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16.距離②

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 それから三十分後。ノアは頷いたことを後悔していた。
 食事がテーブルに並べられ、椅子を引くところまではいつものことだ。それはもうそこまでしなくてもいいと散々言ってもしようとするので受け入れた。
 だけど、今夜は移動以外指一本動かすなとの勢いで世話を焼こうとしてくる。

「ノア。ほら。口開けて」

 ブラムウェルはフォークに肉を刺し、ノアの目の前に持ってくる。

「どうしても?」
「うん。どうしても」

 世話するにも限度がある。
 ノアのテーブルの前にはスプーンもフォークも置かれておらず、最初からこうすることが目的だったようだ。

 さらに恨めしいのは、どれもこれもブラムウェルが用意した料理は美味しそうだということだ。
 赤みの残った肉からぽとっと肉汁が落ちる。それだけで肉の旨みがじゅわっと口の中に広がる光景が目に浮かび、ノアはこくりと唾を飲んだ。
 ブラムウェルは誘惑するように、フォークを持っている指を軽く動かす。

「ノアを成形造るすべてに関わる世話をしてみたいと思っていたんだよね」

 甘えられることで満たされる気持ちもわからないでもない。
 だけど、子供でも病人でもないのに食べさせられるのには抵抗があるし、なんだか言い方がおかしいと思うのは自分だけだろうか。

 絶対美味しいとわかる肉から視線を上げると、早く食べさせたいとブラムウェルは瞳を輝かせノアが口を開けるのを待っている。
 つん、とフォークで口をつつかれてノアは呻く。近くに感じる匂いと、唇についた肉汁が食欲をそそり思わず舐めとった。
 舌を口の中に戻すとその仕草をブラムウェルにじっと見つめられていることに気づき、視線を逸らしたくてノアは慌てて口を開いた。

「これは世話とは違うような……」
「お世話だよ。ちょっと照れてるノアも可愛いよね」
「僕は童顔なだけだよ。まあ、したいならいいけど」

 いつまでも照れているほうが恥ずかしいし、話せば話すほどブラムウェルの言動は重いというか気軽に受け取りにくくなる。あと、純粋に目の前の肉が食べたい。
 ノアはなるようになれと口を開けた。この際、楽しんだもの勝ちだ。

「はい。あーん」
「んっ。ブラムは料理もうまいよね」

 予想通り肉汁が広がり、噛めば噛むほど旨味が増す。
 ノアが口に入れたフォークのままブラムウェルが食べるのを見ながら、ノアは感嘆の声を上げた。

 ブラムウェルは時間がある時は、一度帰宅し用意してから迎えに来てくれる。
 今日も帰宅したらすでに下準備も済ませてあり、ついでに洗濯もしてくれていた。特に洗濯に関しては魔法でささっとしてくれるので、ブラムウェルがいると非常に楽だ。

 彼は家事のエキスパートでもある。
 高ランク冒険者をこのように使ってもいいのか疑問だが、あまりにもブラムウェルとの生活は快適すぎた。

「ノアに食べてほしくて作ってるからね。次はスープ。玉ねぎの触感を残してみたけどどうかな?」

 ノアが欲しいと思ったタイミングで運ばれ、促されるままに口を開けた。
 軽く冷まされ熱さもほどよく、何より口に広がる香りと口を動かした時の舌触りがかなり良かった。

「ん。これすごく美味しい。商売できるくらいのレベルだよ。すごいね!」
「よかった」

 軽く話しているようでノアの反応をつぶさに見ているブラムウェルに興奮して伝えると、彼はほっと息をついた。

「本当、ブラムはすごい。どんな仕事もできそうだよね」

 魔法も剣も上級でこれだけ顔が良いなら貴族の要人としても重宝されるだろうし、騎士にだってなれそうだ。もしくは、魔導士もありで出世まっしぐらだ。
 そのうえ料理も含む家事もできるならどこでも働き口を選びたい放題。その中で、なぜ危険の伴う冒険者になったのか。

「言いたくなかったらいいのだけど、ブラムはさ、どうして冒険者になろうと思ったの? しかも、辺境のダンジョンばかり挑戦していたのも理由がある?」

 ギルドに『黄昏の獅子』の名前が知れ渡ったのは、彼らが北の辺境にある三つのダンジョンをすべて攻略した頃からだった。
 そこにはノアの村を襲った魔物の氾濫を起こしたダンジョンも含まれ、今でも初めて名前を聞いた時の衝撃は覚えている。

「ノアになら話してもいい」
「無理に聞き出したいわけではないから。言いにくいならいいよ」

 それからの黄昏の獅子はものすごい勢いであちこちの辺境のダンジョンを攻略していった。しかも、そこはドロップ品なども含め金になるかどうか危険度なども関係なかった。
 辺境出身、十二年前の魔物の氾濫で故郷をなくしたノアとしては、そこに魔物がいるから倒すとばかりの彼らの活動はとても眩しく感謝していた。

 ノアが過去をそこまで引きずらくなったのも、彼らがそのダンジョンを閉じてくれたというのもある。
 だから、その事実があるだけで黄昏の獅子は特別で、そこにどんな理由があろうとかまわない。話したくないのなら無理に聞くつもりはなかった。

「いや。むしろ、興味持ってもらえて嬉しいよ」
「だったらいいのだけど」

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