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3惑甘ネジ

新たな朝の始まり side翔②

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「どこが?」
「えっ、どこがって、……本気で言ってます? それに何でそんなに嬉しそうなんですか……」
「嬉しいから」

 すかさず断言した翔の言葉に、思わず「そっか」と頷きかけた千幸はふっと視線を逸らした。壁を見つめて嘆く。

「あぁぁ、何か絶対違うっ……、本当に噛み合ってない気がする。未来を予約ってニュアンス変わってくるっていうか。確かに考えるとは言いましたが、選択肢がないっていうか」

 困り顔のままぶつぶつと文句という甘い小言に、翔は満足気に大きく頷いた。
 千幸にとっては違うと思うことも、翔にとっては決定事項なのでそれ以外の選択肢をやるつもりはない。

「俺は千幸ちゃんを諦める気はない。もうほかの男にやるつもりもないから、千幸ちゃんとの未来を考えるのは当たり前だよ」

 疲れたような表情で視線を戻した千幸に、自分からは何も譲る気はないことを断言しにこっと笑う。

「当たり前って……」

 そう絶句した千幸を怖がらせないように、でも本気だと伝えるようにまっすぐに視線を捉えたまま、翔は距離を詰め言い聞かせるようにゆっくりと言葉を発した。

「だから、またデートしよう」
「……っつ」

 顔を赤くさせるでもなく青くさせるでもなく文字通り絶句した千幸の細かな心情はわからないが、翔としては言葉を出し惜しみする気はない。
 蔑まれようと、呆れられようと、その視界の中に、思考の中に、翔の居場所があるとことが嬉しい。

 その瞳に自分が映るのなら、映っている限り翔は反応することを止められない。
 むしろ、どんな反応でも好きだと思わせる千幸が悪い。絶句した千幸も可愛いな、としげしげと見つめてしまう。

 つつつっと寄っていく眉の形が可愛い。
 呆れながらも見つめてくるところが可愛い。
 二重に乗っているまつ毛が、翔が告げたことによって感情の揺れを表すように、ふるふると揺れているところも可愛い。

 一つひとつが、彼女の性格を表すように素直に動き可愛いすぎて。
 翔は瞬きを忘れて本日の千幸を堪能した。

「朝から困らせてどうする」

 だが、途中で無粋な第三者の声に邪魔をされる。
 怪訝な顔をした翔と違って、目の前の千幸ははとどろきに縋るような視線を向けた。
 背後で気配を感じていたが、その言葉とともに現れた轟に千幸がほっと息をついたことが気に食わない。

「デバガメ」

 ちっと舌打つとともにぼそりと文句を口にすると、轟に遠慮なく睨まれる。

「したくてしてるわけではない。朝から女性を困らせるのは得策とは思えない」

 正論をかまされ、翔はふんと鼻を鳴らした。
 何より、千幸の目が尊敬の色に変わっていることが気に入らない。それは俺に向けられたことのない眼差しだ。面白くなくてじろりと轟を睨む。

「何だ?」

 まったく悪いとも思っていない男が、しれっと聞き返してくる。

 ──もっと気を効かせてくれてもいいのに……、この朴念仁ぼくねんじんめっ!!

 格好悪いところは見せてはならないと千幸には何食わぬ顔を見せながらも、轟を突き刺すようにめつけ、内心毒吐いた。

「翔さん」

 名を呼ばれにっこり笑顔とともに視線を戻すと、千幸の呆れた視線とかち合う。
 そんな双眸も愛おしいと、翔は彼女の腰をさらうように引きよせ轟から遠ざけた。

 轟はついっと眉を跳ね上げ、苦笑を漏らす。
 友人に何を思われようと、今は千幸だと翔は彼女だけを見つめる。

「何?」
「……なんていうか、大人気ないっていうか」

 千幸は言葉を濁し、その視線ですよと、さっき翔がばれないように睨めつけた轟をちらりと見る。
 やっぱり千幸は一番だ。聡く、優しく、辛辣で、そして可愛い!

 おとがめをじんわり噛みしめる。
 緩む頬をそのまま弛緩させ、ほこほこと笑いながら翔は言い訳する。

「だって……」
「だって、って子どもですか!?」

 呆れたような声が楽しくてにんまり微笑み、気に食わない内容に切々と訴える。

「嫌なものは嫌だ。轟なんて、見なくていい」
「いや、普通に見ますよ」
「ダメ」

 千幸は俺だけを見つめなければならない。特に今は……

「ダメって……。大人がそんな一言で済ますには内容がしょうもないです。そんなことで轟さんに迷惑かけるのはどうかと」
「しょうもなくない。轟は大丈夫だ」
「いや、ずいぶん……」

 またちらりと轟を見ようとした千幸の視線を察知し、翔は腰に回していた手にきゅっと力を入れ完全に轟から千幸を隠した。
 轟は肩を竦め、黒縁眼鏡のふちを押し上げた。

「俺は大丈夫だ。むしろ、こいつがすまないな」
「ほら。轟は気にしてない」

 擁護するならしっかりしてくれよとむっすりしながら、翔は両手で俺を見てと千幸の両頬を挟んだ。
 そっと顔を上げさせると千幸は諦めたように嘆息し、昨日と同じようにしっかり翔の目を見た。

 両頬に添えた手を嫌がることもしない。目を見てくれている。その事実に翔は舞い上がる。
 ゆるっと口元が緩ませると、すかさず入る指導。

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