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4変甘ネジ

靡かない男 side兼光令嬢

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「どうしましたか?」
「いえ。嬉しくて」
「そんなに喜んでいただけてこちらも嬉しいです。ここのホテルの食事を楽しみにしておりましたので。評判通りどれも美味しかった。デザートもいただきましたし、そろそろ出ましょうか」
「はい」

 先に席を立ち自然に椅子を引こうと立つ小野寺に、兼光かねみつ紗江さえは背後でその存在を感じうっとりとした。
 横に立つとヒールを履いた自分よりも頭が上にあり、腰の位置が高い。
 洗練された動作は優雅で、すっと通った鼻筋に力強い双眸に甘く見せる榛色の瞳。どれをとってみてもいい男だ。

 彼の会社の仕事を気に入ったのは本当だが、何より小野寺翔という人物に興味を抱いた紗江は彼と接点を持てるように父に我が儘を言った。
 娘に甘い父ではあるが、仕事のことは別だと初めは受け入れてくれなかったが、小野寺の会社と本人の仕事ぶりを知ると最後はよく見つけたなと褒められるほどだった。

 会社を次々と立ち上げ軌道に乗せる手腕。センスもよく、家柄もいい。
 どこの馬の骨ともわからない男にやるよりは、自分も認める男のほうがいいだろう。娘が気に入っていると知った父は、お膳立てするのもやぶさかではなかったはずだ。

 父親の心理をうまく利用した紗江は、こうして二度目の食事会にありつけた。
 一度、会社まで出向いた時にはやりすぎたかと密かに後悔していたが、こうして今は二人で過ごしている。

 これほど極上の男がいて、紗江は彼を逃すつもりはなかった。
 今回の契約の仕事の名目で付き合えるのは今日までだろう。できうる駆け引きはするつもりで、ここに望んできた。

 今までどれだけ誘いをかけてもそっけなくて、脈がない態度にどこか諦めもあった。
 周囲の噂では、そういった醜聞もなく女性関係はクリアすぎるぐらいクリアだ。

 私生活は知らないが、少なくとも仕事に関わるところではそういう話を聞かない。
 そんな誰も落とせなかった男性を自分が落とすという、優越感さえも感じさせる魅力。是が非でも、モノにしてみたかった。
 その彼に、このタイミングでしかも週末に誘われた事実が紗江のテンションを上げる。

 ――もしかして、これから何かが始まるだろうか。

 そう期待してしまうのは仕方がない。
 ずっと紗江が気にしていることは伝わっているだろうし、この後、もしかしたらホテルで夜を過ごすことを想像するといてもたってもいられない。

 父からは彼がここに泊まると聞いた。もともと仕事も兼ねて泊まることがあると聞く。
 もしかしたら、本当に仕事かもしれない。だけど、誘われるかもしれない。

 その可能性が高いのは、今、この時間に一緒にいる自分だ。何があってもいいように、下着も新調した。
 期待と恥じらい、そして逃したくないとの思いに、紗江の気持ちは最高潮に高まった。

 形の良い唇が誘うために開かれる。そう期待する。
 目の前で彼はにっこり微笑むと、腕を出口へと促すように広げ、爽やかに告げる。

「では。お送りしますよ」
「えっ」
「夜も遅いのでホテルの前にタクシーを呼んであります。そこまでお見送りさせていただけると嬉しいです」

 有無を言わさない笑顔とともに、真摯な対応をされればこの後ホテルになんて女性から言えるわけもなく、紗江は小さく笑みをくっつけた。

「そうですか」

 ──なんで?

 絶対、期待しているのは伝わっている。誘われれば乗ることもわかるほど、恥も忍んでアプローチもしていたのに。
 それとも一度落胆させての後でパターン?

 それを期待せずにいられず、外に出て忘れ物をしたかもしれないと言って一度戻り誘われるのを待ってみたが、結局何もなくタクシーに乗せられた。
 このまま帰るのは納得いかず、この後の予定を聞いてみるとあると言う。

「大事な人と約束をしております。兼光さんも良い週末をお過ごし下さい。今日はありがとうございました」
「……そうですか。小野寺さんも良い週末を」
「はい。社長にいろいろありがとうございますとお伝えください。お気をつけて」
「はい。伝えておきます。では」

 衝撃を隠しにっこりと微笑む。最後の矜持だ。
 そして、ドアが閉まると顔を正面へと向け紗江は瞼を伏せた。

 ――いろいろ、というのはホテルの最上階を確保したことだろうか?

 だとしたら完璧に振られた。完敗だ。
 終始、小野寺は紗江のことをどこまでも仕事関係者扱いだった。こうなると土俵にも立っていなかったのはわかる。
 しかも、この後の約束となるとホテルでの宿泊。それは部下や同性ではないだろう。

 ──つまらないっ!!

 大事な人とは、恋人だろうか。
 友人にそれとなく、この日のことを自慢したのに何もないなんて。
 誘いをかけても紳士的な対応でそれに触れることもせず、するするっと逃げられ離れていった。

 でも、自分だけが振られたわけではない。すでに恋人がいるからの対応だ。そう思うことで紗江は己を納得させた。
 恨み言も言わせず、大っぴらに恥をかかされたわけでもなく、ただ、脈がないのだと突きつけられた。

 最上階のオープンしたてのスイートルームを予約し、この時間から会う人がいる。
 ロマンチックな演出をしてまで大事にしたい相手との逢瀬。
 自分の魅力が通じなかったのは自分が悪いわけではなく、小野寺にはもうその人しか目に入っていないからなのだろう。

 そう思うことにした。
 派手な見かけに反して誠実な男。仕事関係で誰がどれだけ押しても乗ってこなかったのは、その人を大事にしているから。

 まだ見ぬ知らぬ女性に負け、紗江は唇を噛み締めた。
 でも、個人の魅力で負けたと思いたくない。認めたくない。やっぱり悔しい。

 だから、恋人だと断言されたわけではないが、友人たちには小野寺には大事にしている恋人がいるらしいと伝えておこう。
 ついでに父親にはお相手がいるようだと言っておく。
 そうすれば、紗江が振られたというよりは、小野寺に相手がいるということが周囲に広がっていくはずだ。

 紗江の面子めんつは保たれ、小野寺と食事をした女性としてだけでも箔がつく。うん。それでいい。
 紗江は己を納得させて気持ちを上げた。押しが強いということは、メンタルも強い。

「運転手さん、○○駅前まで」
「わかりました」

 発進していく車に身を任せ、ふと外を見て紗江は苦笑する。
 窓の外には小野寺の姿。どうやらタクシーが出るまで見送るつもりのようだ。

 均整の取れた体躯は窓越しでも惚れ惚れするものだ。
 穏やかな笑みが紗江に向けられていることに不覚にもときめく。

 ──やっぱりいい男!!!!

 うっとりしそうになったが、紗江は小野寺に頭を下げるともう見ないぞと正面を向いた。
 当たり前といえば当たり前の行動なのだろうが、乗せたら終わりではなく発進するまで待っている誠意ある姿に悔しく感じる。どこまでも紳士的な対応で、文句を入れる隙がない。
 
 やっぱり虚しい。これまでの時間を思い出すと悔しい。
 こういう時はいつもの自分の憂さ晴らしだ。

 ──男のことは、男で解消!

 スマホを出すと、以前からモーションをかけられていた男性を飲みに誘うため電話帳を開いた。


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