10 / 38
────1・可視交線────
9憂い②
しおりを挟むそれが数時間前の話。
そして現在、がっくり具合が半端ない。桜の木に身体を預けるように額をコツンとつけて、蒼依は小さく溜め息をついた。
日本人にしては色素の薄い灰色、光の加減で青っぽくも見える瞳は、今は前髪と眼鏡が邪魔をしてその双眸はよく見えない。
少し茶がかかり軽いくせっ毛の髪に花びらが落ちる。それを手に取ると、蒼依は今度は吐き出すようにはぁぁっと大きめの溜め息をついた。
「気が重すぎる」
こうしている間にも、ちらちら、こそっこそっ、と自分へと向けられる視線が居た堪れない。
昨日の自分に関する記憶の抹消を行いたい。対象は、自分だけではなく、抱っこした張本人とあとは目撃者たちだ。
一人一人に肩をポンッと叩いて、忘れろ~とささやき呪いたい。記憶消去の呪文ってないのかな? と現実逃避。
外部生は『抱っこ姫』と、昨夜のうちにあっという間に寮内に広がった変な通り名が忌々しい。
初日に悪い目立ち方をしたのは悔やまれ、これは絶対、頭突き男と寮長の南条のせいだ。
こうなったらその通り名がなくなるまで、寮長のことは赤鬼さんと呼び続けようと密かに決意する。
そして、昨日の黒髪の男には必ず直接文句を言ってやりたい。
なぜ、普通に起こしてくれなかったんだ? なぜ、姫抱っこなんだ?
男が男を姫抱っこ。意味がわからない。
真面目とは程遠い感じの青年だったし、面倒なら放っておいてくれたら良かったのにと昨夜から何度思ったことか。
寮長である南条との間に何かやり取りがあったようだが、それが自分を連れてこいだったとしてもあれはないだろう。
面倒、黙れ、と切って捨てるように言葉を放つ人物が、選択肢の中に抱っこがあったのは驚きだ。
あの時の周囲の反応も、今なら少しばかりわかる気がする。
だが、何度も言うが男をお姫様抱っこ。せめて普通に縦抱きとか、……それもやっぱり嫌だ。
口で寮長が探しているから一緒に行くぞと言ってくれたら、蒼依も素直に着いていった。そのセリフが抱っこより面倒とは思えないが、何を考えてるのか理解に苦しむ。
寝ていたこちらに不手際があるのは認めるが、どう考えても今の状況は絶対相手──アイツ(もうそれでいいや)が悪い。
蒼依はむすぅっと口を引き結び、続いてはぁっと大きな溜め息をついた。
──嫌だな~、行きたくないな~。芝生の誘惑に駆られた自分を引っ叩きたい……。
そんなことを考えながら、蒼依はこの先を憂いる。
眼鏡こそダサいがその華奢さではあっと溜め息をつく姿は、まるで散りゆく桜の儚い運命を嘆いているようで繊細に映る。
誰が見ても、これから新しい学校生活に期待に胸膨らますはずの生徒には思えない。
しばらくの間、蒼依はじっと桜の木を見上げていた。
それだけでは物足りなくなり、今度は引き寄せられるように手を伸ばすと立派な太い幹を労わるように撫で始める。
「はあ……」
ずっと溜め息が止まらない。
幸せが逃げるっていうけど、逃げてしまった後だしもう気にしない。
朝から鬱陶しくてすみません。
でもさ、これはいくらなんでも嘆くよ?
昨日は朝から不意打ちで学園に連れ来られ、抱っこ騒動で必要以上に目立つことになった。
トドメとばかりに今朝言われた言葉はさらに目立てと言っているようなもので、自分の希望とは正反対に進んで行く現状に肩を落とす。
あれこれ思い返し文句を連ねてみるが、結局のところ蒼依のこれは本当に気になっていることを隠すための現実逃避である。
じくじくした考えが、頭をもたげることをやめられない。
昨日のこともまあまあ衝撃的であったが、保護者とも呼べるあの人にこの学園に入れられた理由を考えると、きゅうっと心臓が引きしぼられるように苦しくなる。
「いるんだろうなぁ」
向き合うのが怖くて逃げた蒼依を見かねて、有無を言わさずここに入れられたのだろうと思っている。事前に知っていたら、蒼依はまた海外行きのチケットを取ってすぐさま飛んでいた。
自分を慕ってくれていた一つ年下の幼馴染の彼を思い出すだけで、自然と眉根が寄る。
「まだ、顔を合わせる覚悟とかない……」
なら、いつ覚悟ができるのかと言われれば未定であり、だからこそ問答無用でここに放り込まれたのだろう。
2
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
ボクに構わないで
睡蓮
BL
病み気味の美少年、水無月真白は伯父が運営している全寮制の男子校に転入した。
あまり目立ちたくないという気持ちとは裏腹に、どんどん問題に巻き込まれてしまう。
でも、楽しかった。今までにないほどに…
あいつが来るまでは…
--------------------------------------------------------------------------------------
1個目と同じく非王道学園ものです。
初心者なので結構おかしくなってしまうと思いますが…暖かく見守ってくれると嬉しいです。
なんで俺の周りはイケメン高身長が多いんだ!!!!
柑橘
BL
王道詰め合わせ。
ジャンルをお確かめの上お進み下さい。
7/7以降、サブストーリー(土谷虹の隣は決まってる!!!!)を公開しました!!読んでいただけると嬉しいです!
※目線が度々変わります。
※登場人物の紹介が途中から増えるかもです。
※火曜日20:00
金曜日19:00
日曜日17:00更新
チャラ男を演じる腐男子の受難な日々
神楽 聖鎖
BL
どうして… 皆いなくなるの…?
僕が悪い子だから…?
いいこになるから…
一人にしないでよ…
とゆーことで、はじめまして~
皆のアイドル腐男子の卯月朔(ウヅキサク)でぇーすヽ(*´∀`)ノ♪パチパチ
ご、ごめん わかったからそんな冷たい目で見ないでぇ~
この話は~学園に転入してきた王道転校生が総受けになっちゃう話だよ~
(作者)この話は過去ありの演技派腐男子が総受けになっちゃう話でーす✨
(朔)ぇ、そ、そんなの聞いてないよ~(上目遣い+涙目)
(作者)ぐはっ…(鼻からケチャップが…)
とにかく君は総受けになるのです!
がんばれ👊😆🎵
※この話はBLです
もしかしたらR15が入るかも…
作者はこの作品が処女作なのでコメント大歓迎です!いろいろ送ってくださいね
転生したら乙女ゲームの攻略対象者!?攻略されるのが嫌なので女装をしたら、ヒロインそっちのけで口説かれてるんですけど…
リンゴリラ
BL
病弱だった男子高校生。
乙女ゲームあと一歩でクリアというところで寿命が尽きた。
(あぁ、死ぬんだ、自分。……せめて…ハッピーエンドを迎えたかった…)
次に目を開けたとき、そこにあるのは自分のではない体があり…
前世やっていた乙女ゲームの攻略対象者、『ジュン・テイジャー』に転生していた…
そうして…攻略対象者=女の子口説く側という、前世入院ばかりしていた自分があの甘い言葉を吐けるわけもなく。
それならば、ただのモブになるために!!この顔面を隠すために女装をしちゃいましょう。
じゃあ、ヒロインは王子や暗殺者やらまぁ他の攻略対象者にお任せしちゃいましょう。
ん…?いや待って!!ヒロインは自分じゃないからね!?
※ただいま修正につき、全てを非公開にしてから1話ずつ投稿をしております
チャラ男会計目指しました
岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように…………
――――――それを目指して1年3ヶ月
英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた
意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。
※この小説はBL小説です。
苦手な方は見ないようにお願いします。
※コメントでの誹謗中傷はお控えください。
初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。
他サイトにも掲載しています。
全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話
みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。
数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品
嫌われものの僕について…
相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。
だか、ある日事態は急変する
主人公が暗いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる