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3惑甘ネジ
めんどうなのに②
しおりを挟むそして今、だ。
今日は残業してそのまま同僚と食事の流れになり、いつもより遅い時間に帰宅し自分の階のフロアに出たところで、見せられた光景に対してどう言ってほしいのか。
何が「千幸ちゃん、ね、言って」なのか。
それはこちらのセリフなのではないか?
さっぱり小野寺翔という男の考えがわからない。理解できない。
家の階のフロア。もうすぐで帰宅というところで、目の前では同じ階の住人の桜田弥生と数人の女性が小野寺にべったりと絡んでいた。
まさにべったり絡むという言葉がぴったりな状態で、小野寺の手や腰へと女性が手を回している。
今度は何を見せられているのだろうかと、千幸はどこか他人事のように考えた。
小野寺自身は女性に手を回しているわけでもなく、にやけているでもない。
びっくりするほど表情は普通でそっと女性を回避しようとしているのが見て取れるから、千幸もただ光景を受け止めた。
どちらかというと女性の積極的な行動を感心しながら、千幸は「こんばんは」とぺこりと頭を下げ通り過ぎようとした。
だがすぐに、「千幸ちゃん」と呼ばれ長い腕が伸びてきて手首を掴まれる。
巻き込んでくれるなと目線で訴えてはみたが、小野寺の視線はまっすぐに千幸へと向けられ、掴む手に力が込められた。
どうやら逃がしてくれないようだ。
千幸が諦めて力を抜くと同時に、「ええー、誰この子ぉ?」と瞬きするたびに付け睫毛をばさっふさっとさせる女性の一人が声を上げた。
夜のお仕事をしていそうな盛った髪型にナイトドレス。
その女性に掴まれている腕を上げて離すように促しながら、丁寧な口調で堂々と告げる隣人。
「俺の大事な人。逃げられたくないし誤解されたくない。だから、手を離して」
「そうそう。翔の可愛い子だからあまり調子乗っていると怒られるわよ」
そこでにっこり笑みを浮かべる小野寺と、よくわからない援護をする桜田を前に、女性たちは「はぁ~い」としぶしぶ手を離した。
ほかの女性たちの前ではっきりと思いを告げられて、千幸は表情に困る。
じぃぃっといくつもの観察する視線は好奇心いっぱいで、どこに視線を持っていっていいのやら。
あまりキョロキョロするのもと思い、結局小野寺へと視線を向ける。
小野寺は満足げに両口端を上げ、掴まれている手首を長い指がさするように動く。
――うっ、わぁぁ~。
むずむずする。胸の中がなぜか甘く苦しい。
そわそわと落ち着かないそれを逃すように、千幸は数度瞬きしてわずかに視線を逸らした。
対面すると千幸が好きなことを小野寺は隠さない。誰がいても態度が変わらない。
キープとか、浮気とか、そういうことはしなさそう。どこまでもまっすぐに千幸を映し出し、思いをぶつけてくる。
喜んでいいのか悲しんでいいのか。
千幸の立場では微妙なところで、ずっとさすられる指に促されるようにもう一度小野寺を見上げ視線を合わせた。
すると、ふわりと目を細めて愛おしそうに微笑まれる。
微笑まれているのに、その奥に光る鋭い視線が千幸を捉えて離さない。
こくり、と圧迫される空気に息を呑もうとした時、桜田が助け舟を出すように千幸の腕を引き小野寺から離す。
夜の匂いのする、甘く蠱惑的な香水の匂いが千幸を包む。
掴まれた腕の力に驚く間もなく、頭上でふふんと小野寺を挑発するように桜田が笑う気配がした。
そのまま迫力美人は千幸の腰を抱くと、首元の匂いを嗅ぐように耳と頬の間に唇をそっと当てた。
優しい、軽い触れ合い。だけど、どこかエッチぃ。
同じ女性同士の筈なのに、ドキッとするそれに千幸は硬直する。
その反応に桜田はくすりと笑いに、触れ合い同様軽快な声がちゃんちゃんとこの場を閉める。
「あまり追い詰めちゃだめよ。千幸ちゃん、ごめんねぇ。翔のこともだけど、友だちがちょっと舞い上がっちゃって」
ふふっと笑いながら告げる桜田を見ながら、少し上気した頬を意識する。
なんだかすごく恥ずかしいのはなんでだろう。綺麗なお姉さんは破壊力ありすぎる。
「……そうですか」
何がなんだかと状況を把握しきれていない千幸は、ただ言葉に対して反応した。
その様子を見た桜田は、ふっと微笑し小野寺を見ながらそこで内緒話をするように耳元で怖いことを告げる。
「ちょっと今のはダメだったかな。あとはよろしくね」
パチンと華麗なウインクして見せた桜田は、女性たちに「はいはい。入った入った。じゃあ、おやすみ。お二人さん」と賑やかに彼女の部屋に入っていった。
華やかな女性たちがいなくなり、急に意識せざるを得ない夜の静けさと外の闇に残された千幸はそっと小野寺を窺い見る。
ずっと黙っているが向けられる気配が鋭すぎて、ぞわぞわして無視しきれなかった。
――なんて、顔している、の!?
千幸は目を見張った。
いつもどおり美しい顔立ちは変わらない。だが、思った以上の強い眼差しに硬い表情。
そして、静かなのに強いくらいの口調で声をかけられる。
「何か言って」
真顔で詰め寄ってくる相手に後退るが壁に追い込まれ、見つめてくる圧視線に耐えきれず聞き返す。
「……何をですか?」
「千幸ちゃん、ね、言って」
「……何を?」
繰り返されるだけのそれに、千幸は困って小野寺を見つめるしかできない。
──本当、何を??
もしかして小野寺が女性に絡まれていたことに対して?
いや、それは見ていてもわかったし、あれだけはっきりと態度で示されたので勘違いはしていない。
なので、何を求めてるかわからない隣人をただ見つめる。
はっきり誤解されたくないと、本人を目の前にして宣言されて疑う気持ちもない。
むしろ、ちょっと嬉しいと思ってしまったことは内緒。堂々とされていて何も引っかかりはない。
単純にモテていることを事実として受け入れただけだ。
この容姿でモテないわけはないので、女性に対しての態度を実際見てどちらかというと評価は上がった。
わからないと首を振ると、小野寺は切なげに甘えた声で促してくる。
「千幸ちゃん」
榛色の瞳の中に千幸をじっと捉え、軽く首を傾げちょっと唇を尖らせ拗ねたように言葉を待つ相手を前に、千幸は軽く顔をしかめた。
――っ、だから何を?
小野寺一人だったわけではなく見知っている桜田もいたこともあり、千幸は一つの光景として見ただけだ。
桜田の友人が酔ってテンション高くなり、小野寺にのぼせてあの状況だったというのは予測がつく。
それにこんなことで詰められるのなら、どちらかといえばホテル前の腕を組んでいた女性が引っかかる。
何か言いたい、聞きたいとするなら思い浮かぶのはそればかりで、結局、あの光景を忘れられていなかった。
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