上 下
24 / 48

16.距離②

しおりを挟む
 


 それから三十分後。ノアは頷いたことを後悔していた。
 食事がテーブルに並べられ、椅子を引くところまではいつものことだ。それはもうそこまでしなくてもいいと散々言ってもしようとするので受け入れた。
 だけど、今夜は移動以外指一本動かすなとの勢いで世話を焼こうとしてくる。

「ノア。ほら。口開けて」

 ブラムウェルはフォークに肉を刺し、ノアの目の前に持ってくる。

「どうしても?」
「うん。どうしても」

 世話するにも限度がある。
 ノアのテーブルの前にはスプーンもフォークも置かれておらず、最初からこうすることが目的だったようだ。

 さらに恨めしいのは、どれもこれもブラムウェルが用意した料理は美味しそうだということだ。
 赤みの残った肉からぽとっと肉汁が落ちる。それだけで肉の旨みがじゅわっと口の中に広がる光景が目に浮かび、ノアはこくりと唾を飲んだ。
 ブラムウェルは誘惑するように、フォークを持っている指を軽く動かす。

「ノアを成形造るすべてに関わる世話をしてみたいと思っていたんだよね」

 甘えられることで満たされる気持ちもわからないでもない。
 だけど、子供でも病人でもないのに食べさせられるのには抵抗があるし、なんだか言い方がおかしいと思うのは自分だけだろうか。

 絶対美味しいとわかる肉から視線を上げると、早く食べさせたいとブラムウェルは瞳を輝かせノアが口を開けるのを待っている。
 つん、とフォークで口をつつかれてノアは呻く。近くに感じる匂いと、唇についた肉汁が食欲をそそり思わず舐めとった。
 舌を口の中に戻すとその仕草をブラムウェルにじっと見つめられていることに気づき、視線を逸らしたくてノアは慌てて口を開いた。

「これは世話とは違うような……」
「お世話だよ。ちょっと照れてるノアも可愛いよね」
「僕は童顔なだけだよ。まあ、したいならいいけど」

 いつまでも照れているほうが恥ずかしいし、話せば話すほどブラムウェルの言動は重いというか気軽に受け取りにくくなる。あと、純粋に目の前の肉が食べたい。
 ノアはなるようになれと口を開けた。この際、楽しんだもの勝ちだ。

「はい。あーん」
「んっ。ブラムは料理もうまいよね」

 予想通り肉汁が広がり、噛めば噛むほど旨味が増す。
 ノアが口に入れたフォークのままブラムウェルが食べるのを見ながら、ノアは感嘆の声を上げた。

 ブラムウェルは時間がある時は、一度帰宅し用意してから迎えに来てくれる。
 今日も帰宅したらすでに下準備も済ませてあり、ついでに洗濯もしてくれていた。特に洗濯に関しては魔法でささっとしてくれるので、ブラムウェルがいると非常に楽だ。

 彼は家事のエキスパートでもある。
 高ランク冒険者をこのように使ってもいいのか疑問だが、あまりにもブラムウェルとの生活は快適すぎた。

「ノアに食べてほしくて作ってるからね。次はスープ。玉ねぎの触感を残してみたけどどうかな?」

 ノアが欲しいと思ったタイミングで運ばれ、促されるままに口を開けた。
 軽く冷まされ熱さもほどよく、何より口に広がる香りと口を動かした時の舌触りがかなり良かった。

「ん。これすごく美味しい。商売できるくらいのレベルだよ。すごいね!」
「よかった」

 軽く話しているようでノアの反応をつぶさに見ているブラムウェルに興奮して伝えると、彼はほっと息をついた。

「本当、ブラムはすごい。どんな仕事もできそうだよね」

 魔法も剣も上級でこれだけ顔が良いなら貴族の要人としても重宝されるだろうし、騎士にだってなれそうだ。もしくは、魔導士もありで出世まっしぐらだ。
 そのうえ料理も含む家事もできるならどこでも働き口を選びたい放題。その中で、なぜ危険の伴う冒険者になったのか。

「言いたくなかったらいいのだけど、ブラムはさ、どうして冒険者になろうと思ったの? しかも、辺境のダンジョンばかり挑戦していたのも理由がある?」

 ギルドに『黄昏の獅子』の名前が知れ渡ったのは、彼らが北の辺境にある三つのダンジョンをすべて攻略した頃からだった。
 そこにはノアの村を襲った魔物の氾濫を起こしたダンジョンも含まれ、今でも初めて名前を聞いた時の衝撃は覚えている。

「ノアになら話してもいい」
「無理に聞き出したいわけではないから。言いにくいならいいよ」

 それからの黄昏の獅子はものすごい勢いであちこちの辺境のダンジョンを攻略していった。しかも、そこはドロップ品なども含め金になるかどうか危険度なども関係なかった。
 辺境出身、十二年前の魔物の氾濫で故郷をなくしたノアとしては、そこに魔物がいるから倒すとばかりの彼らの活動はとても眩しく感謝していた。

 ノアが過去をそこまで引きずらくなったのも、彼らがそのダンジョンを閉じてくれたというのもある。
 だから、その事実があるだけで黄昏の獅子は特別で、そこにどんな理由があろうとかまわない。話したくないのなら無理に聞くつもりはなかった。

「いや。むしろ、興味持ってもらえて嬉しいよ」
「だったらいいのだけど」

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

無愛想な彼に可愛い婚約者ができたようなので潔く身を引いたら逆に執着されるようになりました

かるぼん
BL
もうまさにタイトル通りな内容です。 ↓↓↓ 無愛想な彼。 でもそれは、ほんとは主人公のことが好きすぎるあまり手も出せない顔も見れないという不器用なやつ、というよくあるやつです。 それで誤解されてしまい、別れを告げられたら本性現し執着まっしぐら。 「私から離れるなんて許さないよ」 見切り発車で書いたものなので、いろいろ細かい設定すっ飛ばしてます。 需要あるのかこれ、と思いつつ、とりあえず書いたところまでは投稿供養しておきます。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

処理中です...