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第2章 聖女編
それは清々しく
しおりを挟む俺の衝撃をよそに、吐露したからには聞いてもらうわよと勢いよくミコトに詰め寄られる。
「カシュエル殿下の顔面偏差値突き抜けてやばいったらないわ。見ているだけで眼福ものでしょ?」
「……そう、ですね」
怒涛の勢いで頷きなさいと大きな瞳で睨み上げられ、俺は頷いた。
こんなところで迫力を発揮しなくてもとは思うが、この熱い思いが日頃の追っかけの動力だったのだろうと納得もいった。
聖女召喚の時に感じた、面食いかもと思ったことは当たっていたのだと予期せぬ形で正解を知り、思っていたのと知るのとでは心に受ける衝撃は比べ物にならない。
だが、これだけ堂々と言い切られると、呆れるというよりはやっぱり清々しい。
「だって、召喚されて初めて見た顔があれなのよあれ。優しく微笑みかけられたらもうテンプレのごとき聖女と王子のラブラブ物語が始まるのではって思うじゃない?」
「そういうもの、でしょうか?」
テンプレはわからないが、ミコトはラブロマンスに憧れていたのだろう。
「そういうものなの。あの壮絶美貌は推しよ推し。よくわからないまま召喚されて、顔面よい人が目の前に現れてあなたが必要ですって言われたらのぼせるわよ。私の世界ではそういった話が流行っていたから余計に夢見るわよね。だけど、押しても押しても全く手応えないし、かといってほかに楽しみもないし……」
「ミコト……」
「ちょっとカシュエル殿下を追いかけることにムキになってるって自分でも思ってたのよね。でも、引っ込みつかなかったし、やっぱり唯々諾々ということ聞くのもなんか嫌だったし。だから、レオラムのことを知って、ここのことを聞いて、発奮材料でも、この世界に幻滅するでも、何か変わるきっかけが欲しかったのかも……」
しらふになってしまうのが、不安だったのかもしれない。
心の均衡を保つために、疑似恋愛的に大好きな顔であるカシュエル殿下を追いかけていたということになるのだろうか。
だからこそ、好きだと言いながら王子と俺との関係をあっさり受け止められているのかもしれない。
聖女であることの価値を理解しながら、ミコトは悩んでいたのだろう。
彼女の人生を狂わせた側であるこの世界の俺が、何を言っても嘘っぽくなってしまう。
申し訳ないと思っていても彼女の力が必要なのは本当で、世界を託している事実に俺はなんて声をかけていいのかわからない。
誰かの心を斟酌して、それに寄り添うようなやり取りをしてこなかった。
ある程度汲みとれても、それは所詮自分の物差しでしか測れないし正解かもわからない。
そして何より、自分のことで精一杯だった俺は、相手を喜ばせるための発言は不慣れで言葉が浮かばなかった。
ただ、これ以上彼女を傷つけるような言葉だけは発したくなくて口を噤むと、ミコトはふっと微笑んだ。
ここに来る前の地上での笑みとは違い、少し肩の力が抜けた笑顔に俺は目を見張る。
「ね、これから話し相手になってくれない? この世界の初めての友だち。ヒーラーとしての心得とかも知りたいし。それにレオラムと仲良くなっておけば、ついでにカシュエル殿下の美貌も拝めるだろうし、むしろそのほうがいい位置のような気がしてきたわ」
切り替えが早いし、いろんなことをあっけらかんと言われればなんだか笑えてきた。
やっぱり逞しいし頼もしい。
彼女が聖女であってくれて本当によかったと思う。
「ミコトはすごいね。まともに友だち作ったことはないけど、俺でよければ」
「それが素なのね? なんか、想像と全く違って得した気分だわ。このまま探索もしてしまいましょ」
聖女は普通の少女で、だけどとても強い女性だった。
切り替えの早いミコトの言葉に、俺はくすりと笑う。
「頭がおかしくなる場所に?」
「そう。もうそうなる必要はないけど、さすがにこの笑い声を聞いて真相を確かめないとか余計に気になるし」
「……確かに気になるけど」
ここまで来ておいて、とは思う。
「ね、レオラム。友だち記念に」
「……わかった。絶対離れないで」
ミコトがしっかり腕を掴んでいることを確認し、俺は足を進めた。
徐々に声が近くなり、行き止まりとなりここからしているのだろうと思われる扉の前にたどり着く。
ヒィヒヒヒッ~~
バフンッ
ギエェェーーーッ
会話の最中もずっと妙な笑い声がこだましていたが、何かが爆発する音がして、人ではないだろう生き物の甲高い鳴き声が聞こえる。
俺はミコトと顔を見合わせ、自分の背後に回るように指示した。
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