ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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謎の男②

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 こんな胸の内はきっと伝わらないのだろうと無言で相手を眺めていると、察したのか轟が補うように言葉をつけ加える。

「ええ。お乗りください。小野寺が告げたことが心配でしたら後ほどしっかりお話をしましょう。とりあえず、元彼のところに荷物を取りにいってから話し合いの場を設けるということで」

 別れるつもりではいるが、彼らの中ではもう元彼なのにも突っ込む気力もなく千幸は頷いた。
 よくわからないまま追い込まれてしまった。
 もう、なるようになれという気分だ。

 浮気彼氏のところに連れていってくれるというのなら、連れっていってもらおうじゃないか。
 どうにもならない現状に考えることに疲れてきた千幸は開き直ると、しっかり相手と目を合わせて頷いた。

「わかりました。よろしくお願いします」

 強引であったがお世話になるので頭を下げると、慈愛に満ちた微笑を浮かべた小野寺が車内へと入れと手で誘導する。

「どうぞ。乗って」
「安全運転でお運びしますので」

 返事はしたもののやはり躊躇する千幸に、メガネをくいっと上げた轟から重々しく告げられる。
 対象的な態度であるが、千幸が乗車することに対して歓迎ムードなのは伝わってくる。

 ────意味はわからないけど……。

 そうして躊躇いながらも乗り込んだ車内は、微妙に居心地が悪かった。
 ゆったりとしたシートの座り心地は通常なら眠りを誘うようなものなのに、名前しか知らない相手と密室な空間は緊張しかない。

 これからくる浮気彼氏との対面か、現状に緊張しているのか、千幸もよくわからなくなった。
 小野寺はあれだけ強引に推し進めたのに、車では話しかけてくることなく、窓の外を見て何やら考えている様子だ。

 驚くほどまっすぐに向けられていた榛色の双眸は、さっきまでは透き通り見透かすような光が見えていたのに、ガラス越しだとけぶって見える。
 小野寺が無言な分、たまに轟がぽつりぽつりと話しかけてきてそれに答えるだけで、あとは車のエンジン音が車内を占める。
 千幸はそっと息を吐き出した。

 浮気されて、感傷的にお酒飲んで、たまたま横に座った人に愚痴を聞いてもらった。ここまではそう世間的には珍しいことではないはずだ。
 だけどその後のことは現状を含めいまだに理解しきれていない。

 真摯に話を聞いた上、短時間で親身に動いてくれようとする男性。
 その存在や思惑が気になって千幸が見ると、それに気づいた小野寺はにこりと微笑んだ。
 さっきまでの穏やかさは鳴りを潜め、探るような眼差しにも見えなくもない。

 ────??????

 怒っているのとは違う気がするが、そこはかとなく不機嫌さが漂う。今はどこかぴりっとした空気が放たれ車内がやけに重い静けさに占められる。
 誘っておいて不機嫌なのは意味がわからない。

 車が走り出してすぐにこの空気になったので、彼の要望通り乗った千幸としては車が目的地に向かってくれるのならそれでいいと割り切った。
 さっきまでの応酬も千幸のほうが不利であったし、変に関わらないほうが良いかと話しかける気力も湧いてこない。

 ────でも、彼氏のところには付いてくるんだよね……。

 その時はどんなことになるのだろうかと想像してみたが、全く何も具体的に浮かばなかった。
 浮かばないが、ちょっと考えるだけで笑える構図だ。

 やり手風のスーツイケメン男性二人を浮気彼氏のもとに伴う自分。
 笑える。客観的に考えると変すぎて笑える。
 浮気されて、泣くどころか何この状況?

 長身で榛色の瞳を持つ小野寺は、兎に角目立ちファーストインパクトは強烈だろう。
 何を考えているのかわからない大人の笑顔、甘さを含む眼差し、強引な手法はやり手だ。
 今は不機嫌そうな小野寺がその時にどのような対応するのかも、浮気彼氏がどんな態度と言い訳をしてくるのかも全く予想がつかない。

 ────ああ、やっぱりなるようになれの感じでいくしかないのかな。

 小さく嘆息すると、大丈夫? と声をかけられる。
 不機嫌な空気を出しながらも向けられる眼差しは甘くて、かけられる声はしっとり優しい。
 千幸は小さく頷くと、ほっと眼差しを緩める相手を眺めた。

 思考回路が特殊すぎるのか千幸には手に追えない男、というのがこの時の印象だった。
 かなり濃い夜だ。しかもまだ一日は終わっていない。

 先の見えなさすぎるそれは、疲れていた千幸には投げやりになりたくなる状況でもあった。
 相手が何を思い千幸にここまで絡んでくるのか、千幸はそれに対してどうしたいのか、流されまくりの現時点ではまったくわからない。頭が働かない。

 後から思うことだが、やはりその時の千幸は落ち込んでいてムキになっていたように思う。
 普段なら丁寧に当たり障りなくかわし、お断りしていたはずだ。
 様々なことが重なり、それならと思ってしまったのが運のつき。

 いたって平凡でそれが良いと思っていた生活が、その日から七十三度くらい変わってしまった。
 もしくは百八十度を超え二百八十七度?
 全く正反対でもなく常識もあるし、合わせることもできる。社会人としては、成功者であるようなので良識も持ち合わせている。

 ただ、調整しようがない角度というものがあった。
 誰もが同じ方向に向いているわけではない。だが、表面上は調整するゆとりを持って過ごす。
 だけど、小野寺はゆとりはあっても合わせる気がないようで、凡人の千幸では計り知れずあれよあれよと流されてしまう。

 いろんな人がいるってことで!

 考えることに疲れた千幸は思考を放棄し、車窓から夜の光をぼんやりと眺めた。
 こうして、ハイソな美形二人を引き連れて浮気男のもとへ向かうことになった。


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