集めた結果なのだろう。けれど、それを実行した上で実際今こうして自分がここにいる事実にもはや言葉が出ない。
 行動力が凄すぎて、怖いを通り越してきた。

 してやられたという感じでもないし、その執念みたいなものに驚きはするが、素直に話されるそれに粘着質なものを感じないからかもしれない。
 多少誘導的なものはある気もするが、その間に干渉されたわけでもないから自分で選んで歩んできたという自負はある。
 自分の気持ちを整理していると、小野寺が話を続けた。

「もともとやろうと思っていたことに、千幸の話を聞いてそれも面白そうだと思って手を広げてみただけだ。やるからには遊びではないし会社として成功させて、千幸に来てもらえたらと思って何か悪いことでも?」
「いや、その、悪くわないですがスケールが違いすぎて。翔さん、本当ハイスペックですね」
「千幸に褒められると嬉しいな」

 そこで小野寺がへらぁっと破顔する。
 まるで子供が母親に褒められて満面の笑みを浮かべるようなあどけない笑顔に、千幸は面食らう。

「いや、いろんな人に言われてますよね?」
「ん? まあね。でも、千幸に褒められると格別すぎて心臓が苦しいくらいだ」

 そこで本当に顔を赤らめるから、軽く言った言葉にそこまで照れられて千幸もなんだか恥ずかしくなった。

「……そうですか。話を進めても?」
「ああ、進めていいよ。何でも話す」
「……控えてもよさそうな気がしてきました」

 ウェルカム宣言され気が抜ける。
 これだけ壮大なことをしておいて、小野寺は自慢も苦にも思っていなくて、むしろ変な照れデレポイントを見せられて、えっ、そこっ? と思うと気が抜けるのなんのって。

「控えないよ。もし、また今日みたいな行き違いが出たら嫌だし。どうなってるのか疑問を抱いたまま、変にこじれるくらいならここで話しておくほうがいい」
「確かにそうですが」
「俺は千幸を大事にしたいし、甘く蕩けさせたい。だから、余計な不安の芽は摘んでおかないと」

 確かにここ最近のもんもんは話を聞いたらスッキリした。
 理由がわかれば納得するものであったが、話せば話すほど、聞けば聞くほど謎の深みにはまってそこから出られなそうで少し心配になる。

 そもそも小野寺翔という人物がいけない。普通ではない。
 あれこれとネタに尽きないというか、まだまだ掘れば掘るほど出てきそうで、それを隠さず、さあ、掘れ掘れ、そして惚れてくれとばかりのオープン具合にこちらがたじろぐ。

 でも、目の前に見せられてスルーはできないほど、千幸は小野寺に興味を持ってしまっている。
 もうドツボだと諦めの境地でふっと千幸は顔を綻ばせた。
 話す言葉と表情が自分でもちぐはぐなのがわかるが、複雑な心中がそうさせるので今さら隠すこともないと思ったことを告げた。

「逆に心配になってきました」
「もう、俺のものになったからには逃したくない」
「攻めすぎたら逃げるかもしれませんよ?」

 ちらりと見ると、すぅっと綺麗な瞳が細められ肉感的な唇が不穏な感じで引き上げられた。

「その辺は考えるから大丈夫」
「どっからその自信が?」

 たった一つの仕草だけで改めて男の人だと認識させられ、千幸は肌を粟立たせた。いつものように返したが、かなりドキドキし動揺する。

「自信なんてないけど、そうすると決めてる」
「だから、それ!!」
「失うことを思うより、手に入れてどう大事にするかを考える方がはるかに健全だ」
「……健全」
「相手のことを思って行動するのが楽しいと教えてくれたのは千幸だ。だから、大事にするのは当たり前だろ?」
「当たり前って……」

 真顔でそんなことを言われ、何それ? と思いながらも、千幸は小さく笑った。
 雄を意識させられたと思えば、まっすぐなのか変なのかよくわからない理屈をこねられてもう笑うしかない。

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