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3惑甘ネジ

小野寺翔という男 side轟

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 轟はそっと嘆息した。
 そのまま藤宮千幸の隣の部屋の扉を開け、支度をしだした小野寺とともに部屋に入った。
 無駄口叩かず身支度を整えた小野寺は最後にキュッとネクタイを締め、やっと轟を見た。

「それでメールでは今夜のことには触れてあったが、何がそこまで押しているんだ?」

 ようやく仕事モードになったようだ。
 表情がないわけではないのにどこか冷たく感じる整った美貌の友人は、藤宮千幸がいる時といない時との温度差が違いすぎる。
 以前は心の内で面倒だと思っていてもそれを感じ取らせないくらいの人当たりのよさはあり、来るもの拒まず去るもの追わず周囲に影響されず存在していた。

 誰が何をしようが何も変わらない相手との付き合いは結構楽で、気づけばつるむことが多くなっていた。
 だから、一人の女性に夢中になっただけで、ここまで変わるとは考えもしなかった。つくづく周囲のことに興味がなかったのだなと知る。

 別にだからといって、小野寺の見方が変わるわけではない。
 それ以外はいつも通りで、むしろ精力的に資産作りに励んでいる。

 小野寺の今の原動力は藤宮千幸に一点集中している。
 それはある意味健気でもあり、そういう人間味があるところも最近では面白いと思うようになった。

 だが、それはそれだ。
 仕事に支障がでるようなことはさせないと、わかっているだろうが釘をさす。

「ああ。その件の付属があれこれとな。あと、それやめろ」
「何が?」

 ドアの鍵を閉め、さっさと行くぞと歩き出しながら会話を続ける。

「藤宮千幸がいる時といない時の差だ。今は俺だけだが、顧客の前でそれを出されたらかなわない」
「そんなヘマはしない」
「だといいが。最近の小野寺を見ていると、温厚で人当たりのいい完璧キングと騒がれていたのは本当にお前のことだったかと考えることが増えた」
「ふぅーん。温厚ね」

 そこでふっと微笑む小野寺。
 こういうところが隙がないんだよなと、友人を褒めているのかけなしているのか、その両方の感情を持って相手を見る。

「実際は感情が一定なだけだけどな」

 だから、左右されずそこにいる。あれこれ分析してみたが結局はこれにつきる。
 冷静沈着で誰かに頼るタイプでもない。勝手で自由で傍若無人なのかもしれないが、傲岸不遜ということでもない。
 そこに実力と魅力が追加され、自由が許されるタイプ。

 その上、周囲が勝手に小野寺のために動こうとする。本当は一人で何でもできるのに、やってくれるならどうぞと許容する。
 だから、人が群がる。そして勘違いする者が一定数現れる。

 その中でも、たまに気を許した者に見せる微笑。
 その他大勢とは違うそれに気づくと、わかっていても俺様的なことは何となく許してしまう。

 そして、轟自身も例に漏れない。
 現在、ずるずるとこんなことまで協力している。

「揺るがされるものがなければ、誰しも一定だろ?」
「お前は揺るぎなさすぎだったんだ。ここ最近の小野寺を見てつくづく思う」
「別に俺が温厚だって言い回っていたわけではない」

 そう。周囲が勝手に判断していただけだ。

「まあ、そうだな。とにかく外ではそのままでいてくれたら、藤宮千幸のことは犯罪にならない範囲でやればいい。で、昨日でやっとという感じか? あれだけのアプローチもほんの一ミリほどやっと届くという彼女はなかなかのツワモノだ。興味深い逸材だと思う」
「一ミリ。一ミリか。そんなもんなのか。興味深い逸材とは轟にとってはずいぶんな褒め言葉だが、惚れるなよ」

 残念そうに項垂れたかと思えば、じろりと睨まれる。
 本当、藤宮千幸に関しては忙しいヤツだ。

「惚れない。彼女自身というより、お前発信の相手はそういう対象から除外だから安心しろ。あと、余計な嫉妬もよせ」

 変な疑いをかけられたら疲れるだけだと眉間を寄せたことで、少しずれた黒縁眼鏡を戻しながらしっかり告げておく。

「ふぅーん? まあいい。昨日、俺が好きなことは伝えたから考えるらしい。信じられるか? 千幸が俺のことを考えてくれるんだ」

 ちらりと榛色の瞳で牽制するように轟を見た後、ゆるっと表情を緩ます小野寺に轟は目を眇めた。

 ────いや、そのためにいろいろ動いてきたんだろうが!?

 何を今さらと黙っていると、表情はすぐに戻ったが昨夜のことをいろいろ思い出しているのかいつもより口数が多い。
 そもそも、小野寺の口から女性の話を聞いたのは藤宮千幸だけだ。彼女のことは初めてづくしで、相手をする轟もどう接すればいいかまだ見えていない。

「幸せなことだと思わないか?」
「まあ、そうだな」

 適当に相槌を打ちながら、通りすがりの奥様にぺこりと頭をさげる。背後でしっかり小野寺が挨拶をするのを聞きながら、轟は時計を確認した。
 予定通りといえば予定通り。
 それでも時間が惜しいので車に向かっているのだが、ずっと背後で話しかけられているのか独り言を聞かされているのか。

 ────お前のそれ、今までのことを思うと本当わからないぞ?

 もう獲得したかのような緩み具合だが、やっと認知してもらった段階だ。認知、認識されただけ。
 それでいいのか?

 モテ男がそれだけのことで幸せに浸れるらしい。
 今までの小野寺を知っているだけに、

 ……………………いや、ないわっ!!

 轟は真面目くさった顔で、しみじみと思った。
 全くもって、非効率すぎる。
 その認知がそれほど嬉しかったならなぜ今までさっさと動かなかったのかと、何かあることに何度思ったことか。そして今も思う。

 口には出せない疑問と不満が、轟の中でもやもやと広がっていく。
 言葉で確認したところで、明確な理由は結局わからないだろうから聞かないだけだ。

 車に乗る際にちょうど見えた小野寺の顔。
 今は真面目な顔で話しているので、整っているだけに絵になる。
 そんな男が、まさかこんなネジが一本緩んだ会話をしているだなんて誰も思わないだろう。

「あのまっすぐさは出会った頃と変わらない」

 満足そうにふっと笑うと後ろに乗り込んだので、轟は目を細め運転席に乗り込み相槌を打った。

「そうか。それはよかった」

 これに関しては、心の底からと書いて心底轟は思う。
 『なんか、長~い変な時間』に振り回された分、再会して『やっぱり違った』と言われたら、思わずはたいていただろう。それくらいどちらの意味でも心配していた。

 あれだけモチベーションを上げておいて、下がった時のリバウンドが怖い。
 それほどまでに轟が知る小野寺翔とは違ったので、何をどう判断していいのか先が読めないままここまでやってきた。

 自分を含め協力した者からしたら、汗水垂らして山登りしていたのに「あっ、違う山だったわ」と軽く言われ下山させられてしまうようなものだ。
 ものすごい喪失感を味わうことになる。

 それは迷惑極まりないし、小野寺の今後を思うと本当に目指した山でよかったと思うのだ。そして、ぜひとも制覇してくれるとこちらも安泰だ。
 しみじみ、本当にしみじみ、二人がくっついてくれることが平和なのだと思う轟であった。


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