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11.不機嫌な冒険者①

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 店に入ると周囲からあまり目に付かない奥の席に座り、乾杯をして目の前の美丈夫を見る。

「さすがに今日は疲れた」

 伸びた背筋や張りと艶さえ含む声は一切疲れを感じさせない。
 言葉と見た目がかけ離れているが、ブラムウェルが過酷な工程をこなしてきたのは事実だ。

「お疲れ様。ここから離れたところだったから帰って来られないと思っていたよ」
「ノアがいるところが俺の帰るところだ。どんなに遠くても帰ってくるよ」

 視線が合うと嬉しそうに微笑まれる。
 まるで恋人との逢瀬のようだ。毎日一緒にいてこんな表情をされながらの甘い言葉は勘違いしそうになる。

 ――ま、眠るためだとわかっているけど。

 わかっていても度々同じような態度をとられれば、忘れているわけではないけど麻痺してくる。
 ブラムウェルがノアを見る視線はいつも優しくて、その瞳でじっと見つめられると心臓が少しばかり忙しなくなった。
 ノアは小さく首を振り、改めてブラムウェルを見る。

「無理はしないでね」
「心配してくれてるの?」
「それはそうだよ。依頼を受けてくれた冒険者を心配するのは当然だし、ブラムとは毎日一緒にいるのに心配しないほうがおかしいよ」

 討伐で返り血が付いた服は着替えているが、その血が自身のものになる可能性だってあるのだ。
 それで大怪我でもしたらと思うと、なるべく余裕をもって確実な方法で依頼はこなしてほしい。

 真剣にそう告げると、ブラムウェルはふっと口元を緩めた。ノアの手を握り、見つめる眼差しに甘さが乗る。
 外だとどこで誰が見ているかわからないから親しげにしているのではなくて、ブラムウェルは常にこんな感じなのでノアも手を握られるくらいは慣れてきた。

「気をつけるよ。それにこの一週間頑張ったから明日は休息日にする。ノアは明日何するの?」
「いろいろ足りないし買い出しかなぁ」

 前回の休みは疲れて寝てしまったので、明日は食料や日用品の補充をしなければいけない。

「だったら一緒に買いに行こう」
「日用品を買うだけだよ。疲れてるならゆっくりしたら? 僕のことは気にしないで好きなように動いてくれても」

 週に数回会うだけだと思っていたのが、勤務時間以外終始一緒だ。
 もともと群れるのが好きではないブラムウェルだ。睡眠のためとはいえ普段と違うことをしすぎて疲れるだろうし、息抜きは必要だろう。好きに動いてくれるほうがノアも気が楽だ。

 お互いのためを思って言ったのだが、ブラムウェルは首を振った。
 その際に耳にかけていた金の髪が肩に落ちる。

「好きにしていいのなら、ノアと一緒にいたい」
「……ならたくさん買いたいから荷物を持ってくれると助かる」
「任せて。他にしたいことは? ノアは休みの日はこれまで何をしていたの?」

 断言されればそれ以上強く言えない。
 本人が納得しているならいいかと休みは一緒に過ごすことを承諾し、質問に思考を巡らせる。

「ん~。用事がなければ家でのんびりしているかな」

 ノアはごろごろするのが好きだ。あと自分でコーヒー豆を挽いて一服する時間が何よりも幸せだと感じる。

「用事って?」
「買い物とかデートとか?」

 うーんとこれまでの休みの日を思い浮かべる。
 のんびりするのが好きなノアは、自分から何かしたいと思うほうではない。
 生活に困らなければそれでいいという考えは自我を持ち始めてからずっと変わらずで、恋人がいれば彼女に合わせて動いてきた。

 そういうところが物足りない要因だと指摘されたこともあるが、自分がしたいことがなければ相手がしたいことに合わせているのだから、今でもそれのどこが悪いのだろうかという気持ちはある。
 いらないことを思い出してしまったなと苦笑すると、ブラムウェルがきゅっと眉間にしわを寄せた。

「ノア。恋人がいたの?」

 掴んでいた手を離しばんっと机に両手を置くと、ブラムウェルがぐいっと顔を近づけてくる。
 急にどうしたのかと目を丸くして彼を見返すと、ぎろりと睨まれた。

 どんな表情でも文句のつけようのない美形っぷりに目が過剰接収を訴えている。
 緩和させるように瞬きを繰り返し、続いてさすがに失礼じゃないかとむっと唇を尖らせた。

「そんなに驚くこと? 確かにブラムみたいな男前ではないけど」
「……そういう意味では。ただ、ノアは可愛いからそういう想像をしていなかった。それに初めてだと言ってたしそういうこと事態がそうなのだと」
「可愛いという歳ではないけどね。年齢も年齢だから恋人がいたことくらいはあるよ。あと、初めてなのは男とああいう流れね」

 そう告げると、ずしんと周囲の空気が重くなったように感じた。
 ブラムウェルの長い腕が伸びてきて、つつつっとノアの腕から首まで撫でられノアはくすぐったさに首を竦める。

「へぇ。ノアはモテるんだね」

 首に指が置かれたまま吐かれたセリフに、ノアはびくりと肩を揺らす。
 こそばゆさから一転、なぜか殺気さえ感じる気配にこくりと喉を鳴らした。

 そのまま動き止まり、じとっと睨みつけてくるだけのブラムウェルと向かい合う。
 ノアに恋人がいたことがどうして気に食わないのか知らないが、悔しそうに唇を噛んでいる。

 高ランク冒険者に殺気立ちながら首元を触れられ身体が竦んだが、その様子はまるで子供の癇癪のように見えた。
 拗ねているだけ。もし本当にそうなら、こういう時は相手に身を任せるほうがいいとふっと力を抜く。
 すると、ブラムウェルは殺気を引っ込めて決まり悪そうに口を引き結んだ。

 ――なんか、憎めないな。

 わかりやすい反応だ。それにノアを傷つけるためにしているわけではないとわかる。
 ブラムウェルの反応を見て、実力差はあるけれど年下なのだと改めて感じてノアはふっと口元を綻ばせた。

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