ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
上 下
38 / 143
3惑甘ネジ

誤算 side翔③

しおりを挟む
 
 あんなに可愛いのに、こうしている間にほかの男に取られやしないか、とか。
 今も何をして何を考えているのだろう、とか。
 俺のことを考えてくれていたらいいのに、とか。

 千幸のあれこれを思い出し、ああ、好きだなと相手を思う苦しくも甘い時間は、翔を芯から温めるとともに常にもどかしい気持ちを持て余す。
 だが、それでも考えることをやめられない。

 それらが千幸からもたらされるものだからこそ、手に入れると決めているからこそじっと待つこともできる。
 できるが、早く、早くとこの手に、この腕に、と千幸と話す機会が増えるたびに気持ちが急く。
 そんな最中に、彼女との貴重な時間を潰そうとしてくる相手に内心イライラしながら、翔は仕事モードの笑みを貼り付けた。

「駄目でしょうか?」

 媚びるような眼差しにうんざりしながら、令嬢を見た。
 頬を染めて期待した瞳を向けられ、それで落ちない男はいないと思っているのか恥じらいながらも自信が見え、翔は一層気持ちが冷えた。

 請われて、一度ホテルのレストランで食事をしてからこの手のアプローチがますます増えた。
 酔ったふりをしてしな垂れかかり、腕を組まされ胸を当てられ誘うような上目遣 いに、ずっと知らないふりをして興味がないことを示していたのが伝わっていなかったようだ。

 一度、要望通りにしておけば納得するかと思いきや、思った以上に強引な令嬢だ。
 こちらとしては仕事として付き合っただけで、それ以上のことは仕事外である。

 彼女の父親がどうしてもというので時間を作ったが、それは彼女の父親だからだ。
 仕事の取引がある間は円滑にするために動くことは大事だし、大口の取引先とうまくやっておくに越したことはない。それだけの影響力が彼女の父親にある。

 だから、食事くらいはと思い了承した。
 正直しつこくて、一度彼女の父親の顔を立てとこうくらいだったのだが、そういった大人の事情を感知しない相手だったようだ。
 見かけだけを気にして、そういう機微がわからない女にく時間はない。

「そうですね。検討しておきます。その時にはお父上に連絡させてもらいますので」
「父ではなくて、その……」

 繋がりはあなたの父親で、あなたではないと告げているつもりだ。
 プライベートな番号やアドレスも知らないのに、よくのこのこと来れるものだとある意味関心する。
 携帯番号を聞き出そうとする相手に、翔は目を眇め牽制するようにじっと見つめ微笑んだ。

「社長。会合の時間がもうすぐです」

 そこで白峰秘書がちらりと腕時計を確認し、静かだが兼光令嬢にも聞こえるようにはっきり告げた。
 翔も時計をこれ見よがしに確認し頷く。

「ああ、こんな時間か。兼光様、すみませんがこのように仕事が立て込んでおりますので、今日はここで」
「はい。すみませんでした」

 仕事と言われればさすがに強引に出られなかったようで、そもそも仕事の邪魔をしにきてるんだがなと思いながらも、やっとわかってくれたことにほっとする。
 会合は一時間後だが、これ以上は無意味だ。

 送るのも嫌なので、忙しいと秘書にフロントまで見送らせることにする。しっかりこのビルの外に出ていってもらわないと困る。
 消化不良の令嬢は名残惜しそうにこちらをちらっちらっと見ながら、部屋を出ていた。

 そのまま翔も社長室に戻り、やっと一人になった空間でいつものデスクの前に座るとギィッと音を立て椅子に凭れた。
 仕事のことで問題が起こり、それを乗り越えるための労力は別にいい。だが、こういったものの余計な労力は成果もないからすごく疲れる。

 翔はくしゃりと髪をかき上げた。
 秀でた額が現れ、ふっと気を抜き疲れた表情でさえも色気をほとばしらせる。だがすぐに髪を直すとパソコンを立ち上げた。

 さっそく轟から苦言を含めた了解の返信が入っていた。
 轟が動くなら問題ないと、横の部屋にいるほかの秘書に調整するように告げ、ついでにコーヒーを頼む。

 コーヒーが届けられた頃、令嬢を見送り戻ってきた白峰秘書が報告しに戻ってきた。
 その表情は秘書らしく落ち着いた笑みを浮かべているが、涼やかな声で報告とついでとばかりに苦言を入れてくる。

「兼光令嬢をしっかりお見送りをしてきました」
「ああ。ありがとう」
「いいえ。仕事ですので。ですが社長、先ほどはもう少しでご令嬢を泣かすところだったでしょう?」
「あの手合いが簡単に泣くものか」

 会合の書類を確認しながら淡々と告げると、秘書はわかりやすく溜め息をついた。何だと視線を上げると、にっこり笑顔が返ってくる。
 よくできた秘書だ。

 先ほども、ほとほと呆れた翔が何を切り出すのかを察してのあのタイミングは絶妙だった。
 助かりはしたが、別にどうなっても打つ手はあったし非はこちらにないのだからと思っていたが、彼女は違う意見だったようだ。

「誘い泣きだったとしても、ここで泣かれるのは困ります」

 白峰の『誘い泣き』という言葉にふむっと考え、確かに一理あると認める。
 同じ女性だからこそ令嬢に対して思うこと、感じることもあるのだろう。こういう時の意見をないがしろにしてはいけない。
 翔は相槌を打った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...