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────1・可視交線────

4放り込まれました③

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「鳥の巣みたいになるのでやめてください」
「いやぁ、気持ちいいな」
「聞いてます?」
「聞いてる。聞いてる。んっ?」

 適当な返答をしながら、寮長はふと何を思ったのか蒼依の伸びた前髪をかきあげた。
 初対面なのに、この男も遠慮もなにもあったものではない。

 もう、赤鬼と呼ばせてもらおう。

「ほおぉぉ、姫でもういいだろう?」

 自分の華奢さを十分にわかっているが、覗き込まれてそんなこと言われて男としてはちっとも嬉しくない。

「嫌です。赤鬼さん」
「あぁ"!? 誰が赤鬼だって?」

 今の誰か聞きました?
 爽やかな人が、あぁ"!? なんて凄みを持って言わないし。
 だが、あいにく遠巻きに人がいるだけで、自分たちの会話は周囲には聞こえていない。

「もちろん、目の前にいる先輩のことです。赤い髪をした後輩を労われない赤鬼さん。先輩にお似合いだと思いますけど」
「へえ、言うね。俺は爽やかって言われるんだけど?」
「デフォがですよね。少しのやりとりで、自分に害がなければ楽しもうというものが透け見えて爽やかフィルターは外されてますけど?」

 この反応を見るからに、さっきの凄みは無意識か。
 それなら会ったばかりの自分にも簡単に見破られるだろう。自業自得。ドンマイ。

 姫呼びは超嫌なんで、簡単に屈しない。
 そう思って、でも先輩なのでにこにこと笑みを浮かべて相手を見つめた。

 それを受けて南条は髪をかきあげると、じろじろと蒼依を不躾ぶしつけに眺める。

「あれっ、おかしいなぁ。そんなすぐに外れるものではないんだけど。で、その眼鏡はダテ?」

 蒼依が言ったことも、凄んだわりにさして本人気にしていないようで、爽やかだろうが鬼だろうがさばさばした性格ではあるようだ。

「はい。そうです。よくわかりましたね?」
「だって、ダサすぎだろ? 顔の大きさにあってないしな。それ変装?」
「いえ。ここに来る前に餞別にもらったので、前髪が目にかかるの面倒だから切るまでの間はもうこれでいいかなって」
「かるっ」
「視力悪くないですし、理由としてはそんなものです」

 いったい眼鏡姿に何を求めているのか。
 人が眼鏡かけてようが、その人の自由だろうに。

「なら許可する。髪を切るのはもう少し後にしとけよ。そして、お前はここでは姫で決定だ」
「だから、嫌ですって。髪切るのは俺ももう少し落ち着いてからと思ってるからいいんですが、なんで命令されないといけないんですか?」
「そんなもん面白そうだからに決まってるだろう」

 あっ、堂々と言った。

「いやいや。何も面白いこと起きませんって。後、あんな運ばれ方をしたからって、どうしてそんな通り名つけられるんですか。ちゃんと名前あるんで、結城と呼んでいただけたら嬉しいです。寮長の南条先輩」
「気が向いたらな」
「ほら、やっぱり爽やかじゃないです」

 決定だ。

「お前も柔そうな見かけのくせに、結構口達者だな」
「生意気でしたか? それなら改めます」
「いや。それでいい」
「そうですか。とりあえず、寮長。寮案内よろしくお願いしますね」

 軽く頭を下げると、南条は眉を跳ね上げた。

「俺が? というか切り替え早いな」
「あの人が自分を先輩に渡したのなら、そういうことなんじゃないんですか?」
「あの人、ね。確かにそうだが。そもそもアイツに案内も任せようと思っていたんだが、逃げられたか。まあ、いい。ついてこい。責任持って手取り足取り隅々までエスコートしてやるよ。アオイ姫」

 どうやら蒼依の登場の仕方を南条はいたく気に入ったらしく、また姫だと揶揄やゆしてくる。
 根に持つタイプには見えないが、にやっと笑う姿は楽しいことが本当に好きなタイプなのだと物語っている。
 最初の見立ては間違っていなかったようだ。

 ぽんぽんとテンポよく弾む会話も悪くない。
 眠さと陽気に負けてここに来るまでについ寝てしまったが、蒼依の神経は図太いわけではない。それなりに緊張していたからこそ寝てしまったというか。

 だから、この南条とのやり取りで少し安心した。
 急に山奥に連れてこられ、寮生活ですなんて言われ、そこでの生活を心配しないわけがない。

 少なくとも、生活する上で基盤になる寮の代表は悪い人ではない。そう知れただけで、幸先がいいようにも思える。
 しばらく『姫』でいじられそうだと思いながら、寮の説明を受けながらこれから過ごす部屋へと足を運んだ。


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