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3惑甘ネジ
長い夜⑤
しおりを挟むびっくりするほどの表現で口説かれ続け、それは本気なのだと思っていたが錯覚だったのだろうか。
もしかしたらツレない自分に飽きてきたとか?
変は変なりに、いつもまっすぐな眼差しで口説かれていた。
だけど、最近少し絡む時間が減ってきていたのは、ただ忙しいだけではなかったのか。
力強い榛色の瞳を思い出すと、疑う気持ちは引っ込んでいこうとするが突きつけられる目の前の光景にぼやけてしまう。
「ああ、ちょっと嫌だな……」
小さな呟きは夜の街に溶けて消える。
頭の中でぐるぐる考えるだけだと、ずっとモヤモヤしそうで声に出す。出してはみたがモヤモヤは残ったままだった。
今朝も今朝でいつもの絡みだったのでいまいち実感はわかないが、女性と一緒にいるのは事実で。
オープンしたばかりの素敵なホテルに入っていったのも事実で。
なんだ。彼女、いるんだ。彼女、かな?
もしかしたら、仕事の付き合いかもしれない。でも、二度目だし。二人だし。
ああ、少し腹が立つな……。
――あれ? 私は今なんて思った?
考えていることもだが、なんでこんなに残念だと思っているのかもわからない。
別に小野寺が女性といて腹が立つ必要はない。そんな立場ではない。
そのはずなのに、気持ちは苛立って。
毎日毎日、口説かれすぎて、気持ちが持っていかれすぎたのか。
めんどうだと思いながら、ツレなくしておきながら、小野寺の行動が気になってしまう。
胸のざわつきが落ち着かない。
ほかの女性に取られそうになったから、取られたかもしれないから惜しいと思うのかもしれなくて。
そんな勝手な感情なら消してしまいたかった。
わからない。だけど、気になって。バーで出会ってから気持ちも目も離せない男性で……。
本当のところを見極めようと、よせばいいのに千幸は小野寺たちから視線を外せないでいた。
二人の姿がホテルの人に案内され奥へと消えていく。
向こうは煌びやかな明かりに吸い込まれていくように、見えなくなった。
その途端、こちらの暗さを意識する。自分の心を意識する。
胸がぎゅうって収縮していくように、痛い。
「はぁ……」
あまり人の顔が見えない夜で誰も気にしないからと、千幸は遠慮なく息を吐き出した。
複雑な気持ちの明確なものは掴めていない。だけど、わかるものはあった。
嫌だけど、認めなくないけど、わかってしまった。
小野寺翔という人物が、男性として気になっている。
そこは認めよう。あれやこれや、いろんなことに気持ちの説明をつけようとか、区切りだとか、なぜだとか思うことはあるけれど、総じて気になるから考えるのだ。
好き、とかそんな言葉を口にするほど彼を知らないが、ほかの女性にとられるのは嫌だと強く思った。
「とりあえず、帰ろう」
身体に指令をだすように声に出す。
どうしたいとか、この場で考えることはできない。とりあえず帰って、小野寺からどのような連絡がくるのか。その時に自分がどう思うか。
考えを先延ばしにするように、千幸は足を動かした。
今は健全に思考が働いていないし、小野寺のこともだけど、自分で自分の気持ちの形も理解できなかった。
家に着きスマホをチェックすると、小野寺から数回ほど着信が入っていた。
時間的には千幸がホテルで見かけてから十分後、あと何回か、そして五分前。
どちらとも取れるこの連絡に、家に帰って自分のテリトリーに戻るともういろいろ面倒になってしまった。
だから、折り返しはせずとりあえずソファに座っていた。
今では恋愛に対してどこかやる気なしというか、一歩引いたように物事を見る千幸であったが、初恋の相手にはすごくエネルギーを注いでいた。
すごく好きで、許せる限り一緒に時間を過ごした。
自分も若かったし、彼も当然若かった。そして、何より全エネルギーを持って何事にも突進していた。
恋も夢も、すべてきらきらしたものの中にたまに苦しい熱さを注ぎながら、すべてを掴んだまま歩いていけると信じていた。
ずっと続くものだと信じていた。
だけど、別れはきた。
それは突然で、今まで信じてきたものが、熱いものが全否定されたように胸に穴が空いた。
好き、だけではどうしようもない現実。
彼は夢をとった。追いかけることを決めた。
千幸も彼の夢を応援していたし、だから別れた。聞き分けのいい振りをして……。
今ではそれでよかったと、背中を押せたことはよかったと本気で思っている。
だけど、その時に良い子ちゃんなまま全部の気持ちをぶつけなかったことが、虚しさが増した原因ではないかと思っている。
そのあとだって、ちゃんと好きな人はできたし、彼氏もできた。時とともに気持ちも変わっていくことを理解している。
ただ、あの時の消失感はいつまで経っても拭えない。
気持ちを注ぎすぎてしまったら、それを受け止められて無くすまたあのどうしようもない穴に落とされてしまったら……。
いつもいつもそんなことを考えているわけではないが、それは常に心のどこかにあって余力を残すような付き合いばかりをしてきた。
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