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第2章 聖女編

地下の噂

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 地上の騒動など知らない俺は、なぜか聖女とともに地下に向かっていた。
 妙な余韻を残したまま、聖女は鉄格子を押すと俺を特に促すでもなく勝手に地下に続くであろう階段を下りていった。
 俺はその様子に驚いたが、周囲に視線をやり鉄格子の半分だけ開けたまま聖女の後を追ったのだった。

「聖女様。待ってください」
「ついて来たんだ?」

 ここまで自分を連れてきておいて、しかも話がしたいと言った本人の言葉とは思えない。
 ついてくるわけがないとばかりの言葉に訝しみながらも、俺は下りるペースを落とした聖女に追いつく。
 地下牢だと言われてもおかしくない雰囲気の場所、最下部に下りるとそこで二人は立ち止まった。

 ぴっちゃん。ぴっちゃん。

 ひやっと冷たい空気が漂い、どこからともなく水滴が落ちる音が聞こえる。
 俺が聖女の横に並ぶと、そこには困惑したような少女の顔があった。黒の瞳が揺れ、俺をじっと見つめていたが最後は眉間にしわを寄せた。

 聖女が何を思って俺を連れてきたのかはわからないが、ここまでくれば一連托生である。
 巻き込まれたとはいえ、相手は大事な聖女様。
 一緒にいて何かあっては困ると、俺はきっぱりと告げた。

「聖女様。王宮なので滅多なことは起きないとは思いますが、自分の後ろにいてくれますか?」
「えっ? 別に大丈夫よ」
「いえ。聖女様が知っていらっしゃるようにこれでも一応元冒険者ですから、強くはありませんがそれなりの対応はできると思います。聖女様に何かあったら大変なので、このまま進むというのであれば私の後ろ、またはすぐ横にいてくださることが条件です」

 俺がはっきりと言い切ると、聖女はいたずらが見つかったような気まずそうな顔をした後、静かに了承の意を伝えきた。

「……そう。わかったわ」
「ありがとうございます。それでどのような類いの面白い場所だと聞いていたのでしょうか?」

 夜なら幽霊でも出そうな雰囲気の薄暗い場所のどこが面白い場所だというのだろうか。
 そう思って訊ねると、聖女は拗ねたように唇を尖らせた。

 なんだかその姿が妹と被り、俺は小さく笑った。
 連れまわされたが俺を嵌めようだとかそういった意思は感じないし、俺の何かを見極めたくての先ほどの行動だったのかもしれない。

「それは、昼夜問わず叫び声や笑い声が聞こえる場所があって、その場所を見つけて入ることができたら頭がおかしくなるような体験ができる場所って聞いたから」
「……それがどうして面白い場所となるのですか?」

 さっぱりわからない。
 疑わしげに訊ねると、聖女はにんまりと笑みを浮かべた。

「だって、ここはどこもかしこも綺麗で整っているでしょう? そんな場所にも生臭い話があるなんて楽しいじゃない? 昔から学校の怪談とか妙な話とか怖い話が好きだったのよ」
「……怖い話が好きなのですか?」
「そう。話は物語のような感覚でどうだろうって思いながらドキドキするスリルが好きなの。それに、私は魔物と戦いに行かないといけないのでしょう? 図鑑でなら見たけど実際まだ見てないし、話だけでは実感がわかないのよね。なら、ここの怖い話で慣らしておくのも手だと思ったのよ。王宮だったら何かあってもなんとかなりそうだったし」

 なるほど。
 話を聞くと、聖女の言い分もわからないでもない。手段はどうあれ、聖女なりに考えていることは理解した。

「でしたら、護衛や勇者パーティを伴ってくださったら」
「絶対止められるし、肉壁に守られて進むのなんて緊張感なさすぎるわ。それに言ったでしょう? レオラム、あなたと話がしたかったって。ただ話すだけよりも、こういう場所で話すほうが人となりがわかると思ったのよね。まさか守ってくれようとするとは思わなかったけど」
「…………」

 俺は押し黙った。
 勝手な行動をしているようで、聖女なりに考えて葛藤した上での様々な行動が今に繋がっているのではないかと思える会話だった。

 妹がいるせいか、自分よりも小柄な聖女に少しばかり同情的になってしまう。
 もし、自分の妹が力を持っているだけで魔王討伐に行くことになったら、危険だと止めているし、止められなければなんとしてでも自分もついて行こうとしただろう。
 そう思うと、聖女も聖女なりに心の均衡を保とうとしての脱走だったりするのではないだろうか。

「……聖女様」

 俺が話しかけようとしたその時、噂の出どころだとはっきりわかるような不気味な声が暗く静かな地下に響き渡った。

 ヒィーヒヒヒッ。ヒヒヒヒッ。ヒィッ。ヒヒッヒヒッ~~

「きゃっ」

 驚いた聖女が俺の腕を掴む。
 怖い話が好きだと言いながらも怯える様子は自分よりか弱い女性なのだと、俺は聖女を守るように声が聞こえてきた方向から彼女をかばうように立った。

 不気味な声は止むことなく、ヒヒヒヒッと地下全体に響く。
 もしほかに化け物がいても逃げてしまうのではないかと思うほど存在感を主張しており、俺は警戒を怠らず一歩足を踏み出した。


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