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決別②
しおりを挟む恋人と顔を合わせるのは気まずいことを覚悟していたし、開き直られていたらどうしようとも思った。
だけど、千幸が二人を伴って訪ねていくと、なぜか彼──遊川のほうが悄然としていた。
「千幸……、よかった。帰ってきてくれて」
「……荷物を取りにきた」
心底安堵したような表情を見せられて心が少しぐらつくが、千幸は眉をわずかに寄せ目的のみを告げた。
「…………ごめん」
遊川はちらりと小野寺たちに視線をやった。
一度口を開きかけたが閉じ、ぽつりと一言謝罪を落とす。あれこれ言い訳をするつもりはないようだ。
それとなく確認してしまったが、浮気相手がいないことにほっとする。
あれだけ電話してきて、まだ相手がいたらありえないと思っていたから、その辺は常識があるようでよかった。
マンションを出てからずっと千幸も悶々とし、後半は違った意味で疲れたが、遊川の疲れ具合が半端ない。
謝罪の言葉に頷くことも首を振ることもせず、千幸は遊川を見ながら彼の家なので小野寺たちの紹介はしておく。
「いろいろあって、付き添い人みたいな人たちだから」
それに対し、遊川は訝しむように改めて小野寺たちを見た。
だけど、立場が悪いことを認識しているのか、「そうか」とあまり納得しきれてなさそうに呟いただけで、特に言及しなかった。
そのことにほっとする。
千幸も、小野寺たちをどう説明していいのかわからない。
別れることの見届け人? 何それって感じだ。
荷物の件が片付いたら住む場所問題も残っており、小野寺が本気ならその件について話し合いをすることになる。
あれだけ饒舌だった小野寺は、ここにきても話す気は全くないようでずっと黙っていた。
「荷物をまとめ終わったら鍵も返す」
端的に告げて、時間も時間なので一つひとつこなしていこうと千幸が動き出すと、ようやく小野寺が笑顔を浮かべ口を開いた。
「夜分に失礼します」
「……あっ、はい」
挨拶を受け遊川は戸惑い気味に返事をした。
小野寺の雰囲気に圧倒されたのか、ただ頷きそれっきり視線を外した小野寺の顔を見る。
彼らが玄関先までついてきてどうするのかと気になってはいたのだが、ずっと無言だったので声をかけにくかった。
手伝ってくれるつもりなのかと、再び口を開いた小野寺を千幸は眺める。
「靴とか服とか、適当にまとめて運んでいくからとりあえず出していって」
「…………」
やっと長い文章を話したと思えば、バーでの眼差しは幻だったのかと思うほど感情を見せない瞳で、だがじっと見据えられながら話しかけられた。
車に乗ったあたりから、どこか現実味がない。
「千幸ちゃん。聞いてる? 手伝うから大きなものを出していってくれるとやりやすいのだけど」
「ああ。は、い?」
思わず返事をしてしまったが、んんん? っと疑問がそのまま声のトーンに出た。
首を傾げる肩下でまとまるようにカールさせた少し量の多い髪が、いつもより重く動く。
さっき出会ったばかりの他人様を使うようなことをしてもいいのだろうかと小野寺を注視していると、ついっと奥の部屋へと視線をやりどれだと横で待たれる。
千幸が躊躇していると、目の前で徐々に美貌が物思わしげに陰っていき、じぃぃぃぃぃっと見つめられた。
────何、この攻撃的美貌!
特にその瞳がせこいと、なかば諦めの気持ちで見つめ返した。
今日出くわしたばかりの美貌の主は、何やら訴えるのがうまい。
バーでははっきりとわからなかった榛色の瞳の変化は、明るい電気の下では黒目のふちのところから黄色がかった茶色、茶とグリーンの絶妙な色合いで蠱惑的に千幸を見つめた。
千幸が視線攻撃にあっている間、向こう側では轟が丁寧に遊川に挨拶をしている。
「突然失礼いたします。すぐにお暇しますので、しばしお邪魔させていただきます。俺が運ぶでいいんだな?」
最後は小野寺へと確認するように轟がこちらを見た。
「ああ」と返した小野寺は、状況は整ったぞとばかりにじっと視線で千幸を訴えてくる。
うぐっと何か詰まったのか出したいのかわからないものが口からコポリと出そうになったが、小さく嘆息すると千幸は一度瞼を伏せた。
「……わかりました。お願いします」
人質ならぬ荷物質され、完全降伏だ
遊川に出ていくと言った手前、小野寺たちとここでやり取りするのは控えるべきだろう。もう、後のことは後のことだ。
とにかく、言われた通り衣服類を出していく。ケースのままでいいものはそのまま渡した。
一部屋もらっていたので、個人的なものはだいたいそこにしまってあり部屋を空にしていくだけだ。
小野寺がまとめたものを轟が運び出していくが、一度運び戻ってきたかと思えば今度はダンボールを持ってきた。
手際よくガムテープで箱を作ると、轟は千幸にそのうちの一つを差し出した。
「藤宮さん、化粧品などはこの小さな箱へどうぞ」
「……ありがとうございます」
下着類とか恥ずかしいものは、持ち合わせのカバンに入れたが、化粧品をどうしようかと思っていたところだったので助かる。
助かるのだが、今までのことに比べたら些細なだけど疑問が上がる。
────その箱はどこから?
大中小なんでもそろい踏みで、割れ物を包むプチプチまでも入っている。
引越し業者なみの揃え具合に、本当に後に引けない状況になった。荷物質のほか諸費用と彼らの労働力を考えるとこの後の話し合いは決定だ。
しかも、二人とも手際がよく、轟なんかはどんなペースでどこに運んでいるか戻ってくるのが早い。
一瞬、捨てられていたらどうしようと不安に駆られたが、それなら丁寧に梱包する必要はないだろうと言い聞かせる。きっと大丈夫なはずだ。
千幸は気づかれないようにそおっと息を吐き出した。
プチプチの使用が終われば、絶対プチプチするぞと先の発散先を決めて気持ちを入れ替えると、肩まである髪を一括りし目の前のものを片付けていく。
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