絶対好きにならないはずなのに

ジカ

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3.カンボジア

4.それでも話したい

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 丸二日も目の前にいながらもほとんど話せない状態が続くのはさすがに辛い。

 100%私のせいなのに、私が苦しんでしまっている。

 ティーダのめげない姿に励まされたような気がする。
 榊に向ける恋をした笑顔はとても綺麗だ。

 素直で可愛い子。

 ティーダの尊敬出来るところだ。

 今夜、ちゃんと話そう。
 そう心を決めると、少し楽になった気がした。

 ダイニングルームに向かう途中で榊の背中姿を見つけたので、追いかけて声を掛けた。

「榊さん」

 私の呼び声に反応して振り返った榊の表情に驚きを隠せないでいる。

「あ……どうしたんですか?」
「あの、話したいことがあって……今夜、部屋に行ってもいいですか?」
 そう言うと、榊はホッとしたような表情に変わり、「いいですよ、待ってます」と二つ返事で快諾した。

 その夜に、私は早速榊の部屋のドアをノックした。
「どうぞ、入って。お茶も用意しています」
 榊の部屋に紅茶の良い香りが漂ってくる。
「ありがとうございます。お邪魔します」

 ベッドの脇にあるサイドテーブルには二つのカップとティーポットが置かれている。

「ありすさんの好きなアールグレイにしました」
「ありがとうございます。好きな紅茶を覚えていてくれてたんですね」
「どうぞ」
 ベッドに腰掛けるように促され、腰掛けた。

 その隣に榊が座ったが、前に比べてやや距離を置いている。

 お互いにどう言葉を掛けようかまごつく。
 けれど私から口を開かねばなるまい、と決めて口を開く。
「あの、ごめんなさい。避けるようなことをして」
「あ……、何か僕気に障ること言いましたか?」
「いいえ、そうじゃないんです。榊さんは完全に悪くないんです。自分の問題で……どうしても見たくもない過去を突きつけられた気がして」
「おこがましいかもしれませんが、その苦しみを僕に分けてくれませんか?」
「そんな……、簡単に言わないで欲しいんです。期待しちゃうじゃないですか」
「期待していいんですよ。僕には」
「いやです。期待し始めたら、どんどんあれもこれもと欲張りになっちゃいます」
「例えば? どんなことを期待しちゃうんですか?」
「それは……」

 口にするのも恥ずかしい。
 だが、彼は「どんな?」と私の顔を覗き込んでくる。

「だ、だから……、恋人のような……付き合いとか……、その」
「はい」
「深い関係になるとか……そういうの期待しちゃうんです。もしかしてなのかな、ってのぼせ上がっちゃうんです。勘違いだったら恥ずかしいし、榊さんと私じゃ、年が違うんですよ、そもそも――」
「それで?」
「でも、榊さん、ぐいぐい来るし……これじゃあ勘違いしても仕方ないのかなって……。付き合えるのかなって思い上がっちゃうんです。でも」
「でも?」

 気が付くと、榊の太ももと私の太ももが密着していた。
 じりじりと彼が近づいて、次の言葉を待っている。

「榊さんに勘違いするなよって言われそうで怖くて怖くて……」
「確かに僕も悪かったと思います」
「え?」

 一瞬青ざめた。
 やっぱり思わせぶりなことをした僕も悪いと言いたいのか――。

「いえ、ちゃんと決定打となる言葉を口にしなかった僕も悪いと言っているんです。ありすさんにとっては誤魔化されているようなもんですよね、よくよく考えたら」
「はあ……?」
「僕の方の思いも聞いてくれますか?」
「あ、はい……」

 なぜだろう。榊の手が私の腰に触れているのは。
 きゅっと抱き寄せられて、私の肩が榊の胸元に当たる。

「不安にさせてしまってごめんなさい。僕も不安で仕方なくて……。告白してありすさんに振られたらこの幸せな時間がなくなるかと思うと怖くて」
「榊さん……」
「本当、この二日間苦痛でした。だからありすさんを失うのが怖かった」
「私だって……榊さんに振られたらどうしようって思いましたよ」
「フフ、両片思いでしたね」

 榊の手が伸びてきて、私の手の甲をさすった。
「あー……ホッとしたら、なんか力が抜けちゃった」
 深い息を吐いた榊が笑って、私の手の指に自分の指を絡ませる。

「好きです、ありすさん……」
「榊さん……私も」
「付き合ってください」
「はい、喜んで」

 顔を合わせて、軽くキスをする。
 何度も顔の角度を変えて口付けを交わした。

 次第に舌を絡ませた濃厚なキスに変わっていく。
 長いキスをどうしても止められない。

 彼の荒い呼吸が私の唇に触れる。

「はあ……」
 どうにかキスを止めて、互いの顔を見つめ合った。

「榊さん、どうして私を好きになったんですか?」
「理由、聞きたいんですか?」
「出来れば」
「えー……何から話せばいいんだろう? そもそも、初めての出会いはだいぶ前なんですよ」
「え? どういうことですか?」
「ありすさんは完全に僕のこと認識してないです。僕が遠くから見る形だったんで」
「え? え?」
「もう一度キスしていいですか? そのきょとんとした顔、可愛くて」
 私が返事するより早く唇を重ねてきた。

 ねっとりとしたキスをなかなか止めてくれなくて、私が無理矢理引き剥がす形で離れた。

「どういうことなんですか?」
「んー……、実は僕、ありすさんの会社にインターンで入ったことあるんです。ありすさんはその時、国際事業部のエースとして大活躍中でしたしね。何度も表彰されたんだ、と他の人が話してましたよ。その時のありすさんもとても美しくて……。一度だけ話したことがあるんですよ」
「えっ……完全に覚えていないわ……」
「残念ながら僕は国際事業部に配属されなかったんですけど……、廊下でたまたまぶつかりそうになったことがあって」
「うーん?」
「その拍子に僕が資料を落としてしまって。ありすさん手伝ってくれたんですよね。その時の仕草とか僕に向ける笑顔がとても可愛くて、ときめいてしまいました」

 記憶の糸を手繰り寄せようとしてもさっぱり覚えていなかった自分が恨めしい。

「それならどうしてうちの会社に入らなかったんですか?」
「それも考えました。お近づきになりたかったですし。でも……」
「でも?」
「そうなると運良く国際事業部に入れて、ありすさんと一緒に仕事出来たとしても……きっと僕をただの後輩としてしか見ないだろうなって……」
 それだけは絶対嫌だと思ったらしく、別のアプローチを考えたのだという。

 確かに後輩として入社してきたら、後輩としか見なかった可能性が大だ。

「でも良かった。時間がかかりましたけど……こうして接触して付き合うまでにいけたんですから……」
「……え? ということは……大体五年くらいの片思いをしていたって、こと?」
「んー、そうなりますかね」
「えぇ……?」

 本日一番の驚きニュースだった。

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