ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)

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13.甘える冒険者①

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「ここがノアの城だね」

 きょろきょろと周囲を興味深げに見回したブラムウェルは、窓のところで目を止めた。
 周囲には視界を遮る建物もなく、そこからは半月が窓枠に収まるように顔を出している。ノアは自分だけの月を眺めるのが好きだった。

「今日は雲もないので綺麗に月が見えるね。小さいけれど僕だけの城だよ」

 ブラムウェルももしかしたらホームを大事にするタイプかもしれない。
 住む場所のことを城と呼ぶ共通点にノアはくすぐったくなった。

「ブラムはあちこち拠点を移して活動しているけれど、これからもずっとそうするの?」
「今までは一つどころにとどまる理由はなかったけど、そろそろ落ち着こうと思っている」

 辺境のダンジョン攻略に貢献してきた彼らだが、大方のダンジョンは回ったようなのでその考えも納得できる。

「そうなんだ? ホームがあるのはいいよね」

 どこに拠点を置くのかはわからないけれど、王都を出たとしてもできればまた会える距離がいいなと思うのはこの一週間で彼の存在に慣れたからだろう。
 冒険者とギルド職員にしては密な距離。体温を分かち合って寝るだけでも、その存在が心の中に住み着くようだ。

「ノアは王都にずっといるつもり?」
「どうだろう? 仕事は楽しいしギルド長には恩があるから必要とされる限りはここにずっとでもいいけど、もしかしたら移るかもしれないし先はわからないよね」
「わからないと言っていても、なんだか先を決めている人みたいだ」

 相変わらずの勘の良さに感嘆する。
 ノアには夢がある。そのためにいつかすべてが自分のものと言える家を買えるよう、お金を貯めている。

「そうだね。僕の中では天災や人災が起きない限り二通りに決まっている。王都かもしくは……」

 そこでノアは言葉を飲み込んだ。
 こちらが質問していたのにいつの間にか自分のことを聞かれている。
 こんな話をしても楽しくないだろうと、ノアは家にある数少ないグラスを出してここに来るまでに購入してきた酒をテーブルに置いた。

「まあ、僕のことはいいじゃない。連日依頼をこなしてくれているブラムも休息は必要だよね? 狭いけど誰かに邪魔されることはないしよければゆっくりしていって」

 テイクアウトした食事とブラムウェルが購入した酒をテーブルの上に並べ、向かい合って座る。
 グラスを重ねると、さっそくブラムウェルが口を開いた。

「それでさっきの続きだけど」
「ああ。ブラムが真剣なのはわかったよ。王都にいる間、ここで一緒に住んでいいよ」

 なんか物騒なことを言っていたけれど、ノアとの睡眠が気に入ったのは間違いない。
 あれだけ態度の違いを見せつけられて懐かれているのを見せられたのだ。ちょっと嬉しかったし、彼が納得するまで付き合うのも悪くない。

 期間も本部のことが解決するか、睡眠のことが改善されるか、ブラムウェルが飽きるか、最終は彼らが王都から出ていくまでだ。
 限定的なことだと思うと、この縁を楽しむのもありだろう。

「いいの?」
「そっちに行ってばかりでまともに帰ってこれなかったし、それならこっちに来てくれるほうがいい」
「なら明日に荷物持ってきていい?」
「いいよ」

 お互いに休日なのでそれがいいだろう。
 幸い、一つ空き部屋があるのでそこを使ってもらえる。そのことを話すとブラムウェルが席を立ちノアをがばりと抱きしめた。

「うわっ」

 軽々とそのまま持ち上げられ声を上げると、ブラムウェルはそのままくるりと一回転する。

「ノアは相変わらず思い切りがいいね」

 表情はちょっと口端が上がっているくらいなのに、態度は喜んでいる。
 わかりにくいけどわかりやすい相手だ。
 こうして抱きしめられるのは緊張するのに、同時になんだか心地がよくもありノアはくすりと笑う。

「そうかな? 一週間ずっと一緒だったし、これからも誘われるならもうこっちに来てもらうほうがいい。あと、のんびりするのが好きだから基本自分の家が好きだし、休みの時はだらだらもしたい。ブラムが僕の力になってくれるように僕も力になりたいと思った。それを踏まえて、誰かを連れ込むとかしない限り自由にしてくれていいよ」
「連れ込むなんてするわけがない」
「わかってる。一緒に住むからといってお互い自由だし、でも節度は守ろうっていう話をしたかっただけ」

 それぞれのペースがある。仲良くはしても干渉しすぎないほうがいい。
 侵されたくない境界線がありそのラインさえ互いに把握できれば、案外一緒に住むのはうまくやっていける気がした。

「俺はノアとできるだけ一緒にいたい」
「うん。用事がなければ別にいいよ」

 今は眠れることに執着しているようだから、そのうち落ち着くだろう。
 一緒にいる限りゆっくり寝かせてあげたくもあったので頷くと、額に口づけを落とされた。
 甘やかさとは無縁な雰囲気なのに、やっぱりスキンシップ過多である。

 それからなかなか下ろしてくれないブラムウェルをなだめ座りなおす。
 彼が購入した酒にはノアでは手を出せないものもあり、飲みすぎはダメだと思いながらもなかなかない機会だしと進められるまま杯を重ねた。それでも前回のことがあるので自重はする。

 これまでのことを互いに話しながら、ブラムウェルはハイペースにボトルを開けていく。
 最初は心配していたが、受け答えも平然としていたのでそのうち大丈夫だろうと止めることもしなかった。
 それがいけなかったのだろう。何杯目になったのか急にがくんとブラムウェルが崩れ落ちた。

「ブラム。大丈夫?」
「だいじょうぶ」

 ふわっと幸せそうに笑う相手にノアは苦笑する。

 ――いや、これは大丈夫じゃないでしょう。

 じっとノアを見る視線にとろりと甘さが乗り、どきっと胸が疼きあの晩のことがぶわりと一気によみがえる。
 これはよくないと息を吐き出し、心を落ち着かせた。

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