ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
上 下
36 / 143
3惑甘ネジ

誤算 side翔①

しおりを挟む
 
 両開きの重厚なドアを開けると、まず気品溢れる内装に深みのある木製の家具類に視線がいく。
 それに合わせるようにベージュで色味を統一し、重厚さだけではなく洒落ている印象を持たせる部屋は、高級感はあるが堅苦しさを感じさせない。

 それ相応の社会的地位の者の部屋だとわかるそこで、流暢りゅうちょうなフランス語を話す男。
 間合いなどから電話でやり取りをしているらしいが、甘く張りのある男らしい声はどんな時でも聞き惚れる。
 デスクの上にはパソコンと書類。その前には外国語を話す彼の組んだ長い足が机から見え、ワイシャツの袖をまくりそこから見える男らしい腕には高級時計がつけられている。

 誰もが認める美形。美声から想像する通りに骨格すべての配置がこれ以上ないというくらい完璧で整った顔立ちをしている。
 二重できりっとした怜悧な目元、何より榛色の瞳は見た者を忘れさせない魅力を備えていた。

 真剣な眼差しで仕事の話をしているのかと思いきや、わかったダッコーと笑みを漏らす余裕もあるようで、相手方と信頼関係が築けていることがわかる。
 電話を切ったことを見計らったようなタイミングで、コンコンとノックし一礼すると女性が入ってきた。

 両開きの扉とは別にほかの部屋に続いていると思える扉。そこから物音や話し声が聞こえる。どうやら秘書室と繋がっているようだ。
 洗練された身のこなし、白いボトムに淡いピンクのシャツの彼女はできる秘書を思わせる。
 長い髪をきゅっと後ろでくくり、大きめの金のピアスをしゃらりと揺らし、見かけ通り放つ声も涼やかだ。

「社長、ミズウェルダンからお電話です」
「わかった。二番に回して」
「かしこまりました」

 また一礼して去っていく姿を見送り、繋がったのを確認した小野寺翔は電話をとった。

こんにちはハロー

 応答すると、相手は待ってましたとばかりに親しみのある口調で文句を告げる。

『ショウ。ひさしぶり~。最近はちっとも遊びに来てくれないから寂しいわ』
「お久しぶりです。メアリー。ありがたいことに忙しくさせてもらってますので」

 苦笑とともに返す英語は、外国語の中では一番話しやすく使い慣れたものだ。もともと耳が良いのか、語学は得意だ。きっと父方の血を色濃く引いた所以だろう。
 英語のほかに、フランス語、イタリア語、スペイン語などすべてが完璧ではないが、仕事と日常会話ぐらいなら支障はない。

『いろいろ手広くやっているようね』
「おかげ様で」

 謙遜することなく告げると、電話の向こうで密やかに笑う気配がした。
 それだけで、久しぶりだった距離があっという間に以前のものへと変わる。

『そ。よかったわ。で、こっちの仕事に力を貸してほしいのだけどどうかしら?』

 それを狙ってかどうかはわからないが、さらっと振ってくる話に翔も同じように笑った。

「わかりました。このタイミングということは、こちらの動きを把握されているのでしょう。正式な仕事ということでしたら通しておきます」

 脳内でスケジュールと今ある仕事を確認し、ついでに轟の仕事の動きもパソコンで確認した。忙しいが、なんとかなるだろう。
 むしろ、その後の利益のことを考えると今動かずしてというところだ。

『話が早いわ。緊急なのよ。任せていたところが不祥事起こしてね。デザイナーばたばた倒れるわ、最悪よ』

 どうしても愚痴らずにはいられなかったようで、その言葉でどこと契約していたのかがわかってしまった。
 次から次へと出てくる男の所業を、大々的に世界のマスコミが取り上げていたので日本にも情報が伝わってきていた。

「ああ、女優と不倫したあげくいろいろ出てきたあれですか。あそこが関わっていたのですね」

 それは大変だと髪をかきあげてそう告げると、いずれ知れることだからと電話の向こうでは堂々と認め溜め息をついた。

『そうよ。よくもこんな大事な時期にと嘆いてもしかたないけどね。口だけの緩い男だなとは思ってたのだけど、案の定よ。そもそも、最初からショウが引き受けてくれていたら問題なかったのに』

 ついでのように文句を言われ、見えていないだろうが翔は肩を竦めた。

「話があった時は忙しく、その時は調整できなかったから仕方がないですよ。わかりました。お詫びじゃないですが、調整するよう轟に伝えておきます」

 パソコンのマウスをカチカチクリックしながらそう告げると、言葉通りに嬉しそうなトーンが電話口から聞こえた。

『ワオー。彼を担当に回してくれるの? 彼、キュートで仕事もできるからこちらも嬉しいわ』
「それも伝えておきます。ただし、しっかり金額は上乗せさせてもらいます」
『仕方がないわね。それでも今を切り抜けられるなら安いものよ。愛してるわ。ショウ』
「はいはい。俺も」
『じゃあ、連絡待ってるから』

 それだけ言うと、よほど忙しいのか慌ただしく切った。
 翔は嘆息し、轟にこの件を簡潔に伝えるためにメールをした。彼は別件の業務に携わっており、翔を送り届けた後は別行動をしていた。

 また、勝手をして怒られるだろうが、ウェルダンの仕事は仕方がないとわかってくれるだろう。
 事業を立ち上げた際、世話になった相手だ。
 打ち終えたところで、今度は手に書類を抱え現れた秘書の白峰しらみね美来みくが、何とも微妙な顔で自分を見た。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...