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2.プロジェクト始動
3. 勘違いさせないで
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榊は何度も行ったのだろうか。展示会会場までの道のりを慣れた感じで私を連れて行く。
「何度も通ってるんですよね。僕が展示に協力することもありますし。今回は違いますけどね」
聞けば大学の学生たちが作成したレポートや写真を展示するようだ。
展示会会場に着くと、私より確実に若い年齢の人たちがたむろしている。
まるで大学の発表会みたいな雰囲気なので、気後れしてしまった。
「ありすさん、こっち」
榊に呼ばれて慌てて駆け寄る。
「すごいですね、若い人ばかりでちょっとびっくりしました」
「まあ学生たちの発表会みたいなもんですからねー。あと異業種交流会も兼ねてるので」
いわゆる出会いの場でもあるそうだ。
いかにも研究してなさそうな可愛い子たちも来ていたのはそのせいだろう。
「榊さん!」
遠くから手を振る姿が見えた。
学生らしき女の子のようだ。
嬉しそうにはにかみながら、榊に駆け寄る。
「嬉しい! 来てくれたんですね」
ぶりっ子しながら、榊に上目遣いで見る女の子はとても可愛く、気合を入れておしゃれしてきたのがよく分かるような服装だった。
はち切れんばかりの張りと艶が私を圧倒させる。
ウエストも細く、出るとこは出ている。
その可愛い目が私の方に向けられていることに気づき、はっと我に返る。
「誰ですか?」
表情はそのままでも、言葉に棘がある。
敵意を見せられて、私はたじろいだ。
「あー、今度のプロジェクトの責任者だよ。鷲尾さんっていうの。失礼のないようにね」
「あ! そうだったんですね! すみません」
女の子はほっとして、私に優しい笑みを向けて小さくお辞儀をした。
誤解は解けたようで、こちらもお辞儀を返して敵ではないことをアピールしておいた。
ややあってから、他の女の子たちがやってきて、異口同音に榊さん、と呼ぶ。
若い女の子たちにすごくモテてる……。
やっぱりさっきのは私の勘違いだったんだ。
きっとそう。
やだもう、私を勘違いさせないで……。
びっくりしちゃったじゃないの。
浮かれまくって暴走しなくて良かった。
ホッと胸を撫で下ろしたところで、私は展示されているものをじっくりと見ていく。
本当に出会いの場化してるのか、じっくりと見ている人はほぼいなかった。
「興味あるんですか?」
横から声をかけられて振り返ると、少し若めの男性がニコニコとしながら立っている。
「あ……、えっと、今度会社のプロジェクトで、カンボジアに協力支援することになりまして……。その勉強に参りました」
「あ、君が榊君の?」
「あ、はい。榊さんとお知り合いですか?」
見たところ年の差はそこまでではなさそうだが……どんな関係なのだろう、と思っていることを見抜かれたのか、男性は身分を明かしてきた。
「すみません、僕は慶應の開発学で教えている信田といいます」
「あ、先生でしたか」
「榊君もそこで出ましてね。ご存知でしたか」
尋ねられて、私は頭を振った。
「いいえ、こないだ初めて会ったばかりで何にも知らなくて。恥ずかしいことにカンボジアのことも何も存じないので、慌てて勉強しているとこなんです」
信田はそうだったんですね、とニコニコ顔で相槌を打った。
「それにしてもすごいですね、榊さん。みんなにすごく慕われていて」
「いやーあいつは特別ですよ」
「特別って?」
何のことだろう、と不思議に思って信田に尋ねたが、信田は笑みを顔に貼り付けたまま、「まあそのうち分かるでしょうよ」と皮肉めいたことを口にした。
「それよりもどうですか? カンボジアのことを知りたいのであれば、僕が教えますけど。専門ですしね」
「そうなんですか? ぜひお願いしたいです」
「信田先生!」
私と信田の間に割り込んできたのは榊だった。
榊は眉を顰めて、「信田先生、お久しぶりです」と言った。
榊が私を隠すように信田の前に立ちはだかる。
「鷲尾さんに何を言ったんですか?」
ピリッとした空気が漂い始めた。
この二人には因縁でもあるのだろうか。
「いいえ? カンボジアのことを知りたいようだったから僕が直々に教えますよって言っただけだよ?」
すると榊の口から小さく舌打ちするような音が聞こえた。
「それは有難いんですが、先生もお忙しいんですからどうぞ構わないでください」
「フッ……、鷲尾さんが困ってるよ?」
私は本当に困っている。
どうしてこんな気まずい雰囲気になるのか訳がわからない。
榊が振り返って、「すみません」と申し訳なさそうに謝ってきた。
榊に説明してもらいながら、カンボジアのことを勉強する。
カンボジアも最貧国の一つであり、教育も医療も何もかもが遅れている。
特に子供たちの労働問題は深刻であり、学校もままならないそうだ。
そう聞くといかに自分が受けた文化教養レベルがいかに高いかがよく分かる。
親はいい親ではなかったが、経済的にも学歴的にも申し分がない。
私を大学まで出してくれたことだけは感謝しようと思う。
「小学校もままならないほどなんですね。同じアジアにあって、近いのに……」
自分の無知を恥じます、と力無く笑う。
「僕のやっていることなんて、偽善にすぎません。でもやらずにいられないんですよね。これを、悪く言えば罪悪感をなすりつけている感じですかね」
「そんなこと……。それを言ったら私の仕事なんてもうとてもとても」
そう言いかけた時に、女の子たちがわっと榊を取り囲んだ。
「榊さん、この後時間がありますか? 飲み会があるんですけど」
そう言いながら榊の腕に絡んで、大きな胸を押し付けている。
榊は苦笑いをして「いや、申し訳ないけど予定があるんだ」とその腕をそっと解いて離れる。
「もしかして、彼女とデートですか!?」
カマをかけたつもりだろうが、榊の顔がビンゴとも取れるような表情をした時はショックを受けたようだ。
「ごめんね。じゃあまた」
榊が私のところに戻ってくると、申し訳なさそうに「すみません」と手を合わせてきた。
「私のことは良いんですけど……。大丈夫なんですか? この後のお食事、また今度でもいいんですよ?」
「いや、こっちの方が大切なんで。行きましょう」
きっぱりと言い切る榊に不覚にもときめいてしまう。
ときめいたらダメなのに、心臓がうるさい。
こんなにもハッキリと言い切るのは、よほどのことだと経験上知っているからだ。
男にとって優先度が高ければ、本当に重要事項なのである。
若くて可愛い子に囲まれるより、私と二人きりの食事の方が大事だとハッキリと言い切ったのだから。
ときめかない方がおかしいのだ。
勘違いさせないで、本当に。
榊が前を歩いている間に、必死に赤面した顔を元に戻すために心を落ち着けようとする。
「ありすさん」
急に振り返られてしまい、私の赤面した顔を見られてしまう。
「は、はいっ!」
「タクシーで行きましょう。少し離れているので、ありすさんを歩かせるのは申し訳ないですし」
「え、良いですよ! たくさん歩いても大丈夫なような靴を選んできましたし!」
「それでも歩かせたくないので。タクシーを拾うんでちょっと待ってくださいね」
めちゃくちゃ女性扱いしてくれるのがとても嬉しい。
会社では女だてらに仕事をしまくりで実績を上げてきたせいで、男性からはあまり女性扱いされなくなってきたからだ。
お局様化ならまだいい。女性名詞だからだ。
しかし、そうとも言えないような扱いをされつつあるのが私の現状だ。
「榊さん、ありがとうございます」
ふふっと榊に笑いかけると、榊が照れくさそうにはにかんだ。
「何度も通ってるんですよね。僕が展示に協力することもありますし。今回は違いますけどね」
聞けば大学の学生たちが作成したレポートや写真を展示するようだ。
展示会会場に着くと、私より確実に若い年齢の人たちがたむろしている。
まるで大学の発表会みたいな雰囲気なので、気後れしてしまった。
「ありすさん、こっち」
榊に呼ばれて慌てて駆け寄る。
「すごいですね、若い人ばかりでちょっとびっくりしました」
「まあ学生たちの発表会みたいなもんですからねー。あと異業種交流会も兼ねてるので」
いわゆる出会いの場でもあるそうだ。
いかにも研究してなさそうな可愛い子たちも来ていたのはそのせいだろう。
「榊さん!」
遠くから手を振る姿が見えた。
学生らしき女の子のようだ。
嬉しそうにはにかみながら、榊に駆け寄る。
「嬉しい! 来てくれたんですね」
ぶりっ子しながら、榊に上目遣いで見る女の子はとても可愛く、気合を入れておしゃれしてきたのがよく分かるような服装だった。
はち切れんばかりの張りと艶が私を圧倒させる。
ウエストも細く、出るとこは出ている。
その可愛い目が私の方に向けられていることに気づき、はっと我に返る。
「誰ですか?」
表情はそのままでも、言葉に棘がある。
敵意を見せられて、私はたじろいだ。
「あー、今度のプロジェクトの責任者だよ。鷲尾さんっていうの。失礼のないようにね」
「あ! そうだったんですね! すみません」
女の子はほっとして、私に優しい笑みを向けて小さくお辞儀をした。
誤解は解けたようで、こちらもお辞儀を返して敵ではないことをアピールしておいた。
ややあってから、他の女の子たちがやってきて、異口同音に榊さん、と呼ぶ。
若い女の子たちにすごくモテてる……。
やっぱりさっきのは私の勘違いだったんだ。
きっとそう。
やだもう、私を勘違いさせないで……。
びっくりしちゃったじゃないの。
浮かれまくって暴走しなくて良かった。
ホッと胸を撫で下ろしたところで、私は展示されているものをじっくりと見ていく。
本当に出会いの場化してるのか、じっくりと見ている人はほぼいなかった。
「興味あるんですか?」
横から声をかけられて振り返ると、少し若めの男性がニコニコとしながら立っている。
「あ……、えっと、今度会社のプロジェクトで、カンボジアに協力支援することになりまして……。その勉強に参りました」
「あ、君が榊君の?」
「あ、はい。榊さんとお知り合いですか?」
見たところ年の差はそこまでではなさそうだが……どんな関係なのだろう、と思っていることを見抜かれたのか、男性は身分を明かしてきた。
「すみません、僕は慶應の開発学で教えている信田といいます」
「あ、先生でしたか」
「榊君もそこで出ましてね。ご存知でしたか」
尋ねられて、私は頭を振った。
「いいえ、こないだ初めて会ったばかりで何にも知らなくて。恥ずかしいことにカンボジアのことも何も存じないので、慌てて勉強しているとこなんです」
信田はそうだったんですね、とニコニコ顔で相槌を打った。
「それにしてもすごいですね、榊さん。みんなにすごく慕われていて」
「いやーあいつは特別ですよ」
「特別って?」
何のことだろう、と不思議に思って信田に尋ねたが、信田は笑みを顔に貼り付けたまま、「まあそのうち分かるでしょうよ」と皮肉めいたことを口にした。
「それよりもどうですか? カンボジアのことを知りたいのであれば、僕が教えますけど。専門ですしね」
「そうなんですか? ぜひお願いしたいです」
「信田先生!」
私と信田の間に割り込んできたのは榊だった。
榊は眉を顰めて、「信田先生、お久しぶりです」と言った。
榊が私を隠すように信田の前に立ちはだかる。
「鷲尾さんに何を言ったんですか?」
ピリッとした空気が漂い始めた。
この二人には因縁でもあるのだろうか。
「いいえ? カンボジアのことを知りたいようだったから僕が直々に教えますよって言っただけだよ?」
すると榊の口から小さく舌打ちするような音が聞こえた。
「それは有難いんですが、先生もお忙しいんですからどうぞ構わないでください」
「フッ……、鷲尾さんが困ってるよ?」
私は本当に困っている。
どうしてこんな気まずい雰囲気になるのか訳がわからない。
榊が振り返って、「すみません」と申し訳なさそうに謝ってきた。
榊に説明してもらいながら、カンボジアのことを勉強する。
カンボジアも最貧国の一つであり、教育も医療も何もかもが遅れている。
特に子供たちの労働問題は深刻であり、学校もままならないそうだ。
そう聞くといかに自分が受けた文化教養レベルがいかに高いかがよく分かる。
親はいい親ではなかったが、経済的にも学歴的にも申し分がない。
私を大学まで出してくれたことだけは感謝しようと思う。
「小学校もままならないほどなんですね。同じアジアにあって、近いのに……」
自分の無知を恥じます、と力無く笑う。
「僕のやっていることなんて、偽善にすぎません。でもやらずにいられないんですよね。これを、悪く言えば罪悪感をなすりつけている感じですかね」
「そんなこと……。それを言ったら私の仕事なんてもうとてもとても」
そう言いかけた時に、女の子たちがわっと榊を取り囲んだ。
「榊さん、この後時間がありますか? 飲み会があるんですけど」
そう言いながら榊の腕に絡んで、大きな胸を押し付けている。
榊は苦笑いをして「いや、申し訳ないけど予定があるんだ」とその腕をそっと解いて離れる。
「もしかして、彼女とデートですか!?」
カマをかけたつもりだろうが、榊の顔がビンゴとも取れるような表情をした時はショックを受けたようだ。
「ごめんね。じゃあまた」
榊が私のところに戻ってくると、申し訳なさそうに「すみません」と手を合わせてきた。
「私のことは良いんですけど……。大丈夫なんですか? この後のお食事、また今度でもいいんですよ?」
「いや、こっちの方が大切なんで。行きましょう」
きっぱりと言い切る榊に不覚にもときめいてしまう。
ときめいたらダメなのに、心臓がうるさい。
こんなにもハッキリと言い切るのは、よほどのことだと経験上知っているからだ。
男にとって優先度が高ければ、本当に重要事項なのである。
若くて可愛い子に囲まれるより、私と二人きりの食事の方が大事だとハッキリと言い切ったのだから。
ときめかない方がおかしいのだ。
勘違いさせないで、本当に。
榊が前を歩いている間に、必死に赤面した顔を元に戻すために心を落ち着けようとする。
「ありすさん」
急に振り返られてしまい、私の赤面した顔を見られてしまう。
「は、はいっ!」
「タクシーで行きましょう。少し離れているので、ありすさんを歩かせるのは申し訳ないですし」
「え、良いですよ! たくさん歩いても大丈夫なような靴を選んできましたし!」
「それでも歩かせたくないので。タクシーを拾うんでちょっと待ってくださいね」
めちゃくちゃ女性扱いしてくれるのがとても嬉しい。
会社では女だてらに仕事をしまくりで実績を上げてきたせいで、男性からはあまり女性扱いされなくなってきたからだ。
お局様化ならまだいい。女性名詞だからだ。
しかし、そうとも言えないような扱いをされつつあるのが私の現状だ。
「榊さん、ありがとうございます」
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