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2甘ネジ

となり④

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「遠慮しなくていいよ」
「えっ? うざいです。心の底から遠慮します」
「そんな千幸ちゃんも可愛い」
「…………」

 うざいと言ったはずなのに可愛いと言われ、何を言えばいいのだろうか。
 なんだこの会話。やっぱりお互い酔ってるのだろうか。
 酔ってるから意味わからないこと言い出してるのだろうか。それなら落とすっていうのも酔っ払いの戯言たわごと

 そもそも、最初から距離の詰め方がすごかったので本当のところどうしたいのかいまだに見えない。
 やっぱり戯言ってことでいいかな。
 深く考えるのは危ないような気がしてそう結論を出そうとしたら、小野寺がむすっとした顔で千幸を睨んできた。

「また、本気にしていない」

 声も拗ねたようにかすれ、甘くなじられる。

「……何を」
「俺は千幸ちゃんが欲しいって言ったのに」

 傷ついたとばかりに目尻がわずかに下がる相手に、千幸はどうしていいのかわからずただ見つめた。
 目の錯覚か、小野寺の後ろに垂れた尻尾が見えるようだ。

「千幸ちゃん、俺、本気」
「…………」
「だから、早く落ちてきて」
「…………」
「いつでも待ってるから」
「…………」

 怒涛の言葉攻撃に、千幸はぶるっと身体を震わせて黙り込んだまま反応できずにいた。
 千幸の様子に構わず、小野寺は攻撃を止めることをしない。

「千幸ちゃん」

 愛おしいと甘く名前を呼ばれ、眼差しでも好きだと告げてくる。
 そうして千幸を捉えながら、肩に置かれていた手で小野寺の広い胸板に寄るように押された。身体が面と向かって密着し、逃さないように腕を掴まれた。

 その状態で、もう一方の手がそっと伸びてきて千幸の顎を捉えてくる。
 くいっと上げられ、壮絶な微笑が目の前で繰り広げられた。

「信じないなら、このまま唇奪うけど?」

 いや、急に変化しすぎです。
 さっきまで飼い主の様子を窺いながら尻尾をぽてんと落とした犬みたいだったのに、今は獲物を見据えた肉食獣みたいな顔をしている。

「いいの? いいんだね? いい?」

 うわぁ、圧がすごい。
 飢えてる獣みたいにじっと見つめられ、一応奪うといいながらもステイ状態な相手は、やっぱり血統証つきでお行儀は多少あるようだ。

「ダメです」

 千幸は捕われた腕を意識しながら、流されないぞとキッと睨む。

「なら、信じる?」

 睨んだのにふわりと嬉しそうにそれを受け止めた小野寺は、顔をさらに近づけてささやく。
 千幸は小野寺の吐息を感じながら、顎クイで固定されたままこくこくと頷いた。

 あらゆる手で持ち込まれた感じはするが、何より目の前の相手の顔を見て否定することはできない。
 千幸が観念したのが伝わったのか、小野寺はふわりと微笑むとチュッと頬にキスを落としてきた。
 今、何が起こった?

「ダメっていったのに」
「唇は奪ってない」

 ああー、ああいえばこういうみたいな?
 目の前には我慢してやったんだぞと、にっと口元を上げて笑いながらも離れがたいとばかりに千幸の両腕を掴んでくる小野寺の顔。

 その表情は千幸が好きだ、好きだと訴えている。
 欲する気持ちを隠す気もなく全面に押し出し、目元はわずかに赤い気もする。

 好いてくれているのはわかったが、なぜこれほどまでに好かれているのかはわからない。
 思い出してと言われた言葉もずっと引っかかったままで、直でそれは聞けない。

「…………はあっ」

 千幸はおもむろに溜め息をついた。
 ものすごく疲れる。なんか一杯一杯でいろんなものが溢れ出し暴れだしそうだ。  

 それにここはすでにマンションの前だ。前なのだ。前なんですけど?
 あともう少しで帰れるというところで、ぐだぐだとはたからみたらイチャイチャカップルみたいな密着度。

 そして、本気で欲しいと言葉にされ、冷めたと思った酔いがくらりと回りだしたようだ。
 ちらりと見た小野寺の瞳の奥に真摯な思いを見せつけられて、捉えられた腕からは熱が伝わってくる。
 それを逃すように、千幸はもう一度息を吐き出した。

 好かれているのは理解していたし、男女ということでその可能性もどこかであるかとは思っていた。
 明確にされた後にこの態度を見せられ、考えることが面倒というのが今一番の気持ちだ。

 正直、小野寺のことは嫌いではない。
 でも、好きかと聞かれてもわからない。ドア前待ちといい戸惑いと面倒くささのほうが勝つ。

 美貌の容姿や榛色の瞳にドキッとすることもあるが、それはあくまで外見の話である。
 何よりやっぱり行動がちょっと意味わからないというか、唐突すぎて理解できない。

 そして極め付けに思うことは、変、だ。変、なのだ。
 相手のことを考えて、最後に残る言葉が『変』って大丈夫ではないと思う。

 ハイスペックなのに、残念ながら頭が緩いらしいのだ。
 しかも、私限定って意味がわからない。
 迷惑でしかないなと思いながらも、掴まれた手を強引に振り解くこともできない自分が一番わからない。

「わかりましたので、腕、離してください」
「本当に?」
「はい。好いてくれているってことは理解しました」
「落としたいほどにだ」

 ストレートな言葉にうぅっとなりながらも、ここで負けてはならぬと千幸もその眼差しを受け止める。

「はい。ちゃんと考えていこうとは思いますので、今日はもう部屋に戻りましょう」
「っ…ぅ、まだ一緒にいたい」

 じれじれと拗ねるように告げる相手に、千幸はしっかり目を見つめた。

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