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第2章 聖女編

くすぶる①

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 怒涛の一日が終わりを告げ、俺は部屋でじっとしていられず、バルコニーに出て空を見上げていた。
 昼の騒動を鎮めるかのように、ぽつ、ぽつ、と小さな雨粒が落ちてくる。

「黒、……か」

 瞼の上に溜った雨を瞬きで弾き、頬に流れたそれを拭った。その際にそっと目元を指で覆う。
 あまりにもいろんなことがあったため軽く流されてしまったが、それはしっかりと俺の意識の中に根付いていた。

 天は、月も星も黒い雲で覆われている。
 光のない黒い黒い夜空を見上げているからか、じわりじわりと染み浮き出てきて気になってくる。

 ──あの日、気づけたならば両親は今も生きていたのではないだろうか。

 何より、自分が言い出さなければこんなことにはなっていなかったのではないだろうか。

 何度も、何度もそう思った。バカみたいに同じことを考えては打ちのめされて、それでも考えずにはいられなかった。

 過去は変えられない。それはわかってはいるけれど、どうしても考えずにはいられない。
 黒を持ち癒やしの力を持つ聖女であるミコトと一緒にいたためか、彼女が女性であったからか、どうしてもこんな夜は両親を、母のことを思わずにはいられない。

 伏せられていく母の瞳が、脳裏にこびりついている。
 俺はそっと塞いでいた指を外した。暗闇を見つめる自分の瞳が黒く染まってしまいそうで弾くように瞬きを繰り返す。

 低身長であることや、この世界では珍しい黒よりの瞳。
 それらの特徴を微妙に引き継ぎ特に目のことでいろいろ言われてきた俺は、グリフィン局長の言葉をおふざけで終わらせることができずくすぶっていた。

 感情が高ぶると瞳が黒くなることとか、今まで認めたくはなくて考えないようにしていた。
 だけど、少しばかり年々黒い色が強くなってきているようなとか、体質を含めそれらはやはり異質ではあると理解していた。

 そんな中、たとえ変人だとしても王宮で研究を許されている事実は彼が優秀であることを示しており、こうして一人になってみるとグリフィン局長が興味を示した理由が気になった。
 興味を示したのは黒だからだと単純な理由なようで、俺からしたら単純ではない。
 その理由がわかるのなら知りたい気持ちもあるし、このまま蓋をしておきたい気持ちもあり、ゆらゆらと心が揺れる。

 どれくらいそうしていただろうか。
 髪や身体が雨でしっとりと濡れていき、中に入らなければと思いながら外を眺めていると、カタンッと窓が開けられる音とともに背後から長い腕にふわりと抱きしめられた。

「風邪を引いてしまうよ」
「カシュー」

 今日は転移魔法ではなく自分の足で帰ってきたようで、部屋にいないことに気づきここまで探しに来てくれたようだ。
 当たり前のように自分を包み込む存在に、沈みかけた思考が緩やかに浮上する。

「こんなところでどうしたの?」
「なんとなく外に出たくなって。お帰りなさい」
「ただいま。レオ。身体が冷たくなってる」
「……んっ」

 そのまま身体を持ち上げられて、温もりを与えられながら魔力を流され水滴を払われる。
 己の魔力がすべて書き換えられるのではないかと思うほどの圧倒的なそれは、すっかり流されることに安心して、混ざり合っていることが普通になっていた。

 顔を近づけじっと俺の顔を見ていたが、カシュエルは何も言わずに俺の目元を親指で拭った。
 少し寂しそうに微笑んで見せた王子が一度瞳を閉じると、それらは瞬く間になくなり獰猛さを含むものへと変貌する。

「レオ」
「カシュー。強いです」

 痛いほど強く抱きしめられ俺が苦言を漏らすと、甘く名を呼ばれ制される。

「レオ」

 少しも逃しはしないとばかりの強い双眸を瞬きもせず見つめていた俺は、再び名を呼ばれ目をつぶった。

「……愛してる」

 唇と唇が重なる瞬間とろりと染み込むようにささやかれ、熱っぽい吐息が唇にかかる。
 言葉にされなかったがそのあとに、俺だけを、そうはっきりと聞こえるようだった。

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