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3.小学校時代
3.ついに、父が帰ってこなくなる
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小学校一年生の夏休み、ついに父が帰ってこなくなってしまった。
覚悟していたことだったが、やっぱりくるものがある。
父の帰宅頻度が次第に減っていったので、その兆候は前からあった。
母が不機嫌になっていくので、どうにか出来る子を演じて慰める。
小学校のテストは満点、学校での態度も完璧にこなして、通信簿は輝かしい成績を収めた。
どこへ出しても恥ずかしくない娘として、母の前で一生懸命演じる。
それでも父という存在は母にとって大きなものだったらしく、不機嫌さをカバーすることが出来ないでいる。
何となく空気を察しても間違う時は間違う。
その間違った時が一番最悪だった。
というか、間違ったのではなく、何をしても母の機嫌が良くなることがないことが度々あった。
本当にワガママすぎた。
前の人生で父がぼやいていた意味をここで噛み締める。
どんなに機嫌を取ってもおだてたり構ったりしても、一度機嫌を損ねると長かった。
今回もまた私は母に振り回されている。
前の人生のように、察することが出来ずに子供らしい失敗をしでかした時、母は私を殴った。
今回はそれがないだけマシと言えよう。
母に聞かれないように、トイレの中で深いため息をつく。
いつになったら機嫌を直すのか。
ひどい時は一週間も機嫌が悪い時があった。
そんな時の母は、私を無視した。
話し掛けても無視。
むっつりとした顔で、義務的な作業しかやらなかった。
食事の用意、洗濯掃除などなど。
息苦しさに耐えかねて、賢太くんの家に電話をかけた。
『もしもし?』
女性の声がした。
――家政婦さんだ。
「あっ、あの、賢太くんはいますか? 私、宣子です」
『あぁ、宣子ちゃんね! ええ、いますよ。代わりますね』
メロディーが鳴り響く。結構脳に響くよね、あんまり好きじゃないや。
『もしもし?』
賢太くんの声がした。
「もしもし、今から遊びに行っていい? あ、宿題も一緒にやろう」
『うん、いいよ。待ってるね』
賢太くんがいてマジで良かった、と私は受話器を置いた。
「お母さん、賢太くんのとこに行ってくるね」
だが母はうんともすんとも言わず、一瞥しただけだった。
本当に嫌い、そういうところ。
私はうんざりしつつ、宿題を布バッグに押し込んで家を出る。
-------------------
「どうしたん」
賢太くんの家に着くやいなや、私は「はああぁぁぁ~~~~ッ!」とわざとらしく大きなため息をついてみせたのだ。
「いやね、うちのお母さんがね……、今むっちゃ機嫌悪いねん」
「また?」
賢太くんが眉を顰める。
「大変だったね。あがって」
兄もまた同級生の家に避難しているので、とりあえず安心する。
賢太くんの家はいつ来ても立派な家だな~とキョロキョロしながら長い廊下を歩いて行った。
彼の部屋は奥の離れにあり、その途中に見える日本庭園がすごく綺麗だ。
「この庭さ、すごい綺麗だよね。庭師さんがやってくれているの?」
大人っぽい問いかけにしまった、と思ったが、賢太くんは気にしていなかった。
「そうだよ。頼んでるんだ。庭を綺麗にするところを見て、面白いな-って思ってるし、たまに手伝うこともあるよ」
「へえ、いいな。楽しそう」
賢太くんの部屋で宿題をやったり、ゲームをしたり、漫画を読んだりして過ごした。
子供の時に感じた時間の流れが長かった体感はあったが、それでも短く感じる。
「もう帰らなきゃ……やだなあ。家に帰りたくない」
「機嫌直ってるといいね……」
そんな慰めも空しい。
だからといって長居したらしたで、母の機嫌がますます悪くなるのは目に見えている。
「よしっ、機嫌がこれ以上悪くしないように帰るわ」
「うん……いつかさ」
賢太くんが何かを言いかけて、「やっぱいいや」と止めたので、気になってしょうがない私は「何よ、なになに!?」としつこく聞く。
「いや、さ……、宣子ちゃんがもう帰らなくてもいいように、僕が……その、」
「??」
「宣子ちゃんをお嫁さんにするから」
賢太くんの頬や耳が赤く染まった。
――ああ、顔を真っ赤にしてまで私をガチで慰めてくれてるんだ……嬉しい……。
「ありがとう、賢太くん。嬉しい」
「えっ? う、うん……」
私は賢太くんがその気もないのに、頑張って男の子を演じているのが健気に思えてきて、ハグしたくなった。
「ありがとう、賢太くん。大好きだよ」
と言いながら、賢太くんを抱き締めた。
「あ、……ああ……」
私には味方がいる。
百合子ちゃんだっている。
もう独りぼっちじゃないんだ。
だから、ちゃんと真面目に生きよう。
そう誓った。
覚悟していたことだったが、やっぱりくるものがある。
父の帰宅頻度が次第に減っていったので、その兆候は前からあった。
母が不機嫌になっていくので、どうにか出来る子を演じて慰める。
小学校のテストは満点、学校での態度も完璧にこなして、通信簿は輝かしい成績を収めた。
どこへ出しても恥ずかしくない娘として、母の前で一生懸命演じる。
それでも父という存在は母にとって大きなものだったらしく、不機嫌さをカバーすることが出来ないでいる。
何となく空気を察しても間違う時は間違う。
その間違った時が一番最悪だった。
というか、間違ったのではなく、何をしても母の機嫌が良くなることがないことが度々あった。
本当にワガママすぎた。
前の人生で父がぼやいていた意味をここで噛み締める。
どんなに機嫌を取ってもおだてたり構ったりしても、一度機嫌を損ねると長かった。
今回もまた私は母に振り回されている。
前の人生のように、察することが出来ずに子供らしい失敗をしでかした時、母は私を殴った。
今回はそれがないだけマシと言えよう。
母に聞かれないように、トイレの中で深いため息をつく。
いつになったら機嫌を直すのか。
ひどい時は一週間も機嫌が悪い時があった。
そんな時の母は、私を無視した。
話し掛けても無視。
むっつりとした顔で、義務的な作業しかやらなかった。
食事の用意、洗濯掃除などなど。
息苦しさに耐えかねて、賢太くんの家に電話をかけた。
『もしもし?』
女性の声がした。
――家政婦さんだ。
「あっ、あの、賢太くんはいますか? 私、宣子です」
『あぁ、宣子ちゃんね! ええ、いますよ。代わりますね』
メロディーが鳴り響く。結構脳に響くよね、あんまり好きじゃないや。
『もしもし?』
賢太くんの声がした。
「もしもし、今から遊びに行っていい? あ、宿題も一緒にやろう」
『うん、いいよ。待ってるね』
賢太くんがいてマジで良かった、と私は受話器を置いた。
「お母さん、賢太くんのとこに行ってくるね」
だが母はうんともすんとも言わず、一瞥しただけだった。
本当に嫌い、そういうところ。
私はうんざりしつつ、宿題を布バッグに押し込んで家を出る。
-------------------
「どうしたん」
賢太くんの家に着くやいなや、私は「はああぁぁぁ~~~~ッ!」とわざとらしく大きなため息をついてみせたのだ。
「いやね、うちのお母さんがね……、今むっちゃ機嫌悪いねん」
「また?」
賢太くんが眉を顰める。
「大変だったね。あがって」
兄もまた同級生の家に避難しているので、とりあえず安心する。
賢太くんの家はいつ来ても立派な家だな~とキョロキョロしながら長い廊下を歩いて行った。
彼の部屋は奥の離れにあり、その途中に見える日本庭園がすごく綺麗だ。
「この庭さ、すごい綺麗だよね。庭師さんがやってくれているの?」
大人っぽい問いかけにしまった、と思ったが、賢太くんは気にしていなかった。
「そうだよ。頼んでるんだ。庭を綺麗にするところを見て、面白いな-って思ってるし、たまに手伝うこともあるよ」
「へえ、いいな。楽しそう」
賢太くんの部屋で宿題をやったり、ゲームをしたり、漫画を読んだりして過ごした。
子供の時に感じた時間の流れが長かった体感はあったが、それでも短く感じる。
「もう帰らなきゃ……やだなあ。家に帰りたくない」
「機嫌直ってるといいね……」
そんな慰めも空しい。
だからといって長居したらしたで、母の機嫌がますます悪くなるのは目に見えている。
「よしっ、機嫌がこれ以上悪くしないように帰るわ」
「うん……いつかさ」
賢太くんが何かを言いかけて、「やっぱいいや」と止めたので、気になってしょうがない私は「何よ、なになに!?」としつこく聞く。
「いや、さ……、宣子ちゃんがもう帰らなくてもいいように、僕が……その、」
「??」
「宣子ちゃんをお嫁さんにするから」
賢太くんの頬や耳が赤く染まった。
――ああ、顔を真っ赤にしてまで私をガチで慰めてくれてるんだ……嬉しい……。
「ありがとう、賢太くん。嬉しい」
「えっ? う、うん……」
私は賢太くんがその気もないのに、頑張って男の子を演じているのが健気に思えてきて、ハグしたくなった。
「ありがとう、賢太くん。大好きだよ」
と言いながら、賢太くんを抱き締めた。
「あ、……ああ……」
私には味方がいる。
百合子ちゃんだっている。
もう独りぼっちじゃないんだ。
だから、ちゃんと真面目に生きよう。
そう誓った。
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