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第2章 聖女編
地下の主
しおりを挟む俺はミコトの目を見て、ゆっくりと励ますように頷いた。
魔物は図鑑だけでしか見たことがないと言っていたし、これがミコトにとっては初見となる。相当動揺しているだろう。
俺も初めて魔物を見た時は驚いたし、実際に人を襲う現場を見たあとは何日も眠れなかった。
「大丈夫だから」
大丈夫だと完全なる確信はなかったけれど、今、異世界の少女を守れるのは自分だけ。
少しでも安心して、いざという時に動ける余裕は持っていてほしくて声をかける。
魔物討伐で見慣れた俺でも確かに目の前には異様なものが見えているが、扉は開けたまま確保しているし、ミコトを逃せる余裕くらいは作れるだろう。
牢のほとんどが使われていないようであったがいくつかは使用されており、そこには俺の知っている魔物もいれば、異形だと思われるものが鉄格子を掴みギィーギィーと挑発するように騒いでいた。
その中央、十字の墓石らしきものを前に猫背気味の男が立っている。
「ヒィーッ、ヒヒヒッ。待ってたよ」
やはり、こちらの動向はなんらかの方法で知られていたらしい。
音を拡散する魔道具を設置するぐらいだから、地下に下りた段階で行動を知るような魔道具も置かれていたのかもしれない。
たどり着けば地下に下りた時から感じていた不気味さの理由はわかったが、さらなる情報量がそれで終わりにさせてくれない。
この地下の主たる男の、その格好とその横にいる存在である。
牢屋の中も気になるが鉄格子の中であるし、やはり目の前のものに注意がいく。
あと、墓石の周りは白手袋で囲まれており、その手袋一つひとつにいくつものナイフとフォークがぶっ刺してあり、料理用の鉄鍋がいくつも置いてあるのも気になった。
その周囲には焦げた手袋もある。先ほどの爆発音に関係していそうだ。
恐怖していいのか、突っ込んでいいのか、なんともあらゆるところに目がいく。
こうなると、笑い声も恐怖の対象とするのか、突っ込みの対象とするのか微妙になってくるなと思いながらも、魔物がいることで完全に気は抜けない。
男は全身黒の首元まである服装に黒のハットに黒手袋。ボタンまで黒。
手入れもせず伸ばしっぱなしとばかりの赤い髪は腰まであり、目元も覆われて鼻から顎までしか肌が見えない。
そして、その横にはツギハギだらけのオーガ。
黒の鉄製のもので口元を覆われており、足元は黒の鎖が繋がれ、なぜか頭に黒いリボンを巻かれている。しかも、額のど真ん中に蝶々結びがくる形だ。
「黒が好きなのね」
「ミコト……」
ミコトは思ったことをそのまま口にしただけなのだろう。確かにオーガにまで黒リボンなのでそうなのだろうと推測できるが、今はそういうことではない。
ちょっと呆れた俺だったが、男はヒヒヒッと嬉しそうに墓石を叩いた。
「そう。よくわかったネ」
「見たらわかると思うけど」
ずばんと切り捨て、ミコトは肩を竦めた。
それでも繋がれた手はしっかり握られたままであるが、衝撃が収まったのか俺の横にくるとまじまじと不躾に不審人物を観察し始めた。
ミコトはやっぱり肝が据わっている。
ちらっとたまに魔物に視線をやるが、やはりそこは慣れないようですぐに男に視線を戻す。
男はまたヒヒヒッと笑い赤い前髪の下で目元を拭う仕草をすると、口元をにまりと引き上げた。
「やっと会えたね。黒の聖女様」
「黒の……もしかして、私が黒目黒髪だからここに来るのを待ってた?」
「そうそう。よくわかったねェー?」
「もしかして……、いや、ちょっと待って」
「ヒヒヒッ。待つなんて単純な聖女の言葉とは思えないねェ」
「さっきからバカにしてる?」
「いやァー。行動的だと聞いてたから、もしかして噂ヲ聞いたら来てくれるカモしれないって思っていたけど、本当に来るとは。プフッ」
口元に手を当ててあからさまに笑う男に、ミコトは頬を引き攣らせた。
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