秘める交線ー放り込まれた青年の日常と非日常ー

Ayari(橋本彩里)

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────1・可視交線────

20近づく②

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「二年間のことはアオが話せるようになった時で構いませんが、連絡もなしだったことはどう説明を?」
「それは翠だって」
「こちらはどこにいるか知りませんでした」
「でも、それは」
「しようと思えばいくらでもできたはずですが?」

 なら、そっちが連絡するのが筋だろうと、冷えた視線が告げ責められる。

「うっ……それは、」

 返ってきた言葉に、蒼依は居た堪れなくて視線を逸らした。
 それでも翠だってと言いたいことはたくさんあるが、翠の言い分は正しいので言葉に詰まる。


 ──やっぱり、怒ってる?


 名前を呼んでくれたが、ずっと敬語だし……。

 まだ距離を感じるが、訪ねてきてくれたことや関心を寄せる言葉の数々をお守りにして、心を持たせた。
 拗ねた気持ちと嬉しい気持ちを行き来しながら、蒼依はおずおずと訊ねる。

「ああ~、元気だった?」
「……ここで言うのがそれですか?」
「久しぶりだし?」
「久しぶりですね。でも、そのやりとりをするタイミングは終わりましたよ」
「うん。でも、聞きたかったから。元気だった?」
「そうですね。それなりに。聞くということはアオの方もどうしていたかとか教えてくれますか?」
「……ああー、それなりかな」

 何もなかったわけではない。
 それを薄々感づいているであろう翠の前では嘘はつけず、蒼依は翠の言葉をそのまま借りて返した。

「ふ~ん? それなり、ね。まあ、ゆっくりおいおいですね」

 納得いかないと眉根を寄せた後、翠はふっと笑った。
 こちらを見る眼差しを外さないまま、少しだけ和らいだ声でゆっくりと告げた幼馴染。

 笑った顔が同じなのに違う。
 蒼依の中では翠は小学生の姿のまま止まっていて、口数は少なかったが蒼依に向ける時の笑顔は照れくささを隠しきれないハニカミ具合が可愛かった。
 なのに、今はその可愛さはどこにも見えず、どちらかというと艶っぽい。

 幼馴染が笑うだけで艶っぽいと感じるってなんなんだと思いながら、妙にドキドキしながら言葉を返す。

「おいおい?」
「そうです。強引には行きたくないですが、少しずつは話してもらいたいですから」
「そっか……」

 なかなか逞しくなった幼馴染にたじたじになりながら、蒼依は不自然に話題を変える。

「えっと、それで他に何か用があった?」
「これからどこに?」

 質問は質問で返され、翠の視線の先を辿ると自分の携帯とカードキーへと向けられている。
 そうだったと頷くと、蒼依は予定を告げた。

「お腹が空いたし食堂に行こうかと思って」
「なら、一緒に行きましょう」

 淡々と告げ、翠はあっさりと近かった距離を元の位置に戻した。扉のドアを背で支えるように立ち蒼依が靴を履くのを待つ。
 有無を言わさないその態度に若干戸惑いを覚えるが、腕を組んで無言で待つ翠の姿に、一緒にいてくれるようだと蒼依は慌てて靴を履いた。

 やっぱり距離を感じる態度であるが、蒼依の方も距離を測りかねているので同じこと。
 嫌われていたり避けられたりする可能性も考えていただけに、この再会は拍子抜けでもある。

 逃さないと言われたということは、翠の中で蒼依に関っていくことが決定しているということだ。
 困るのにと思いながらも、今さらながらじんわりと嬉しさを噛みしめる。綻んでしまいそうな口元を引き締めながら、出る準備をして翠の横に立った。

「翠もお昼はまだ?」
「そうですね」
「…………そっか」

 これは、一緒に食べたいって言っていい? それともそのつもり? 違う?

 結局言葉が続けられず、蒼依は翠の後に続いた。

 決して早い歩みではないがペースを崩さない翠のその態度は、会話を望んでいないのかもしれない。
 冷たかったり、優しかったりと、久しぶりの幼馴染が何を考えているのかわからない。

 それでもこうして一緒にいるのだからと、蒼依の口からは翠への質問がやめられない。

「翠も、朱雀寮?」
「寮は基本自分たちの寮の者だけしか入れませんよ。寮に入る前に持っているそのキーをかざすでしょう?」
「あっ、そうか。へぇ~」

 よく考えられたシステムに感心しながら、翠のどこか素っ気ない返事に落ち込むが、答えてはくれるので会話していいのだと判断した。

 中等部と高等部の生徒は、寮の入口から入ってそれぞれ左右に分かれる。行き来を制限しているわけではないが、一階は食堂やコンビニ、浴場などが完備され基本自由で、各階の共同スペース以外は用事がなければ交わらなくても済むように設計されていた。


 ──一緒、なんだ。


 それと同時に、翠はわざわざこっちまで足を運んできてくれたんだとわかり、蒼依はピンと伸びた背中をじっと眺めた。
 手を伸ばせば触れられる位置に、亜麻色の髪がさらさらと彼が歩くたびにかすかに揺れている。

 思わず手を伸ばしそうになるのを我慢し、彼の後をついて行きながらやっぱりお昼のことを聞こうかと考える。
 だが、廊下を曲がった途端に突き刺さる視線に、蒼依は自主的に口を噤んだ。


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