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7.夢から醒めて【R18含む】

20.語られる姿

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 薫子さんはどこから話せばいいのかを一切迷わずに口を開いた。

「私と為吾郎は生まれてからずっと一緒です。そしてこれからも死ぬまでずっと一緒だと思います」
「はい」

 私を申し訳なさそうに見て、「ごめんなさいね」と小さく呟いた。

「いえ……、多分……、謝らないといけないのはこちらの方ではないのかな、と思い始めてきました」

 私がそう言うと、薫子さんは強く顔を横に振った。

「いえ、謝らなければいけないのはこちらです。あなたはきっと被害者でしょうから。為吾郎は独身でフリーであることを匂わせてきたでしょう?」
「まあ、そうですね」
「あの人はそういうのが非常に嘘がうまく、女性をたらし込むのです。良い気分にさせて、深い関係を持つ――そして、裏切るのです」
「裏切る……? あなたを?」
「いいえ、関係を持った女性たちをです。ひどく傷つけて裏切るんです。ひどく傷つけられた女性たちは――自殺をしたり、病んだりして……それを見て、満たす人なのです」

 そこまで聞かされて、私は絶句する。
 薫子さんは澱んだ目でゆっくりと私を見つめる。

「ごめんなさい、あの人がそうなったのは理由があるんです」
「どんな理由であれ、女性を傷つけていい理由にはなりませんよね。それだけは分かっていますよね――」
「ええ、だからあなたが深く傷つけられる前に私が止めに来たのです」
「ひとまず……責めるのは後にしましょう。で、どうしてそうなったんですか?」

 予備知識としては、熊野先生の実家は夜の仕事の方の会社を経営しており、両親ともに不誠実だったというぐらいだ。

「為吾郎の家はいわゆるお水の方のクラブをいくつか経営しており、それはもうものすごいお金持ちです。父親がやり手で、私の両親も為吾郎の家族のお世話になりました。
 私の母もクラブでホステスをやっており、そこで働いていたボーイと結婚して私を産んだんですけどね。そして為吾郎の父親とも関係がありました」

 熊野先生の父親は自分の経営する女を片っ端から抱き、数人の異母兄弟がいるそうだ。
 それでも溢れるほどのお金を持っているのだから、相当なやり手だろう。
 熊野先生の母親も父親以外の複数の男性と関係を持ち、異父兄弟を産んでいる。
 そんな複雑な家庭で育ち、挙げ句の果てに父親の経営するクラブのホステスの慰み者として強いられてしまったのだそうだ。
 中学生の時はすでに立派な体格をしており、魅力的な男の子として彼女達の目に映ったようだった、と薫子さんが語った。

「もちろん、私も好きでした。今もですが」

 想像を絶する環境に、私はため息をついた。
 コーヒーを口に含んだが、すっかり冷めてしまっている。

「そんな環境で、人をどうやって信じられるというのでしょうか。いつかは裏切るかもしれないのだから、こちらから先に裏切ってしまえばいい――そういう思考に至ってしまうのは無理もないかもしれません」

 頭がよすぎたのだろう。
 おめでたい人だったらそんなことを考えたり気付いたりすることがないままだったかもしれない。

「逆にどうして別れないんですか?」
「え?」
「熊野さんにたくさんたくさん傷つけられて、裏切られているじゃないですか」
「ああ……、まあ辛いです。けど、私までもが為吾郎から去ったら、あの人に――誰もいなくなります」
「なんか、おめでたい人ですね」
「ええ、ええ、そうですね。おめでたい人だからこそ、やれてるのかもしれません。為吾郎を深く愛してますし」
「想像を絶するほどの深い愛なのか、それとも執着なのか」

 執着と愛は似て非なるものだ。
 判断がつきづらいものだが、一つだけ決定的な違いがある。

 ――それは、相手の幸せを願えるかどうか。

「じゃあ、もし熊野さんに本気で大切だと思える女性が現れたら?」
「……その方に為吾郎の過去を背負う覚悟があれば、喜んで私は去ります」
「そうですか」
 少なくとも私は違うだろう。

 ――いや、彼は薫子さんに執着しているだろう。だから決して薫子さんを離さない。

「だからなんですか? あなたがそのみすぼらしい姿をあえてしているのは、愛しているのはお金ではなくて彼自身だと証明するためですか?」
「そうです。分かりにくくなるからですね。それだけ為吾郎はお金に埋もれ、溺れているんです。湯水の如く溢れ出ているんですから。私は、自分で稼いだお金で買った服を、何年も何年も大切に着て、彼を呆れさせているんです。またそんな服を着て、と言わせているんです」
「……変わらぬ安心感を与えるためですか?」
 馬鹿馬鹿しいが、あまりにも不信すぎると、そう些細な変化にも敏感かもしれない。

「服が新しくなるだけで、彼は不安になるんです」

 聞けば、さすがに穴の開いたブラウスを着続けるのが難しくなった時に買い換えたのだが、初めて袖を通した時に熊野先生は動揺したらしい。
「あの服はどうしたんだ、ですって。おかしいでしょう? あまりにも黒ずんで穴がいくつも開いたボロボロの服の存在を気にするなんて」

 それだけあの人は――安心出来る場所などなかったのです、と薫子さんは締めくくった。

 もはや病気だという薫子さんに同情してしまった。
 浮気されても熊野先生を恨まないのだろう。むしろ可哀想に、と憐憫の眼差しで彼を見続けるに違いない。

 でも。

 更生しなければ、また新しい女性の被害者が出る。

 それだけは避けなければいけない――。
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