ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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4変甘ネジ

やっぱり隣人は②

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 ずっと距離を詰めたがられて、名前も呼んでくれと言われてかわしてきたが、こうなるとそれは無視できない要望となってきた。
 相手はさらっとさくっと呼び捨てで一気に距離を詰めてきたが、年齢が小野寺のほうが上というのもあって、言われたからじゃあなんて器用なことはできない。

 できないけれど、受け身ばかりではいたくない。
 すぐに態度や言葉使いを変えることはできないが、向き合うことを決めたのは何より自分ある。
 千幸は自分より骨ばった大きな手を握り返した。

 その意思の表れとしての行動であったが、やっぱり恥ずかしくてパッと手を離そうとしたら、すかさず捕まえられた。
 揶揄からかうでもなく、じっと凝視する視線が逃げないでと雄弁に語っており、その視線にぶわっと熱が上げられそっと視線を逸らす。

「ほらっ。やっぱり可愛い」

 すると、ふわふわっと小野寺が笑う。ああ、自分の行動も含めて恥ずかしすぎるっ!

「…………っ、もういいです。それ、恥ずかしいので控えめにしてもらえるとありがたいのですが」
「やめろとは言わないんだ?」
「やめれます? 翔さんはやめれませんよね? あと、嫌というわけではないので、その控えめにと」

 自分でも何を話しているのか。相手が正直だと、自分でも言わないでもいいことを言っている気がする。
 それにまだまだ聞きたいことは山ほどあるのに、出会いの話から進んでないのもいかがなものか。

 目の前では小野寺がゆるゆると口元に笑みを浮かべ、「千幸、可愛い。キスしたい。キスしてもいい?」と聞いてくるので、話が終わってからだとぴしゃり言い放つ。
 別にキスが嫌なわけではない。恋人になったのだから、甘い時間もありだとは思っている。
 だけど、それを今許してしまったらもっと話が進まず終わらない気がする。

 自分でも可愛げがないとは思うが、そんな素っ気ない態度でも小野寺は蕩けるような笑みを浮かべるから始末に悪い。
 ああ、喜ばせてしまったのかと思ったがもう遅い。
 どこで何を間違ってしまったのか……。

「そっか。わかった。……やっぱり、千幸が好きだ」
「言ったそばから」
「ごめん。でも、千幸が好きすぎてそれ以外の言葉が出てこない。何より、やっと受け入れてもらえたんだ。簡単にこの気持ちはコントロールできない」

 四年分だしね、と言われれば千幸にはもう何も言えない。

「……っ。ああぁ~、とりあえず今は押さえてもらってということで。聞きたいことがまだあるので、ちょっと先に話を進めてもいいですか?」
「興味を持ってくれて嬉しいよ」
「気になるって言いましたし。経緯もそうですが、最後の言葉とか、ここのこととかいろいろありますよ。というか、とても引っかかってます」
「そうだろうね。たくさん時間があるから何でも聞いてくれていいよ。心ゆくまで話し合おう。それに話に集中していないと、思わずムラっときそうだし」

 そう言うと、小野寺は奥にある部屋に視線を流した。

「……ちょっ、言葉はどうかと思います」
「嘘。ちゃんと話し合いにきたってわかってるから。そのためのここ・・のホテルでもあるから」
「ありがとうございます」

 そのためのここのホテル……、か。

「でも、あまり油断はしないでほしいとは思ってるよ」
「っ、……だから」
「千幸を大事にしたいけど全部欲しいから」
「……もう、……わかりました」

 ね、と欲情をはらむような眼差しで、持ち上げられた手の甲にキスをされる。
 だだ漏れる色気と向けられる思いになんて言っていいのかわからず、千幸は小さく喉を鳴らした。

 ホテルの部屋ということは、当然お泊まりする場所である。
 覗いていないが、ここから見える扉の向こうはベッドが置いてあるのはわかる。

 千幸も初めてのお付き合いというわけでもないし、こうして夜に密室で二人きり、しかも付き合うことになった人をそこまで警戒するつもりもない。
 むしろ、そういう雰囲気になったらなった時だろうと、多少の覚悟を持ってここまで着いてきた。

 だけど、なぜ千幸を気にかけるのかその辺の疑問を話し合うために今夜は約束をしていた。
 その約束を律儀に守ろうとしつつ、意識しろよと雄の部分も見せる相手に翻弄されながら、その律儀さはやっぱり嬉しい。

「四年かかったんだ。多少延びたところで変わらない。今は千幸の気持ちが全部俺に向けられるよう、疑問に答えるのがベストだと思ってる。でも、それらが取っ払われたら覚悟はしてほしい」
「……何で、そんなに直截ちょくせつ的なんですか」
「さっきも話したように千幸との出会いは格好悪すぎたし、少しでも名誉挽回したいから、かな。あとはやっぱりここ」

 そう言って、千幸の手を握りぐいっと引っ張ると、自分の心臓へと持ってくる。
 不意の動作に驚く暇もなく、当てられる小野寺の胸の鼓動を感じる羽目になった。

「ほら、これが落ち着かない。さっきからうるさいほどだ。手に入れたら落ち着くと思ったけど、その逆だな。言葉を選んで駆け引きするほどの余裕はない」
「余裕に見え、る……、んー、ないですね」

 小野寺の心臓はどくどくどくとせわしなく脈打っており、よく平然とした顔で甘い言葉を言えるなと思っていたがそうでもないようだ。

「だろ?」

 この心音を聞かされれば、緩んだ顔やら言葉の数々には余裕というのは感じられないかも知れない。
 だけどそこで、だろ? というのもどうかと思う。

「翔さん、やっぱり変です」
「それを言うのは、千幸と轟たちぐらいだ」

 堂々と好きだと言われているようなもので、実際言われているが、表情でも視線でも常に訴えられ、どうしても照れてしまう。
 照れ隠しもあってそう言ってみたが、それさえも嬉しそうに返されて鼓動が落ち着かず、話は進まないしとむぅっと眉間が寄っていく。

「それは少数派と言いたいのでしょうが、変なものは変ですよ。ちょっと控えてください」
「ふっ。それはどう変なのか自分でわからないから無理だよ」

 我慢できないとばかりに笑われてくすぐったい。
 話を進め疑問を早く解決したいが、この時間も楽しくもあって、この夜の長さを覚悟する。

「無理って。もういいです。話を進めても?」
「いつでもどうぞ」
「……どうも」

 にっこり笑みを浮かべながら、千幸が特別なのだと質問をにこにこ待たれてやりにくいったらない。
 小野寺に抱き締められてから、ずぅーっと胸がそわそわトクトクしている。

 今まで知っている恋のときめきとは違う、奥のまたその奥の知らないところをくすぐられているようだ。
 ネジが緩んでいるようで不安というのもあるけれど、ずっと榛色の瞳に好きだ、欲しいと見つめられ、隠さない熱に確実に当てられる。

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