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3惑甘ネジ
長い夜③
しおりを挟む「ふぅっ……。あの日の言い訳はしない。すべては俺が悪い。だが、その後の連絡を全部無視してやっと戻ってきたと思った千幸は男を二人連れてきた。それで俺も訳がわからなくなった……」
「…………」
確かに出ていった彼女が男を二人連れてくるとは誰も思わないだろう。
千幸としても、どうしてああなったのかいまだに謎だ。
しかも、小野寺は大学が同じであったことを知った後では、さらに謎が深まるばかりだ。
でも、それとこれは別だ。
遊川にも言い分があったのだろう。何も、本当に何もないのかも知れないし、今となってはどっちでも良かった。
結局、千幸にとってはもう終わったことなのだ。それを今日こうして話してひしひしと感じた。
裏切られたことはショックであった。慕っていた先輩であったし、恋人としても優しく頼りになった。ちゃんと好きだった。関係を大切にしたいと思っていた。
だけど、それだけだったのかも知れない。
許したい、許そう。そう気持ちの折り合いをつけてまで、手に入れたいと思えない。寄りを戻したいと思えない。
それがすべてなのだろう。
目を伏せた千幸に、遊川の諦めたような溜め息が落ちる。
遊川も今さら関係を修復しようと思っていないのだろう。思っていたとしても、完全に諦めたというような吐息だった。
もしかしたら、まだ好いてくれているのかもしれないが、千幸に気持ちが残っていないことは伝わっているだろう。
何より物理的に離れるため、この状態でこれからを考えることはできない。。
「俺が聞く立場ではないのはわかっているが、彼らは……」
そこでぐっと手を握り言い淀む遊川に、確かに自分も勝手であったことを改めて痛感する。
遊川の動揺を今さらながらに知る。千幸も動揺していた。ショックであった。それは遊川も同じだったのかもしれない。
裏切られた、先に裏切ったのは相手だ。
だけど、それに塩を塗り込んだのは千幸の行動だったのだろう。
修復する、話し合う機会さえ見せなかった千幸に対して、こうして今も遊川がためらうように口を噤むのは、千幸が追い込んだせいなのかも知れない。
千幸は迷った挙句、口を開いた。
「……彼らは、彼は、私もうまく説明できません。ちょうど腹が立ってバーに入ったところで出会って初対面でした。そして、気づけば引越しの手伝いをしてくれてました」
正確には初対面だと思っていたが、その辺は説明しても仕方がない。
「そうか……」
「はい。私もいろいろ戸惑っていて、あんな形になってしまいました。それは謝ります」
「いや。俺が悪い、しな」
いつまで経っても先輩に対しての口調を崩さない千幸を思ってか、遊川はそこでくしゃっと髪をかきあげ疲れたように肩を落とした。
次に出す声は、付き合う前に戻ったように迷いもなくハキハキとしていた。
「今はどこに?」
「…………」
「言いたくない?」
「いえ。紹介してもらったところに住んでます」
そう告げると、それをなかば予想していたかのように遊川はふっと視線を逸らした。
戻してきた視線はここ最近の意味ありげな眼差しではなく、以前の頼りになるブレない強い眼差しだった。
「そうか。藤川さんは、あの男のことをどれだけ知ってる? その日だけではないだろう? 今でも付き合いは続いてる。男女という意味で聞いているのではなく、関わりという意味でだ」
「……確かに関わりはありますね。お話することはありますが、知っていることは少ないです。名前とか? 確実に言い切れるのはそれくらいです」
「そうなのか。それだけで済んでる? あの男はいったい何を……」
「…………?」
──それだけで済んでる?
その言葉が妙に引っかかる。
実際、話だけで済んでないというかいろいろ持ってかれているというか。
住む場所は隣であるし、よく知らないのに存在感はものすごい。
小野寺の話になると、何をどう言えばいいのかやはりわからない。それに、そういったことを遊川に話す必要もなく、そういう関係でもない。
だから、話せること、言えることはほんの少しになってしまう。
でも、遊川の反応を見るとそういった意味ではないようだ。
顎に手を当て黙り込み考えてしまった遊川はとても真剣だ。未練あっての揺さぶりではなく、千幸を思って何か考えてくれているように思える。
「遊川さん、何か?」
「いや、悪い。俺もよくわからないが、一筋縄ではいかない気がして。これは元恋人、先輩としての両方の言葉として聞いてほしい」
「何、ですか?」
「あの男には気をつけて」
「それは……」
――どういった意味で?
困惑する千幸に、遊川は困ったように笑う。
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