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4変甘ネジ

大学時代 side翔④

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 翔は口を軽く開いた状態で彼女を見送る形になった。
 勢いに押されて驚いた翔の顔を見て、さっきまでどうでもいいとばかりの表情だった彼女がそこでふっと微笑む。
 だけど、彼女が見せたのはそれだけでさっさと部屋を出ていってしまった。

 ぴたりとドアが閉まると、翔は渡されたハンカチを見つめた。
 戻ってきたのは見てしまって後味が悪かったからだろうか?

「へえ」

 そこですごく楽しい気分になり、気づけば翔は笑いを漏らしていた。
 自分のおかしな態度も、それを軽くいなすような彼女の態度にも、何もかもおかしかく感じた。

 疲れていたとはいえずいぶんひどい態度だった。普段ならありえないが、言ってしまったものは彼女の耳に残っている。
 下手をしてしまったが、すげなくさくっと切って捨てるように言われた言葉を思い出すだけで気持ちが軽くなる。

「名前くらい、聞いておけばよかった」

 小気味よく清々しく、そうさせる存在が興味深い。
 渡されたハンカチを見つめながら、さっきの微笑が脳裏にちらちらする。

 ハンカチ自体はとてもシンプルで、薄い水色にちょこっとロゴが入っているだけだ。よく知りもしないが、それを彼女っぽいと思う。
 捨てればいいと言われたが、捨てられるわけもなく、かといって返しにいったらすごく迷惑がられそうだ。

 ──どうするかな。

 翔は楽しくて、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 名前も知らない彼女のことを考えるだけで口元が緩んでいく。
 本当にさっき淀んだものが綺麗になり、なんだったらこれまでのどこか色褪せたフィルターも取れてしまったのかと思うくらい気分がよかった。

「とりあえず、どこの誰かは探してみるか」

 難しいようだったら、友人たちに協力してもらってもいいだろう。それからどうしたいか考えればいい。
 叩かれた元カノのことはすっかり過去になり、翔の興味は彼女のことだけになった。

 思考がとらわれる。自分でも意味がわからないけれど、彼女のことが気になった。
 惚れた理由ならたくさんあげられるが、恋に落ちた瞬間はと聞かれたら、この時なのだろう。
 嫌そうに眉を上げ、蔑む眼差しが忘れられない。ふいに見せた微笑が目に焼き付き離れない。

 生まれて初めてのそれは、恋だと愛だと知らず気づかずに着実に翔の中で根付き育っていった。
 困っていそうだったから、仕方がなく戻ってきた。
 そこで放っておけなかった彼女の性格を好ましく思い、ずばっと告げる清々しさも好ましく、興味がないとばかりの態度に悔しくもあって気になった。

 それから大学では姿を自然と目で追うようになった。
 最初は名前を知れればいい、ハンカチをどうしようかと思いながらのそれは、いつの間にか習慣化された。
 藤宮千幸という名前を知り、結局話しかけることができずハンカチを返せずじまいのまま、卒業まで彼女を視線で追いかけた。

 時には、気づけよなと彼女の周りをうろうろしてみたが気づかれず、そのことに凹んだりもした。自覚のない初めての恋は、手探りでどうしていいのかわからなかった。
 話かけたらいいのに、次第に見かけるたびに動悸がしてくるようになり接触することさえ困難だと思うほどとなった。

 自分に向けた表情とは違うものを友人に向けているのを見るたびに面白くなくなって、よくわからないまま話しかけようとすることをやめた。
 千幸を視線で探すことは日常となった。その日のモチベーションにまで影響していた。
 見れるだけで、笑う姿を見るだけで、相手があの時のことを覚えていない悔しさを毎度実感するとともにその日一日が満たされた。

 どことなく落ち着き払った仕草。友人に向ける優しい眼差し。かと思ったら、子供のように楽しそうに笑う姿。
 誰にでも公平でありながら、ごくごく限られた相手に見せる些細な姿に吸い寄せられる。

 それを見つけると誇らしい気持ちになり、その特別が羨ましく感じた。
 千幸に出会って、見つけてから、翔の世界は明るく楽しく、時に苦しいものとなった。感じたことのない感情を持て余し、卒業してもこそっと知人を通して見守っていた。

 資産運用で増やした金を元手に、企業を立ち上げることはもともと決めていたが、そこに明確な目的を見出した。
 やるべきことを見つけたら、それに没頭して忙しいこともあって女性関係はシャットアウトした。
 初めは煩わしくまとわりついていたが、少しずつ女性側が諦めていったのと翔自身も社会人としてあしらい方が身についてきた。

 煩わしくはあっても、前みたいにどこか気だるい気持ちは抱かなくなった。
 今まではどうでもいいと思いながらも、愛というわからない感情にどこか憧れがあった。その隙が周囲を騒がしくさせていたのだろう。

 まだまだ若かったのだと痛感した。達観しているような気になっていたと気づいたきかっけだった。
 それから必死で時間をけずって仕事に取り組んだおかげで、会社も軌道に乗り順調だ。

 そして、千幸と出会って三年と少し。
 念願叶ってそのうちの一つに、千幸が入社した──。

 そこまで経緯をかい摘んで千幸に話すと、翔はふっと微笑んだ。
 さすがの千幸も思い出してくれたのではないかと期待を込めて見ると、千幸は目を白黒させていた。
 そんな姿も可愛いなと千幸を堪能しながら、今度はどんな反応が返ってくるのか翔はじっと見つめた。


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