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10.レベル
しおりを挟むギルドの扉が開き、さっきまでやれ俺が先だの喧嘩していた冒険者たちが一斉に彼らの前を開ける。
ノアはもう何度目かになるその光景に苦笑し、早く終わらせてくれと視線で訴えてくる目の前の冒険者の精算をさっさと済ませた。
「今回は購入したポーション代を引いて三銀と十五銅貨の支払いです」
「おう。それでいい。ありがとよ」
ほっと息をついてさっきまで世間話をしていた冒険者が去っていく後ろ姿を見送る。
ノアが黄昏の獅子の担当になった次の日から討伐難度が高い魔物を毎日持ち込む彼らは、噂はただの噂ではないと実感した冒険者たちから一目置かれるようになった。
たまに己の実力や周囲が見えずに粋がり挑んだ者もいたが、見事なまでに返り討ちにしたのでここで若いからといって彼らを侮る者はほぼいなくなった。
ある程度実力があると相手との差を明確に感じ取れるため反発する気もないようで、実力主義の冒険者はわかりやすい。
先ほどの冒険者はB級で実力があり、ノアより二回りも大きく立派な体格をしている。
そんな彼でも、黄昏の獅子がいる時は担当のノアの時間を邪魔して機嫌を損ねたくないとさっさと退散していった。自主的に並んでいた者は違う列へと並びなおすのでノアの前ががらんと空く。
――別に彼らもそんなことで怒らないと思うけど。
先ほどの冒険者が慌てて席を外したのも、ブラムウェルがノアを気に入っていることを隠さないからだ。
毎日大きな取引をするようになって、ノアもその重みを感じるようになってきた。
「ノア」
低く甘く響く声に呼ばれ、ノアはゆるりと瞼を上げしっかりと彼らを視界に入れた。
ノアと視線が合うと、ブラムウェルの口元がわずかに上がる。
服には戦闘してきたとわかる血があちこちにこびりついている。見る限り怪我をした様子はないので、すべて返り血のようだ。
何事もなかったかのように涼しげな表情のブラムウェルと、相方の爽やかな笑みを浮かべるマーヴィンが当然のようにノアの前に立った。
確か今日は魔物が多く出る山脈地帯に討伐に出ていたはずで、順調にいっても二日はかかるのにいつも通りの帰還時間で正直驚いた。
かなり高度な魔法と体力がないと一日工程は無理で、体力はいいとして彼らの使える魔法はどれほどのものなのか。
手の内を探るつもりはないけれど、毎日関わるとそのすごさがわかりちょっと気になる。
目の前の二人を見上ると、ブラムウェルの相棒であるマーヴィンが爽やかな笑顔を浮かべて手を上げた。
「やあ。ノア。今日もたくさん収穫があったよ」
「おかえりなさい。無事、帰還されてよかったです」
「ああ。ただいま~。疲れたけどノアの顔を見るとほっとするよな」
カウンターに肘を置きにこにこと人好きの笑みを浮かべるマーヴィンは、太陽を連れて歩いているのかというほど眩しい人物だ。
そんな彼を遮るようにマーヴィンの顔の前に手を置くブラムウェル。
「なぜマーヴィンが先に挨拶をする?」
「別にいいだろう? ノアは俺らの担当なんだ」
「ノアは俺の。だから俺が先。ねえ、ノア。俺にも言ってくれない?」
ずいっと顔を近づけ、じっと見つめてくるブラムウェル。
その印象的なエメラルドの瞳に見つめられると、いつも胸の奥がうずうずして落ち着かなくなった。
「ブラムも怪我もなく戻ってきてくれてよかったです。おかえりなさい」
「ただいま。俺のノア」
冒険者をしていても陶器のように透き通った肌、すっと通った鼻筋。
まったく周囲に関心がないとばかりの態度が常なので冷たく感じるが、薄い唇に縁取られた口は気分が上がるとわずかに引くことを知っている。
受付に立った時の丁寧な口調は許してくれたけれど、愛称だけは絶対だとここでもそう呼んでいる。
今もよく見れば目は細められているので、ノアの言葉を喜んでいることがわかる。
近くにいるからこそわかる親しみを覚えられているだろう態度と言葉に、ノアはぱちぱちと瞬きをしてそっと息をついた。
――これも周囲を通して本部ギルドに見せつけるつもりなのだろうけれど。
ノアを気に入っていると知らしめることで、気安くちょっかい出させないようにしてくれている。
それはわかっているが、噂とかけ離れた自分への対応は心臓に悪い。
しかも、二人きりの時もそれは変らず、むしろさらに甘くなるのだからブラムウェルの顔を見ると身構えてしまう。
理由を理解しているノアでそうなのだから、事情を知らない周囲の衝撃は相当のものだ。
「……それで本日の成果は?」
「今日もノアのために頑張ってきたよ」
「ありがとうございます」
どさどさと机いっぱいに置かれた大量のものを見て、ノアはははっと乾いた笑いを漏らした。
――相変わらずレベルが違う。
彼らは瞬く間にこのギルドでの稼ぎ頭となった。
希少な素材やアイテムをここで落としてくれる彼らのおかげで、さっそく経営状態は上向きだ。
「今回もすべて買い取らせていただいても?」
前回ノアが治療薬に足りないといったためだろうけれど、今回の討伐先に生息していない薬草まである。
空間魔法が使えるのか、高速移動や移転魔法が使えるのか。
二人とも登録は魔剣士とあるけれど、どちらか魔術士なのではないかと疑うレベルの魔法が使えるようだ。
「ああ。そのために持ってきた」
「ありがとうございます! うわぁ、もしかしてこれオークキングのドロップアイテムですか? 装備すればかなり効果は見込まれますがお二人には……、必要ないですね」
彼らの装備を見て言いかけていた言葉を飲み込む。
――あれは竜の目玉!
初めて見る装備だ。
二人が持っている剣にきらりと埋め込まれている物の正体に気づき、まじまじと眺めた。
竜を討伐し素材を身に付けられるならば、オークキングのアイテムくらい躊躇なく売るだろう。
竜の目玉は属性によって、攻撃もしくは防御の効果が二十パーセントほど上がるらしい。かなりレアだ。
対して、オークキングは三パーセントと上昇。いや、上昇系というだけですごいのだけど、竜の目玉とは比べ物にならない。
普段、自分が相手をしている冒険者とはあらゆる面で規格外だと何かあるたびに思う。
すごい実力者が味方になってくれたおかげで、ギルドはこの一週間平和だ。毎週、顔を出していたトレヴァーも黄昏の獅子たちが来てからは見ていない。
そんなこんなで今日も大きな問題もなく就業時間が終わった。
扉を開け予想通りそこに立っていた人物のもとへと向かい、ノアは声をかけた。
「今日も?」
「もちろんだ」
ブラムウェルの要望を受け入れることになって一週間。
当初の予想とは違い、毎日ノアが終わるのをブラムウェルは待っていての彼が泊っている宿に連れていかれ、抱きしめられながら寝ていた。
「明日は休みだろう? 今日は飲みに行こう。奢る」
「じゃ、甘えようかな」
しかも食事などノアの世話を焼こうとし、二人きりの空間ではスキンシップは多めだ。
守ってもらっている立場でもあるからそのことについて言及しにくい。
なので、このまますぐ二人きりになるよりは外の時間もいいだろうとノアはブラムウェルと街へ繰り出した。
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