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3惑甘ネジ
新たな朝の始まり side翔①
しおりを挟む爽やかな光が朝を告げ、じわじわと上がりだした気温が活動を促していくようだ。
トクトクと気分が高まっていくのを噛み締めながら、小野寺翔は長身を壁に凭れさせ来たる時を待っていた。
もうすぐドアが開かれる。
一枚隔てたそこに千幸の動く気配がして、翔は自然と口元に笑みをかたどらせた。
ゆっくりと開かれるとともに、現れる姿が諦めたような苦笑とともに自分をまっすぐに捉える。
それを見て、翔は眩しいものを見るかのように榛色の双眸を緩めた。
「千幸ちゃん。おはよう」
「おはようございます」
そっけなく返される挨拶だが、何度か瞬きをした千幸の頬はわずかに赤い。
それに気づくと、くすぐったい気分になった。
それと同時にもっとと欲望が次々に生まれ、それを実行してしまいそうで翔はぐっと腹に力を込めた。
いつもならここで話しかけてくるはずの翔が黙ったままなのに気づくと、彼女はそろそろと視線をわずかに逸らしまた戻した。
「…………何、ですか?」
「名前呼んでくれないと」
「……翔さん、今日も相変わらず、ですね」
身長差のせいでどうしても上目遣いになる彼女の眼差しを、翔はにっこりと笑顔で受け止めた。
かろうじて、最近のやり取りである定番の『うざい紳士』と言うのをやめた千幸は、昨夜の翔の告白を受け止め控えてくれたようだ。
辛辣な物言いに、素直に感情が出る眼差し。
うざいに紳士をつけ、結局は相手をしてくれるあたり、千幸の優しさを感じ取れる。
何を言われても、どんな視線でも、幸せな気分にしてくれるのを本人だけが気づいていない。
たまに言い過ぎたかなとちらりと窺うような眼差しが、可愛くて仕方がないと思っていることなんて知らないだろう。
翔には千幸がすることなすことのすべてが愛おしい。
今まで、異性にねっとり媚び絡んでくるような視線を多く向けられてきた。鼻につくような甘えた声もたくさん聞いてきた。
そんな翔にとってはどれもこれも新鮮で、千幸のどんな感情も下手をしたら嫌悪ですら愛おしいと感じてしまう。
どれだけ嫌な顔をされてもどれも好ましく映り、それをわかっていない千幸が可愛くてしょうがない。
「昨日は楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ、ご馳走になりました。ありがとうございます」
ぺこっと頭を下げる際に千幸のふわりと柔らかな髪が動き、シャンプーとスタイリング剤の爽やかでかすかに甘く香る。
昨夜の接触で柔らかな千幸自身の匂いを喚起させ、あれこれ思い出し口元が緩むのが止まらない。
翔にとって『楽しい』とは一時的なことが多く、刹那的なものだった。初めてのことは新鮮さが勝り楽しいが継続しない。
だが、昨夜は違った。
会うまでも楽しみであり、会っている時は幸せに満ち、終わった後も楽しい。
やはり、千幸だ! 千幸しかいない!!
昨夜のデートはさらに千幸を愛おしく感じた。千幸だけだと確信した。近づけば近づくほど千幸が欲しくなった。
「次はいつがいいかな?」
もっと近づきたくて訊ねると、じぃぃっと見つめられおもむろに溜め息をつかれた。
その溜め息さえも甘く感じるなんて、自分はおかしくなってしまったのだろう。
そう感じさせる千幸が悪いと、何? と眉を上げたら、もう一度溜め息をつかれる。
「せっかちって言われたことありません?」
「ないね。でも、千幸ちゃんのことになるとどうしても早くって思うから仕方がない」
「断言されても……」
「困る? でも、本当のことだし改める気はないよ」
好きだと告げたのだから、ここで手を緩めるつもりはないと告げると、千幸はまた溜め息をついた。
「……次は、忙しい翔さんの時間が空いた時にでも」
だから、しばらくはそっとしといてと言われているようで、翔はちょっぴり面白くなくて千幸の前髪を軽く指で触る。
意識してくれている。考えてくれている。それは嬉しいことだ。
だけど、足りない。もっともっと自分で埋め尽くしたい。
そんな気持ちのまま、手が出ていた。
困ったように眉を寄せ、んんーと少し考えるような間の後、肩で息をついた千幸はじとっと翔を睨んだ。
「手、セクハラで訴えますよ?」
いつものように返してくれる千幸の言葉に、今までと変わらぬ眼差しに、翔は嬉しくてその可愛らしい小さな耳にこそっと耳打ちをした。
「俺と千幸ちゃんの仲なのに?」
「っ、どんな仲ですかっ!?」
ぎょっとした顔で目を見開いた千幸は、さっきまでどこか躊躇っていたのをすべて振り払ったように翔をがっちりと捉えてきた。
それに満足して、願望という名の言葉を口にする。
「隣で、そして未来を予約した仲」
「……未来を予約って。それはしてませんけど?」
「したよ。俺は千幸ちゃんを好きだと言った。考えると言ってくれたよね? なら、誰よりも今は俺のことを考えて一緒に過ごす未来を考えてくれないと」
「なんか、違う」
ふるふると首を振り、翔を見る眼差しにはわずかに非難の色が帯びてくる。
不服だと思いながらも逸らされない視線は、翔のことを宣言通り考えてくれているようで、訊ねる声には喜色が入る。
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