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2甘ネジ
どこを向いても③
しおりを挟むしかも、かしこまって「はい」って。
何か可愛いっと思ってしまったじゃないか。
いやいや、気のせいだ。
視覚の問題なだけでときめいたわけではないと、千幸は瞬き一つでその思考を追いやった。
名前呼んだだけで心の底から嬉しそうにされて、それがこっちに伝播してきただけだ。
千幸はそう言い聞かせ、それっきりさっきの顔は追い出し運ばれただし巻き玉子に箸をつける。
ふわっと口の中で広がる優しい甘みがすごく落ち着く。
だがすぐに千幸が食べている姿をにこにこと見てくる相手に、ぴくっと眉を跳ね上げた。
「食べないんですか?」
「食べるよ」
そう言いながら、じっと千幸を見ている。
見ながら言われると、この姿を見て食べていると言われているようで、口の中に広がった優しい甘みが吸い取られていくようだ。
────無駄な美貌ってこういうこと言うんだ……
美貌の無駄遣いをやたらされているようで、勿体無いなとまで思えてきた。
相手が千幸に何を求めているのか見えない。言葉にされているようでされていない。
だが、次はこう出るのではと思うことまで予測がついてくる関係。
そのうち、食べさせてっなんて言葉を簡単に言ってきそうだと、むむっと口を軽く引き結び、千幸は枝豆に手を出した。
「千幸ちゃん」
「何ですか?」
「美味しい?」
「美味しいですよ。私ばっかり食べているのはつまらないので、翔さんも食べてくださいね」
「…………」
食事を勧めてみても黙って見つめてくる小野寺に、千幸は首を傾げる。そうすると頬に髪がかかったので、それを耳に引っ掛けた。
お酒を口にするだけで様子を探るようにいつにも増して自分を見る小野寺の気配に耐え切れず、とうとう自分から本題を切り出した。
「今日はどうしたんですか? 何か言いたいことがあるんですか?」
出会ってから一か月。何度か食事に誘われていたが、それでも仕事が忙しそうだったので社交辞令みたいな応酬をしていただけだった。
小野寺が千幸を誘うとその横で轟が「仕事です」の一刀両断で、最後は軽く拗ねて終わるというのが常だった。
土日も不定期に仕事が入っているのか、毎日出会うがどのようなペースで何をしているのかは知らない。
今日は時間が空いたからとそこでゆっくりするのではなく、千幸を誘ってきた。いつもは止める轟も何も口を挟まなかったので、本当に時間が空いたのだろう。
千幸もそれなら一度向き合ってみてもいいと思い、了承した。
何より、彼の口利きで部屋を借りている。金銭や期間などの話し合いはしたが、まだまだ謎だらけで一か月経った今でも人の家だと考えると落ち着かない。
出待ち以外で話す機会はあまりなく、終えると用事がある前は出ていく。
帰宅の時はやり取りを終えると家に入るので、いつも轟やご近所さんの目もあり関わるわりには中身のある話はしていない。
そう考えると、結構自分も適当なものだと千幸は大きく溜め息をついた。
「何か疲れてる?」
それをどう受け取ったのか、大事な何かを確かめるようにそっとささやかれる。
思った以上に、いや、考えもしなかった以上に、自分の出した溜め息一つで気遣われ千幸は苦笑とともに目元を緩めた。
「そう見えます? すみません。せっかく食事に誘ってもらったのに」
千幸が発する言葉や表情を逃さないぞと榛色の双眸でとっくりと眺め千幸を捉えながら、そおっと穏やかに問う。
「いいよ。自然体でいてくれてるようで。……そんなに仕事が大変?」
「いえ。皆さんそうだとは思いますが、楽ってことはないです。でも、頑張りたいって気持ちが強くて充実してます。ただ……」
言い淀む千幸に、小野寺は目を細めた。
たったそれだけで、すべてを曝け出さないと許さないと言われているような圧を感じる。
そんなことは決してないのに、少しでも嘘をついたり隠したりすると許されないのではと思えた。
もしかしたら、仕事をしている時の小野寺はこんな表情をしているのかもしれない。
いつも千幸が見ている小野寺より、今のほうが上に立って仕事を指示する彼を思い浮かべることができる。
「元彼?」
「エスパーですか?」
確認するように言い添える言葉も平静な分、下手なごまかしをするのはいけないことのような気がして、でもここで元彼の話題が出るとも思わず千幸は目を見張った。
すると、ふわっと笑う小野寺に千幸は目を丸くして彼を見つめる。吐くセリフも同じくふわっと甘く千幸を包み込もうとする。
「千幸ちゃん限定のね」
「よくそんな言葉がぽんぽん出ますね」
見直すそばから甘さで包んでこようとする相手に、すっと細め疑惑の眼差しを向けた。
口説き慣れているんじゃないかと、人によってはうげぇってなるセリフも小野寺が言うとすべて格好よく聞こえるからずるい。
いろんなことを忘れそうになるから、そうさせる相手に千幸は距離を取ることを忘れない。
忘れてないが、やはりするする、すりすり寄ってくる相手に距離を縮められる。
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