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2甘ネジ
どこを向いても⑤
しおりを挟む「翔さんは何のお仕事をされているんですか?」
「内緒」
小野寺は怜悧な目元をふわりと染めて、嬉しそうに笑う。
内緒って、なんだ? 乙女トークか!? と思いながらも、機嫌がよさそうなのでそのまま千幸も会話を続けた。
「それはやばいお仕事だから?」
轟より上の立場っぽいことは知っている。
轟が副社長だから単純に考えたら社長っていうことになるのだろうが、名刺をもらった時に調べたが違う名前が載っていた。
明らかに毎朝迎えにくる轟は小野寺の補佐という動きだし、いまいちよくわからない。
本気でやばい仕事をしていてその筋の人だったらどうしようと、謎すぎて心配になった千幸は控えめに疑いの目を向けた。
それにすぐに気づいた小野寺の長い睫毛が自分のすぐ目の前で瞬き、彼の笑みが深くなる
うっすら怖さをも含む眩しさに負けず千幸が疑惑の眼差しを強くすると、小野寺は苦笑した。
「そんなわけないだろう。千幸ちゃんがもっと俺に興味持ってくれるまでしばらくは言わない。あっ、でも下の名前を呼び捨てしてくれるなら教えてあげてもいいよ」
「なら、結構です」
「いつ、呼んでくれるのかも楽しみだね」
こちらが訊いたのに、論点が変わってしまった。
うまくはぐらかされたのか、なぜか相手の要望を伝えられ期待される。
もし、あそこで呼び捨てしていたら、すんなり教えてくれていたのだろうか。
どこまで内緒だと思っていて、どこまで呼び捨てを希望しているのか測れない。
そう思うそばから、考えが甘かったと思うような言葉が続けられる。
「名前呼ぶのに一か月。なら、呼び捨てには半月?」
「……どういう計算ですか」
「十五くらいなら数えやすいと思って」
「数えなくていいです」
「待ってるよ」
わくわくと期待のこもった眼差しを向けられ、どうやら本気で期待していることが伝わってくる。
困ったもんだと苦笑した。
「………私の話、聞いてませんね」
「ん? 聞いてるよ。でも千幸ちゃんはきっと俺を呼ぶ」
ヒーローみたいに?
何か困ったら翔さんとお呼びすれば、飛んでくるのだろうか?
意味合いが違うとわかっているが、あまりにもさらりと言われるのでどうしてもそのまま受け止めるのには抵抗がある。
「何か、セリフちっくですね」
すると大きな溜め息とともにやっと食べる気になったのか、箸を持った小野寺はちらりと恨めしそうに千幸を見た。
「セリフも何も、本心だから。千幸ちゃんが早く俺に興味持ってくれたらいいなって」
そう言ってふっと瞼を閉じた小野寺が、寂しそうな表情をして見えたので思わず口を開いていた。
「持ってますよ」
何かしら言いたいことがあったような気がするが、胸の奥をとんっと突いてくるような視線にただそれだけを告げる。
こういった対応は、自分は結構不器用で苦手なのだと自覚していた。言葉足らずというか、周囲にもクールだねと言われたりする。
思うことがその時にまとまらずぽんっと気持ちの一つが口に出てしまうだけで、本当は後から思うことも考えることもたくさんある。
その一言を吟味するかのように小野寺は固まり、千幸を注視した。
やっと持った箸を置き、挑むような目で見てくる。
「いや、持ってないだろう」
挑むなかに恨めしそうに拗ねた気配もあって、どうしてこの人はここまで自分に執着するのだろうと、どこか他人事のように考える。
自分に何を期待しているのか。そんな視線を向けられると落ち着かず、そしてやっぱりどうしてと千幸は首を傾げるしかできない。
「毎日、顔を合わせていているのですから気にはなりますよ」
とりあえず、それくらい伝えておいても罰は当たらないだろうと告げると、途端にふわふわっと美貌の顔が緩む。
「そ、そうなの?」
「ええ。ただ、勿体つけられると面倒くさいだけなので、少しずつまた聞きます」
「そっか」
あからさまに嬉しそうに笑う小野寺に、ついついいつものように告げてしまったが、それさえも喜ばれてしまい千幸はもう笑うしかなかった。
どうしてと考え出したら疑問だらけである。
だけど、向けらえる柔らかな眼差しは居心地がよくて、千幸が笑うとまた相手も笑うから思わず千幸の口も滑らかになる。
「その緩んだ顔はやめてくれます?」
「どうして?」
「どうしてって。なんか甘いっていうか。こしょばいっていうか」
「そうなんだ?」
言ったそばから思わせぶりに口の端を上げたかと思えば、小野寺はふふっと笑う。
端整な顔を目の前で惜しげもなく、さらに屈託なく微笑む様を毎度見せつけられて、たまったものではない。
「だから、その顔です。ゆるゆるです」
出す声もツンとして可愛くないだろうに、目の前で鷹揚に笑いながらもさらに甘えるかのようにオネダリしてくる。
「緩んでしまうから仕方がないよ。もう一回名前呼んで」
「はいはい。翔さん。開き直らないでくれます? だいたいですね、いい大人が緩んだ顔しょっちゅうってどうなのとは思いますけど」
手強い相手に気を遣っていてはますます相手のペースに流されると、もう小野寺の前ではこのままでいいかと思えてきた。
「千幸ちゃんの前だけだから」
「前だけって言われても……。前だけ……」
「そう。千幸ちゃんがいるからこうなるんだ」
「……その、えっと」
あまーいストレートな言葉と、何より表情で語られ千幸はさくっといなすことができなくなった。
なんか、キャパオーバーだ。
ああ言えばこう言う。
指摘すれば、さらにそれを超えてくる。本当、手強い相手だ。
千幸が黙り込むと、怜悧な目元をとろりと甘くさせ小野寺が見据えてくる。
少しでも気が緩むとそこに入ってこようとする相手に、しまったと思っても後の祭り。しっかりその隙に植え付けてくる。
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