上 下
60 / 143
4変甘ネジ

大学時代 side翔①

しおりを挟む
 
 小野寺翔が藤宮千幸の存在を知ったのは、大学四年の夏前のことだった。
 それはちょっとしたハプニングで、他愛もない日常の出来事の一つ。それから翔は千幸をずっと視線で追いかけるようになった。

 千幸が文学部の一回生でサークルに所属していないことなど、少しずつ情報を集める。
 気にかける翔に対して、千幸とは全く視線が合わず認識されているのかも怪しいレベルであった。

「千幸」

 勝手に見つめて、観察して、そして彼女の友人たちが呼ぶように勝手に千幸と呼んでいた。
 だけど、この時に恋心を自覚していたわけではない。

 ただ、気になって気になって仕方がなかった。
 こちらが気になっているのに、相手は眼中外というのがまた翔を気にかけさせた要因かもしれない。

 だから、千幸を知ってから在学中は千幸の周りを遠巻きに観察した。あわよくば視界に入れと近くまで行ったこともある。
 ランチも少し離れた場所に座ってみたりしたが、千幸の周囲が盛り上がるだけで当の本人は無関心。

 あまりこちらを見ようとしないし、見たとしても視線は通りすぎ翔に止まることはなかった。
 それがすごく新鮮であり、視界に入りたと思いながらも、いざ入ることを考えるとどうしようもなくそわそわした。

 またそれがいい・・と高揚もしたし、同時に悔しくもなった。
 翔にとって藤宮千幸はどうしても気になる存在で、初めて自分から関心を持った女性と言ってもよい。

 自分はとても恵まれているのだと、翔は幼い頃から自覚していた。
 恵まれた家系、体躯、頭脳、身体能力、そして好まれる顔立ちは非常に目立った。

 どこにいても注目を浴び、人が群がる。その過程で、理想像が作られていくがそれなりにこなせてしまうので幻滅されることはあまりない。
 家柄で作法はみっちり教え込まれるため、人当たりはよく映るらしい。大人には礼儀正しい子、同年代には格好いいとよく言われた。

『翔くんはしっかりしてるわね』
『翔くんがいたら大丈夫』

 誰もが羨み、大した努力もせずに人の平均の上をいく。
 だから、何をするにもこんなものだと思い、可愛げもなく達観していた。している気になっていた。

 新しいことはなんでも最初は楽しい。だが、本当に最初だけだった。
 努力は努力にならず、そのうち周囲が勝手に動き出し何も言わずして物事がさらにスムーズになっていく。

 中学の時に綺麗なお姉さんに童貞を奪われてから、ずっと周囲に女性がいた。
 そういう欲求が高ぶる前に必ず相手がいたので、自慰もろくにせずにそっち方面は困ったことはない。
 
 ただ、何となく乾いたものがあったが、そういうものだと思っていた。
 それなりに気持ちよいが、心から満たされることもなく、相手が寄ってくるから求められるから付き合い溜まっているものを出すというだけで、付き合うことすることに特別なものを感じていなかった。
 去る者追わず、気が向けば来る者拒まず。

 それなりに翔も好みはあるが、大抵女性同士で牽制し合い、自分に自信がある女しか寄ってこない。
 なので、特に否もなく面倒そうでなければオーケーしていた。

 それでも、浮気や二股をしたことはない。
 そういったことで揉めるのが面倒だったからもあるが、マナーだと思っていた。だが、すぐに相手は怒るか勝手に劣等感を抱いて去っていくので長く続いたことはない。

 付き合おうと言ったことも、別れようと言ったこともない。
 相手を知る前に別れがくる。それらを公言したこともないのに、別れたらすぐに新たな女性が寄ってくる。

 一度、それらの繰り返しがわずらわしくて告白を断っていたら、断っても断っても次から次へとやってくるので、彼女がいるほうが楽なのだと気づいてからもっと受け身になった。
 その状況に対して恵まれていると言う者もいれば、大変だなと言う者もいる。当の翔は現状が変わらないのならどうでもよかった。
 とにかく翔は自分のことなのに女性に対してはどこか希薄だった。友人とつるむほうが気楽で楽しいとさえ思っていた。

 だから、女の数は? と聞かれると両手では足りず、自分でも覚えていないのでわからない。
 それらすべてに身体の関係があったわけでもない。

 大学四年の夏前、一応彼女という立場の女性に頬を叩かれた翔は、毎度のことだが今までよりずっと冷えた気持ちを感じていた。
 パシン、と響く乾いた音。

「私のことなんてどうでもいいんでしょ!」
「………」

 大抵がこのように怒るか、釣り合わなかったと言って去っていくので、またかと思うほど心底どうでもよくなっていた。
 ただ、ここまで気の強い女は初めてであったし、叩かれたのも初めてだ。

 女性に叩かれたところで怒るようなことではないし、学年的に先の進路などいろいろ考える時期で過敏にもなっていたのだろう。
 そう考える余裕はあった。

 だが、叩かれた弾みにつけていたカラーコンタクトが片方外れ、翔を不機嫌させた。
 キスを迫ってきた彼女をそれとなく避けたら、相手がすごく怒りだした。

 彼女いわく、付き合ってからずっと待っていたらしいが、それに気づいていても気分が乗らなかったら仕方がない。
 一応、彼女を気遣ってさりげなく会話を振ったり、翔なりに時間は割いてきたのだが、ここにきて不満が爆発したようだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~

一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが そんな彼が大好きなのです。 今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、 次第に染め上げられてしまうのですが……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

陛下の恋、僕が叶えてみせます!

真木
恋愛
もうすぐヴァイスラント公国に精霊がやって来る。 建国の降臨祭の最終日、国王は最愛の人とワルツを踊らなければならない。 けれど国王ギュンターは浮名を流すばかりで、まだ独身。 見かねた王妹は、精霊との約束を果たすため、騎士カテリナにギュンターが最愛の人を選ぶよう、側で見定めることを命じる。 素直すぎる男装の騎士カテリナとひねくれ国王ギュンターの、国をかけたラブコメディ。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...