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3.カンボジア
3.どうしてもどうしても
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それでもどうしても怖い。
そんな気持ちが榊に伝わってしまったのだろうか。それ以上の距離を詰めてこなかった。
「あの、もし答えたくなかったらいいんですけど……」
榊が口を開いて、おずおずと私に質問を投げかけてきた。
「ありすさんにとって、恋愛ってどんな風に捉えているんですか?」
これまでのデートで一切話題にしてこなかった質問だ。
私は言葉を詰まらせる。
「あっ、いいんです。言いたくなかったら」
「いえ……、語るほど恋愛してきてないっていうか。私が好きになる人はいつも他の人を好きになるんです」
「そうでしたか」
「だから、彼氏がいたことは……一人しかいなくて」
「はい」
「でも、その彼も、私じゃない方向を見ていて」
「そうなんですか」
「私のこと、ちっとも好きじゃないのに、付き合ったりして。彼の好きな人がようやく彼の方に振り向いた瞬間に、私をあっさりと捨ててしまいました」
なんだろう。
ぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを覚えた。
「私って……何だったんだろうって……今だに思います」
「ありすさん」
「いいんです。いつもこうだから」
そう言うと、榊が怪訝に思ったのか「いつもってどういう意味ですか?」と訊ねてきた。
「小さい頃からいつもいつも私のことを見てくれなかったので……もう慣れちゃいました」
誤魔化そうとして笑おうとしてもうまく笑えない。
「差し支えなければ……ありすさんのことをもっと知りたいです。話してくれますか?」
「何を知りたいんですか?」
「例えば、ありすさんの小さい時の話とか、学生時代のこととか……なんでもです」
「暗くて、しんどい話でも?」
「はい、ぜひ」
「私が泣いても困らないですか?」
「泣いていいんですよ。むしろ――ありすさんは泣きたいのをずっと我慢してきたんじゃないんですか?」
榊の優しげな笑みを見てすでに泣きそうになるのを必死に隠す。
「僕でよければ……」
「ごめんなさい。今は……無理かも」
榊の言葉を遮って、完全に拒絶してしまった私は、拒絶したことをすぐに後悔してしまった。
「今は無理でも、いつかはきっと」
「待てるわけないでしょう」
私は思わず立ち上がり、榊を見下ろす。
待てるわけがない。
いつだって私を待ってくれたことなんてない。
親も周りの大人たちも、彼氏も友達も――。
みんなみんなみんな、私を待ってくれたことなんてなかったじゃない。
そんな衝動的な感情に支配され、榊を蔑むような目で見下ろした。
「ありすさん……」
榊も次に出す言葉を探しあぐねているようだ。
慎重に言葉を選んでいるのがよく分かる。
「誰も私なんて待たないでしょ」
すでに悲しみで胸が張り裂けそうになっていた。
思い出される過去の日々――。
だから怖かったの。
あなたに寄りかかることが。
必然的に自分の過去と向き合ってしまうことに。
どうしても逃げたい過去に、真正面からぶつけられてきそうだから。
「ごめんなさい。部屋に戻ります」
「あ……」
榊が引き留めようとする手をすり抜けて扉を開けた。
「ごめんなさい」
何の謝罪かも分からないまま口走り、自分の部屋に駆け込んだ。
その晩は声を押し殺して泣き続けたせいで、目が腫れるわ頭痛がするわで大変だった。
私の様子を察した信田は、何も言わずに普通に接してくれたおかげで助かった。
--------------------------------------------------------
水源の場所と調査、そしてどういう流れで構築していくかを日本にいるエンジニアとのテレビ電話で会議をしていく。
最初の二日くらいは順調だったが、次第に雲行きが怪しくなっていった。
例えば水源からどう引っ張ってくるかの計画書と現地の地理が異なっていたり、村人たちの意見が食い違っていたりなど問題が噴出しまくった。
「とりあえず現地の地図をしっかりと完成させて日本に一度持ち帰った方が良さそうですね」
信田がそう言って、地図をじっと眺める。
「そうですね、すみません、僕の方で見直しをして修正をしますね」
榊がそう言って赤ペンを握る。
あれから榊とは二人きりで話していない。
というのも榊が声を掛けてきそうになるのを避けているからだ。
そういうことが数度あって、榊の方も様子を窺いながら声を掛けないでおこうとしたのだろう。
榊は完全に悪くない。
悪いのは私の方なのだ。
心の中で何度も何度も「ごめんなさい」と謝りながら、榊の背中姿を目で追った。
「お二人さん、何かありました? 端から見たらもんのすごい何かあったオーラを醸し出しちゃってますし」
「あ……すみません。完全に私が悪いんです」
信田にひょいと顔を覗かれ、ぎょっとした私は一歩後ろに下がる。
「どうしました? 僕で良ければ話を聞きますよ」
「いえ、大丈夫です」
「そんなにあからさまに拒否しなくたってもいいじゃないですか」
ぶーぶー言う信田を放って、外に出ようとした時に視線を感じた。
榊だ。
少し不満げな表情を一瞬浮かべたが、私がこちらを向いていることに気付いた瞬時に口角をきゅっと上げた。
何か言いたそうにしていたが、口をつぐんだようだ。
それもそうだろう。
私がまた逃げようとする度に、榊が傷つくのだ。
本当に悪いことをしている。
自分がされてきたことを、相手にしている。
もう少し。
もう少し時間が欲しい。
そんな気持ちが榊に伝わってしまったのだろうか。それ以上の距離を詰めてこなかった。
「あの、もし答えたくなかったらいいんですけど……」
榊が口を開いて、おずおずと私に質問を投げかけてきた。
「ありすさんにとって、恋愛ってどんな風に捉えているんですか?」
これまでのデートで一切話題にしてこなかった質問だ。
私は言葉を詰まらせる。
「あっ、いいんです。言いたくなかったら」
「いえ……、語るほど恋愛してきてないっていうか。私が好きになる人はいつも他の人を好きになるんです」
「そうでしたか」
「だから、彼氏がいたことは……一人しかいなくて」
「はい」
「でも、その彼も、私じゃない方向を見ていて」
「そうなんですか」
「私のこと、ちっとも好きじゃないのに、付き合ったりして。彼の好きな人がようやく彼の方に振り向いた瞬間に、私をあっさりと捨ててしまいました」
なんだろう。
ぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを覚えた。
「私って……何だったんだろうって……今だに思います」
「ありすさん」
「いいんです。いつもこうだから」
そう言うと、榊が怪訝に思ったのか「いつもってどういう意味ですか?」と訊ねてきた。
「小さい頃からいつもいつも私のことを見てくれなかったので……もう慣れちゃいました」
誤魔化そうとして笑おうとしてもうまく笑えない。
「差し支えなければ……ありすさんのことをもっと知りたいです。話してくれますか?」
「何を知りたいんですか?」
「例えば、ありすさんの小さい時の話とか、学生時代のこととか……なんでもです」
「暗くて、しんどい話でも?」
「はい、ぜひ」
「私が泣いても困らないですか?」
「泣いていいんですよ。むしろ――ありすさんは泣きたいのをずっと我慢してきたんじゃないんですか?」
榊の優しげな笑みを見てすでに泣きそうになるのを必死に隠す。
「僕でよければ……」
「ごめんなさい。今は……無理かも」
榊の言葉を遮って、完全に拒絶してしまった私は、拒絶したことをすぐに後悔してしまった。
「今は無理でも、いつかはきっと」
「待てるわけないでしょう」
私は思わず立ち上がり、榊を見下ろす。
待てるわけがない。
いつだって私を待ってくれたことなんてない。
親も周りの大人たちも、彼氏も友達も――。
みんなみんなみんな、私を待ってくれたことなんてなかったじゃない。
そんな衝動的な感情に支配され、榊を蔑むような目で見下ろした。
「ありすさん……」
榊も次に出す言葉を探しあぐねているようだ。
慎重に言葉を選んでいるのがよく分かる。
「誰も私なんて待たないでしょ」
すでに悲しみで胸が張り裂けそうになっていた。
思い出される過去の日々――。
だから怖かったの。
あなたに寄りかかることが。
必然的に自分の過去と向き合ってしまうことに。
どうしても逃げたい過去に、真正面からぶつけられてきそうだから。
「ごめんなさい。部屋に戻ります」
「あ……」
榊が引き留めようとする手をすり抜けて扉を開けた。
「ごめんなさい」
何の謝罪かも分からないまま口走り、自分の部屋に駆け込んだ。
その晩は声を押し殺して泣き続けたせいで、目が腫れるわ頭痛がするわで大変だった。
私の様子を察した信田は、何も言わずに普通に接してくれたおかげで助かった。
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水源の場所と調査、そしてどういう流れで構築していくかを日本にいるエンジニアとのテレビ電話で会議をしていく。
最初の二日くらいは順調だったが、次第に雲行きが怪しくなっていった。
例えば水源からどう引っ張ってくるかの計画書と現地の地理が異なっていたり、村人たちの意見が食い違っていたりなど問題が噴出しまくった。
「とりあえず現地の地図をしっかりと完成させて日本に一度持ち帰った方が良さそうですね」
信田がそう言って、地図をじっと眺める。
「そうですね、すみません、僕の方で見直しをして修正をしますね」
榊がそう言って赤ペンを握る。
あれから榊とは二人きりで話していない。
というのも榊が声を掛けてきそうになるのを避けているからだ。
そういうことが数度あって、榊の方も様子を窺いながら声を掛けないでおこうとしたのだろう。
榊は完全に悪くない。
悪いのは私の方なのだ。
心の中で何度も何度も「ごめんなさい」と謝りながら、榊の背中姿を目で追った。
「お二人さん、何かありました? 端から見たらもんのすごい何かあったオーラを醸し出しちゃってますし」
「あ……すみません。完全に私が悪いんです」
信田にひょいと顔を覗かれ、ぎょっとした私は一歩後ろに下がる。
「どうしました? 僕で良ければ話を聞きますよ」
「いえ、大丈夫です」
「そんなにあからさまに拒否しなくたってもいいじゃないですか」
ぶーぶー言う信田を放って、外に出ようとした時に視線を感じた。
榊だ。
少し不満げな表情を一瞬浮かべたが、私がこちらを向いていることに気付いた瞬時に口角をきゅっと上げた。
何か言いたそうにしていたが、口をつぐんだようだ。
それもそうだろう。
私がまた逃げようとする度に、榊が傷つくのだ。
本当に悪いことをしている。
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もう少し。
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