ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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3惑甘ネジ

誤算 side翔③

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 あんなに可愛いのに、こうしている間にほかの男に取られやしないか、とか。
 今も何をして何を考えているのだろう、とか。
 俺のことを考えてくれていたらいいのに、とか。

 千幸のあれこれを思い出し、ああ、好きだなと相手を思う苦しくも甘い時間は、翔を芯から温めるとともに常にもどかしい気持ちを持て余す。
 だが、それでも考えることをやめられない。

 それらが千幸からもたらされるものだからこそ、手に入れると決めているからこそじっと待つこともできる。
 できるが、早く、早くとこの手に、この腕に、と千幸と話す機会が増えるたびに気持ちが急く。
 そんな最中に、彼女との貴重な時間を潰そうとしてくる相手に内心イライラしながら、翔は仕事モードの笑みを貼り付けた。

「駄目でしょうか?」

 媚びるような眼差しにうんざりしながら、令嬢を見た。
 頬を染めて期待した瞳を向けられ、それで落ちない男はいないと思っているのか恥じらいながらも自信が見え、翔は一層気持ちが冷えた。

 請われて、一度ホテルのレストランで食事をしてからこの手のアプローチがますます増えた。
 酔ったふりをしてしな垂れかかり、腕を組まされ胸を当てられ誘うような上目遣 いに、ずっと知らないふりをして興味がないことを示していたのが伝わっていなかったようだ。

 一度、要望通りにしておけば納得するかと思いきや、思った以上に強引な令嬢だ。
 こちらとしては仕事として付き合っただけで、それ以上のことは仕事外である。

 彼女の父親がどうしてもというので時間を作ったが、それは彼女の父親だからだ。
 仕事の取引がある間は円滑にするために動くことは大事だし、大口の取引先とうまくやっておくに越したことはない。それだけの影響力が彼女の父親にある。

 だから、食事くらいはと思い了承した。
 正直しつこくて、一度彼女の父親の顔を立てとこうくらいだったのだが、そういった大人の事情を感知しない相手だったようだ。
 見かけだけを気にして、そういう機微がわからない女にく時間はない。

「そうですね。検討しておきます。その時にはお父上に連絡させてもらいますので」
「父ではなくて、その……」

 繋がりはあなたの父親で、あなたではないと告げているつもりだ。
 プライベートな番号やアドレスも知らないのに、よくのこのこと来れるものだとある意味関心する。
 携帯番号を聞き出そうとする相手に、翔は目を眇め牽制するようにじっと見つめ微笑んだ。

「社長。会合の時間がもうすぐです」

 そこで白峰秘書がちらりと腕時計を確認し、静かだが兼光令嬢にも聞こえるようにはっきり告げた。
 翔も時計をこれ見よがしに確認し頷く。

「ああ、こんな時間か。兼光様、すみませんがこのように仕事が立て込んでおりますので、今日はここで」
「はい。すみませんでした」

 仕事と言われればさすがに強引に出られなかったようで、そもそも仕事の邪魔をしにきてるんだがなと思いながらも、やっとわかってくれたことにほっとする。
 会合は一時間後だが、これ以上は無意味だ。

 送るのも嫌なので、忙しいと秘書にフロントまで見送らせることにする。しっかりこのビルの外に出ていってもらわないと困る。
 消化不良の令嬢は名残惜しそうにこちらをちらっちらっと見ながら、部屋を出ていた。

 そのまま翔も社長室に戻り、やっと一人になった空間でいつものデスクの前に座るとギィッと音を立て椅子に凭れた。
 仕事のことで問題が起こり、それを乗り越えるための労力は別にいい。だが、こういったものの余計な労力は成果もないからすごく疲れる。

 翔はくしゃりと髪をかき上げた。
 秀でた額が現れ、ふっと気を抜き疲れた表情でさえも色気をほとばしらせる。だがすぐに髪を直すとパソコンを立ち上げた。

 さっそく轟から苦言を含めた了解の返信が入っていた。
 轟が動くなら問題ないと、横の部屋にいるほかの秘書に調整するように告げ、ついでにコーヒーを頼む。

 コーヒーが届けられた頃、令嬢を見送り戻ってきた白峰秘書が報告しに戻ってきた。
 その表情は秘書らしく落ち着いた笑みを浮かべているが、涼やかな声で報告とついでとばかりに苦言を入れてくる。

「兼光令嬢をしっかりお見送りをしてきました」
「ああ。ありがとう」
「いいえ。仕事ですので。ですが社長、先ほどはもう少しでご令嬢を泣かすところだったでしょう?」
「あの手合いが簡単に泣くものか」

 会合の書類を確認しながら淡々と告げると、秘書はわかりやすく溜め息をついた。何だと視線を上げると、にっこり笑顔が返ってくる。
 よくできた秘書だ。

 先ほども、ほとほと呆れた翔が何を切り出すのかを察してのあのタイミングは絶妙だった。
 助かりはしたが、別にどうなっても打つ手はあったし非はこちらにないのだからと思っていたが、彼女は違う意見だったようだ。

「誘い泣きだったとしても、ここで泣かれるのは困ります」

 白峰の『誘い泣き』という言葉にふむっと考え、確かに一理あると認める。
 同じ女性だからこそ令嬢に対して思うこと、感じることもあるのだろう。こういう時の意見をないがしろにしてはいけない。
 翔は相槌を打った。

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