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────1・可視交線────

9憂い②

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 それが数時間前の話。
 そして現在、がっくり具合が半端ない。桜の木に身体を預けるように額をコツンとつけて、蒼依は小さく溜め息をついた。

 日本人にしては色素の薄い灰色、光の加減で青っぽくも見える瞳は、今は前髪と眼鏡が邪魔をしてその双眸はよく見えない。
 少し茶がかかり軽いくせっ毛の髪に花びらが落ちる。それを手に取ると、蒼依は今度は吐き出すようにはぁぁっと大きめの溜め息をついた。

「気が重すぎる」

 こうしている間にも、ちらちら、こそっこそっ、と自分へと向けられる視線が居た堪れない。

 昨日の自分に関する記憶の抹消を行いたい。対象は、自分だけではなく、抱っこした張本人とあとは目撃者たちだ。
 一人一人に肩をポンッと叩いて、忘れろ~とささやき呪いたい。記憶消去の呪文スペルってないのかな? と現実逃避。

 外部生は『抱っこ姫』と、昨夜のうちにあっという間に寮内に広がった変な通り名が忌々いまいましい。
 初日に悪い目立ち方をしたのは悔やまれ、これは絶対、頭突き男と寮長の南条のせいだ。
 こうなったらその通り名がなくなるまで、寮長のことは赤鬼さんと呼び続けようと密かに決意する。

 そして、昨日の黒髪の男には必ず直接文句を言ってやりたい。

 なぜ、普通に起こしてくれなかったんだ? なぜ、姫抱っこなんだ?
 男が男を姫抱っこ。意味がわからない。

 真面目とは程遠い感じの青年だったし、面倒なら放っておいてくれたら良かったのにと昨夜から何度思ったことか。
 寮長である南条との間に何かやり取りがあったようだが、それが自分を連れてこいだったとしてもあれはないだろう。

 面倒、黙れ、と切って捨てるように言葉を放つ人物が、選択肢の中に抱っこがあったのは驚きだ。
 あの時の周囲の反応も、今なら少しばかりわかる気がする。

 だが、何度も言うが男をお姫様抱っこ。せめて普通に縦抱きとか、……それもやっぱり嫌だ。
 口で寮長が探しているから一緒に行くぞと言ってくれたら、蒼依も素直に着いていった。そのセリフが抱っこより面倒とは思えないが、何を考えてるのか理解に苦しむ。

 寝ていたこちらに不手際があるのは認めるが、どう考えても今の状況は絶対相手──アイツ(もうそれでいいや)が悪い。
 蒼依はむすぅっと口を引き結び、続いてはぁっと大きな溜め息をついた。


 ──嫌だな~、行きたくないな~。芝生の誘惑に駆られた自分を引っ叩きたい……。


 そんなことを考えながら、蒼依はこの先をうれいる。

 眼鏡こそダサいがその華奢さではあっと溜め息をつく姿は、まるで散りゆく桜の儚い運命を嘆いているようで繊細に映る。
 誰が見ても、これから新しい学校生活に期待に胸膨らますはずの生徒には思えない。

 しばらくの間、蒼依はじっと桜の木を見上げていた。
 それだけでは物足りなくなり、今度は引き寄せられるように手を伸ばすと立派な太い幹を労わるように撫で始める。

「はあ……」

 ずっと溜め息が止まらない。
 幸せが逃げるっていうけど、逃げてしまった後だしもう気にしない。

 朝から鬱陶しくてすみません。
 でもさ、これはいくらなんでも嘆くよ?

 昨日は朝から不意打ちで学園に連れ来られ、抱っこ騒動で必要以上に目立つことになった。
 トドメとばかりに今朝言われた言葉はさらに目立てと言っているようなもので、自分の希望とは正反対に進んで行く現状に肩を落とす。

 あれこれ思い返し文句を連ねてみるが、結局のところ蒼依のこれは本当に気になっていることを隠すための現実逃避である。
 じくじくした考えが、頭をもたげることをやめられない。

 昨日のこともまあまあ衝撃的であったが、保護者とも呼べるあの人にこの学園に入れられた理由を考えると、きゅうっと心臓が引きしぼられるように苦しくなる。

「いるんだろうなぁ」

 向き合うのが怖くて逃げた蒼依を見かねて、有無を言わさずここに入れられたのだろうと思っている。事前に知っていたら、蒼依はまた海外行きのチケットを取ってすぐさま飛んでいた。
 自分を慕ってくれていた一つ年下の幼馴染の彼を思い出すだけで、自然と眉根が寄る。

「まだ、顔を合わせる覚悟とかない……」

 なら、いつ覚悟ができるのかと言われれば未定であり、だからこそ問答無用でここに放り込まれたのだろう。

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