上 下
16 / 143
2甘ネジ

どこを向いても③

しおりを挟む
 
 しかも、かしこまって「はい」って。
 何か可愛いっと思ってしまったじゃないか。

 いやいや、気のせいだ。
 視覚の問題なだけでときめいたわけではないと、千幸は瞬き一つでその思考を追いやった。

 名前呼んだだけで心の底から嬉しそうにされて、それがこっちに伝播でんぱしてきただけだ。
 千幸はそう言い聞かせ、それっきりさっきの顔は追い出し運ばれただし巻き玉子に箸をつける。

 ふわっと口の中で広がる優しい甘みがすごく落ち着く。
 だがすぐに千幸が食べている姿をにこにこと見てくる相手に、ぴくっと眉を跳ね上げた。

「食べないんですか?」
「食べるよ」

 そう言いながら、じっと千幸を見ている。
 見ながら言われると、この姿を見て食べていると言われているようで、口の中に広がった優しい甘みが吸い取られていくようだ。

 ────無駄な美貌ってこういうこと言うんだ……

 美貌の無駄遣いをやたらされているようで、勿体無いなとまで思えてきた。
 相手が千幸に何を求めているのか見えない。言葉にされているようでされていない。

 だが、次はこう出るのではと思うことまで予測がついてくる関係。
 そのうち、食べさせてっなんて言葉を簡単に言ってきそうだと、むむっと口を軽く引き結び、千幸は枝豆に手を出した。

「千幸ちゃん」
「何ですか?」
「美味しい?」
「美味しいですよ。私ばっかり食べているのはつまらないので、翔さんも食べてくださいね」
「…………」

 食事を勧めてみても黙って見つめてくる小野寺に、千幸は首を傾げる。そうすると頬に髪がかかったので、それを耳に引っ掛けた。
 お酒を口にするだけで様子を探るようにいつにも増して自分を見る小野寺の気配に耐え切れず、とうとう自分から本題を切り出した。

「今日はどうしたんですか? 何か言いたいことがあるんですか?」

 出会ってから一か月。何度か食事に誘われていたが、それでも仕事が忙しそうだったので社交辞令みたいな応酬をしていただけだった。
 小野寺が千幸を誘うとその横で轟が「仕事です」の一刀両断で、最後は軽く拗ねて終わるというのが常だった。

 土日も不定期に仕事が入っているのか、毎日出会うがどのようなペースで何をしているのかは知らない。
 今日は時間が空いたからとそこでゆっくりするのではなく、千幸を誘ってきた。いつもは止める轟も何も口を挟まなかったので、本当に時間が空いたのだろう。

 千幸もそれなら一度向き合ってみてもいいと思い、了承した。
 何より、彼の口利きで部屋を借りている。金銭や期間などの話し合いはしたが、まだまだ謎だらけで一か月経った今でも人の家だと考えると落ち着かない。

 出待ち以外で話す機会はあまりなく、終えると用事がある前は出ていく。
 帰宅の時はやり取りを終えると家に入るので、いつも轟やご近所さんの目もあり関わるわりには中身のある話はしていない。
 そう考えると、結構自分も適当なものだと千幸は大きく溜め息をついた。

「何か疲れてる?」

 それをどう受け取ったのか、大事な何かを確かめるようにそっとささやかれる。
 思った以上に、いや、考えもしなかった以上に、自分の出した溜め息一つで気遣われ千幸は苦笑とともに目元を緩めた。

「そう見えます? すみません。せっかく食事に誘ってもらったのに」

 千幸が発する言葉や表情を逃さないぞと榛色の双眸でとっくりと眺め千幸を捉えながら、そおっと穏やかに問う。

「いいよ。自然体でいてくれてるようで。……そんなに仕事が大変?」
「いえ。皆さんそうだとは思いますが、楽ってことはないです。でも、頑張りたいって気持ちが強くて充実してます。ただ……」

 言い淀む千幸に、小野寺は目を細めた。
 たったそれだけで、すべてを曝け出さないと許さないと言われているような圧を感じる。

 そんなことは決してないのに、少しでも嘘をついたり隠したりすると許されないのではと思えた。
 もしかしたら、仕事をしている時の小野寺はこんな表情をしているのかもしれない。
 いつも千幸が見ている小野寺より、今のほうが上に立って仕事を指示する彼を思い浮かべることができる。

「元彼?」
「エスパーですか?」

 確認するように言い添える言葉も平静な分、下手なごまかしをするのはいけないことのような気がして、でもここで元彼の話題が出るとも思わず千幸は目を見張った。
 すると、ふわっと笑う小野寺に千幸は目を丸くして彼を見つめる。吐くセリフも同じくふわっと甘く千幸を包み込もうとする。

「千幸ちゃん限定のね」
「よくそんな言葉がぽんぽん出ますね」

 見直すそばから甘さで包んでこようとする相手に、すっと細め疑惑の眼差しを向けた。
 口説き慣れているんじゃないかと、人によってはうげぇってなるセリフも小野寺が言うとすべて格好よく聞こえるからずるい。

 いろんなことを忘れそうになるから、そうさせる相手に千幸は距離を取ることを忘れない。
 忘れてないが、やはりするする、すりすり寄ってくる相手に距離を縮められる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。

KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※ 前回までの話 18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。 だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。 ある意味良かったのか悪かったのか分からないが… 万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を… それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに…… 新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない… おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……

処理中です...