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2甘ネジ
どこを向いても①
しおりを挟む駅前で待ち合わせをし、小野寺に連れられ彼が予約してくれた『HOUSE』という小洒落た店に来ていた。
身長百六十二センチの千幸より頭一つ分高い小野寺が店の扉を開け、「足もとに気をつけて」と誘導される。
距離が近くなると、覚えてしまったほのかに感じる整髪料と小野寺の匂いが千幸の鼻をくすぐる。
これは小野寺の匂いだと覚えるほど近くにいるのに、外で二人で会うのはあのバー以来であった。
三段ほど上がり開かれた扉から見える店内の壁一面には、いくつかの区画に分けられ、数え切れないほどのお酒が並べられている。
カウンター席にも酒や磨かれたグラスが並べられ、黒い黒板にはオススメメニューが白のチョークで書かれていた。
顎鬚の似合うダンディーな男性とすらっとした若者がカクテルを作り、おっとり優しそうな女性が注文を聞いて厨房に伝えている。
明かりを絞った店内は暖かみのあるオレンジの光のみで、洒落た店で見かける青や赤といった色のついたライトもない。
ものすごく凝った作りになっているわけではないが、一つひとつに愛着が持てるようなまとまりを感じるすごく居心地がよさそうな空間が広がっていた。
それぞれ形も色合いも違う木製の机が並べられ、千幸たちは奥のダークブラウンの正方形の机に、革張りの一人用のソファが対面に置かれてある席へと案内された。そこで向かい合う形で座る。
そこまで近くないのに、ソファのせいか家にいるような錯覚さえ覚える距離感に小野寺がいることが落ち着かない。
注文を終えると同時に向けられた眼差しは、ずっと千幸を捉えて離さずそれでいて柔らかだ。
だから、なおさら店の雰囲気と相まって、落ち着くのに落ち着かない。
千幸は無意識に眉をひそめた。
すると、顔を寄せた小野寺に腕を伸ばされ眉間をとんっと長い指で叩かれた。
「千幸ちゃん。眉間」
「えっ、何ですか?」
千幸が反応すると、何事もなかったように腕はあっさりと戻り、小野寺は楽しそうに笑う。
「眉が寄ってる。何か気に食わないことがあった?」
スキンシップをさりげなくやってのける隣人がそこで笑う。
眉間にしわを寄せただけで笑われる理由もわからないが、間近で見せつけられる美形は何度見ても目の保養だ。
でも、よくわからない人だ。それが一番勝ってしまう。
「いえ。素敵な場所だなぁっと思っていたとこです」
「なのに、眉が寄るんだ。千幸ちゃんは変わってるね」
真顔で返され、濁した言葉をそのまま鵜呑みにされ罰が悪い。
時々、小野寺は天然なのか、ただ変わっているだけなのかわからないところがあった。
一筋縄ではいかない人だというのはあの夜の出会いで十分に知らされているが、たまに天然かと思うほど素直に言葉を受け止める。
合わせてほしくてした発言ではなくても、千幸が言うことを真面目に受けとり合わせてこようとする。
付き合いの程度を距離に表すなら、千幸が提示したものによって距離が開くことは考えつかないのか、ちょっとしたことでも妥協案を出してくる。
朝からの出待ちならぬドア待ちみたいに己のしたいようにしながらも、窺うようにこちらの反応を見ながらすり寄ってくるところが、大きな血統証つきの犬に懐かれているようだとも思う。
ここまでされれば、小野寺に好かれているのだろうことは理解している。だが、小野寺は出会いからこの距離なので、その好きの種類はわからない。
だから、千幸は目の前の男に対して深く考えないようにしていた。
でも、毎日見る隣人は顔が良すぎる。服の上から見る身体もいい。造形は目の保養でしかないし、仕事もできるらしいとなれば同じ社会人として尊敬はする。
深くは考えないようにしようとしても、ちらちら視界に入ってこられ、すりすりとすり寄ってくる相手を締め出すのは至難の技だ。
────本当、この人何がしたいのかな……
何もしなくても女性が放っておかないだろう男性が、千幸のどこを見て何が気に入って構ってくるのか謎だ。
変人と言い切るにはハイスペックすぎる隣人を、どこか残念な美形さんだと疲れた時はそう締めくくって思考から追い出していた。
でも、とりあえず変なことは変だ。出会いから、今の状態は変としかいいようがない。
なので、千幸は気持ちを乗せて声に出した。
「小野寺さんほどではないですよ」
「へえ。千幸ちゃんは俺をそう思ってるんだ?」
「違いました?」
失礼かなと思ったが、先に言われたのでそのまま返した。数々の言葉の応酬でこんなことでヘコタレる隣人ではないことは知っている。
だが、相手はちょっとした気遣いも平気で何でもないかのようにひょいっと超えてくる。
「いいや。千幸ちゃんがそう思うならそうなのだろう」
「………………っ」
――何ですかそれ!? なぜそこまで私に全幅の信頼を置いているの?
へえっと口にした時の小野寺は、流す目元とかふっと笑う感じとか大人の色気ムンムンだったのに、何か言葉が残念だ。
ちょうど頼んでいたハーフ&ハーフが届いたので、そのまま話を流すことにする。
いつもより濃いビールの色味と泡を見ていると、仕事終わりの一杯として早く喉を通したくなる。
「千幸ちゃん」
しっとりくる声が自分の名前を呼び、グラスを傾けられたので、千幸も同じように傾け小さくカツンと合わせた。
ふっと微笑みながら千幸を見つめ、グラスに口を当てる隣人はある種視界の暴力だ。
すっきりした顎、肉厚の形の良い唇から男らしい喉仏をビールが通っていく姿は、コマーシャルでも見ているようだ。
それくらい洗練され絵になり、やることなすこと色っぽい。
だけど、グラスを置くとどこか甘さを含む視線をすぐさま向けられ、おちおち飲んでいられない。
ドキッとするよりは肩を竦めたい気分になるのがまた不思議だ。
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