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第2章 聖女編
膝を突き合わせて①
しおりを挟む空は青く、気持ちよさそうに雲が流れる。
空気は冷たいが爽やかな午後。
俺はなぜか宰相であるエバンズと膝を突き合わせるように見合っていた。
しかも、膝と膝の間はわずか数ミリという近距離で、吊り上がり気味の細い目で眼鏡越しに冷ややかに見下ろされているという事実に、俺は何を言われるのかと戦々恐々としていた。
「いいですか。前にも一度言ったと思いますが、レオラム様の動き次第でこの国が滅びる可能性があります。そこのところをよく理解していらっしゃらないと感じましたので、もう一度言わせていただきにきました」
「はあ……」
だから、それは大げさだ。
そう思っていることが顔に出ていたのか、エバンズが眉間に手を当てて目をつぶると、ゆっくりと片目だけを器用に開けた。
もともと冷ややかな顔つきなのに、静かな動作とその眼差しは迫力がありすぎる。
俺がたじろいでいると、悲しげな嘆息を漏らされた。
「わかっていらっしゃらないですね。邪心がないのはわかるのですが、これはこれで問題です。いったいどう説明すればいいものか」
「説明って」
「このもどかしさが伝わらないのは悔しいですね。レオラム様の行動次第で、日常生活にかなり影響される者が大勢いるということを知っていただきたいのですが。……そうですね、全員が気持ちを伝えていけばわかってくださるかもしれませんね」
さすがに王子が自分の行動に対して思うことがあるのはわかっているし、護衛には迷惑をかけている自覚があるが、大勢にと言われてもピンとこない。やっぱり大げさなのではないだろうか。
ふぅっと息を吐いた。
エバンズと対面している俺のそばには、ミコトとアルフレッドがいる。
そして、自分たちを囲むように聖女の護衛や俺の関係者が控えており、エバンズの言葉に彼らが一斉に力強く頷いた。
──いやいや、普通にミコトと話をしていただけだけど?
若くして宰相になり、現在三十八歳で王からも第二王子からの信頼も厚いとされる人物。
青空の下、そんな相手と膝詰めて話し合いというよりは説教を食らうとは誰が考えようか。
一列に並んだ役人や護衛たちを相手に気持ちを聞く自分の姿を想像し、俺は身震いをした。
王子の相手であるということで自分がそれなりに注目される位置なのは理解しているが、陳情を聞くお偉いさんみたいなそれは遠慮したい。
言葉尻を強く言われて責められているわけでもないのに、どうしてかげしげし罪悪感が蹴られているような感覚だ。
多数対一人だからか、わからないなりに自分が悪いのではと思ってしまうのかもしれない。
「それいいんじゃない?」
「ミコトは黙って」
ついつい思考しがちな俺に対して、ミコトが口を挟む。
タイミング的にミコトも関わっていそうなのに、あっけらかんと言われ思わずミコトを見上げた。
そもそも、エバンズと膝を詰めることになったのは、ミコトの提案のせいである。
ミコトが話し合いには顔を見合わせるのが一番だと言い出した。
それから座っている自分たちを見下ろすよりはこれがいいんじゃないかと、自分が座っていた場所にエバンズを無理矢理座らせようとした。
エバンズも断るかと思ったが、しっかり気持ちを伝えるには有効な案で試してみる価値があると言い出しそのまま座る。
そこは断ってくれよと言いながら、あれよあれよと宰相様と間近でご対面となった。
発言力は絶大な人物。
そんな相手に、部屋ではなく誰もが行き交うことのできる中庭での発言。
「そもそも、これはミコト様とのやり取りも関係しているのだから、ミコト様が他人事なのはどうかと思うけどな」
意外にもアルフレッドが俺の気持ちを代弁してくれるが、ミコトは小さな顔をこてりと傾げて一蹴した。
「あら? 別に私は私で楽しく会話していただけだし。宰相も邪心ないって言い切っているから別に問題ないでしょう?」
「まあ。そうだが」
「でしょ? ただ、受け手側がどう思うかは知らないけれど、そこは当事者で話して意思疎通図しておけばいいじゃない。私は私で態度を改めろと言われても嫌よ。悪いことをしていないのだから、そんなところまで制限されるなんてまっぴらごめんよ」
「……なんか話が大きくなってない?」
前回のように王宮を出ようとしたとわけではない。
そもそも身分も高くないよい噂のなかった一冒険者に対して、第二王子であるカシュエルのことがあるにしても、丁重すぎるというかかなり大げさなのである。
ミコトはとっくりと俺とエバンズを眺めると、にっこりと笑った。
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