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5.強者
しおりを挟む注がれる視線がノアの首元から胸元へと下がる。そこは目の前の男がつけた痕がおびただしく残っている場所だ。
ぎくりと肩を揺らすと、ブラムウェルは掴んでいた顎を離しノアの手を掴んだ。
「何も言わずにいなくなって心配した」
ノアの手を包み込む長い指にきゅっと力をこめられる。
外されない視線を気にしつつ、気にかけて捜してくれていた相手に礼を欠いてしまった形になりノアは眉尻を下げた。
「すみません」
目の前にいたワイアットが、ノアをかばうようにブラムウェルの腕を掴んだ。
「ノアさんを離せ!」
「部外者は引っ込んだら?」
「そっちこそ部外者だろ?」
「だそうだが。ノア。俺たちは親しい間柄だろ?」
剣呑な気配を纏い鈍く光る緑の瞳にぎくりとする。だけど、そこには鋭いだけでなくなぜか縋るような熱も見えてノアは戸惑った。
ここで違うととぼけるのは得策ではない。ノアはそっと息を吐きだした。
「そうですね。一緒にお酒を飲んだ仲ですから。まさか、ご一緒したお相手が『黄昏の獅子』の方だとは知らなかったですが」
「名乗らなかったか?」
「はい」
名乗られていたなら、酔っていたとしても記憶に残っているはずだろう。
なにせずっと密かに応援してきた冒険者だ。忘れるわけがない。
「そうか。なら、改めてよろしく。黄昏の獅子のブラムウェルだ。後ろにいるのがマーヴィン。会った夜に王都に到着したばかりだ」
「はい。よろしくお願いします」
ブラムウェルの背後に立つマーヴィンが「よろしく」とひらひらと手を振る。
ノアは会釈をし、改めて黄昏の獅子たちを見た。
太陽のようなマーヴィンと月のようなブラムウェル。
彼らの性格は正反対で、人好きのする窓口の役割的なマーヴィンに対して、ブラムウェルは必要最低限しか話さず群れることを好まない。
ブラムウェルに睨まれるとどんな屈強の男でもチビるとまで言われている。
対照的な二人だけど女性関係は二度と同じ人物を相手にしないことで有名で、社交的で交友関係が広いマーヴィンだが広く浅くが基本で誰も怒ったところを見たことがないという。
どちらも本音が見えない点では一緒で、他者を寄せ付けない誰に対しても同じように接することができるのは強者の証だ。
ちらりとワイアットを見ると、彼は悔しそうに顔を歪ませ腕を掴むことで震えを一生懸命押さえているようだった。
まっすぐな青年の優しさに目を細める。
実力差があるにもかかわらず、ノアのために勇気を出してくれたワイアットに礼を告げる。
「ワイアット。ブラムウェルさんとは面識はあるから心配しないで。一昨日のこともあって気にかけてくれたんだよね。ありがとう」
「……いえ」
ワイアットはノアの声に耳を傾けブラムウェルを見ると、悔しそうに唇を噛みしめた。
ブラムウェルは彫刻のような冷たい表情でワイアットを静かに見ている。
ブラムウェルはただ見ているだけだけど、実力がある分ワイアットも威圧感を覚え力の差に打ちのめされて悔しくもあるのだろう。
今はこれ以上何を言っても傷口に塩を塗りそうなので、ノアは改めてブラムウェルを見た。
「申し訳ありません。少しごたついたばかりでして、彼は僕を心配してくれたんです」
「一昨日? そういえば職場でむかつくことがあったと言っていたな。ノアを苦しめたのはどこのどいつだ?」
ブラムウェルが殺気立ちぐるりと周囲を見回すと、マーヴィン以外がびくりと肩を揺らした。
彼らの担当をしたいと騒いでいた女性ギルド職員も震えているので、放たれたブラムウェルの殺気に完全に当てられたのだろう。
「すみません。こちら側の問題なのでちょっと……」
ギルド内のいざこざを来たばかりの冒険者に話すべきではない。
ノアの口から話すと告げ口をしたと言われ、トレヴァーたちに何をされるかわかったものではない。
ウォルトに視線をやり、互いに小さく頷く。
これ以上犠牲者を出さないために本部に負けないくらい強い相手が力になってくれれば頼もしいが、この件は証拠もないため簡単に頼めるものではない。
それにその相手が裏切らない確信がないと、こちらが窮地に追い込まれる可能性もあった。
言葉を濁したノアに、ブラムウェルはふぅ~んと感情のこもらない声を出した。
再び視線を彼に戻すと、表情は変わらないのにエメラルドのように輝く美しい瞳の奥は一体何を考えているのか底の読めない鈍い光りが宿っていた。
機嫌の悪さがひしひしと伝わってくる。
「ブラムウェルさん?」
「ブラムだ。どうすればその事情とやらを話してくれる?」
どうして機嫌を損ねてしまったのかわからず声をかけると、神妙に問われノアはウォルトを見た。
対処の仕方がわからないと肩を竦められ、だよねと苦笑する。
こちらにやましいことはないので、相手が知りたいなら話してもかまわない。何より、話さないことでA級冒険者の機嫌を損ねることの利点はない。
ないけれど、やっぱり来たばかりの冒険者に頼ってしまうのは気が引けるし、ノアとしてもよく知らない相手はどうなるか見えないので不安だ。
「別に隠しているわけではないのですが、外から来たばかりの方に話すようなことでもないので」
「へぇ。なら関わりがあればいいんだな」
そこでブラムウェルの後ろにいたマーヴィンがずいっと前に出てきた。
「……そうですね」
ずっとここを利用する冒険者なら、むしろ状況を知ってもらっているほうが互いのためだろう。
そう思って頷くと、マーヴィンがブラムウェルの肩を組んだ。
「なら、関わりを作れば問題ないな」
「そうだな。なければ作ればいいだけだ。マーヴィン進めてくれ」
「よし。わかった。そういうことでギルド長を呼んでくれ」
マーヴィンが明瞭な声でにっこりと笑みを浮かべ、その彼の横でブラムウェルはノアを観察するようにじっと見つめた。
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