絶対好きにならないはずなのに

ジカ

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2.プロジェクト始動

2. 気のせい?

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 返事をするとすぐにラインが返ってきた。
『早速なんですが、週末会えますか?』
 怪訝に思ったが、カンボジアまで一ヶ月くらいしかないし、仕事での進捗内容や計画など擦り合わせたいのだろうか、と思って快諾の返事を出した。

『良かったです。たまたまなんですが、カンボジアの文化展示会のチケットが2枚あるので、もし良かったら行く前に少しでも知っておけばと思いまして』

 ほらやっぱり仕事がらみだったじゃん、と自分に突っ込んだが、ほんのわずかに落胆している自分をなかったことにしたことに、私は気づいていながらも気づかないふりをした。

 若い男とラインするなんて今まで一度もなかったからだろう。
 浮かれていただけ。

 社内の若い子となんて同性でも交換しない。
 10も違うと、やっぱりパワハラとかモラハラとか気にしてしまう。
 女性の立場が上であっても、だ。

 こちらの当たり前と相手の当たり前は異なるものだと日頃から気をつけているおかげか、後輩との関係性は順調……、だと私は思っている。

『そうなんですね。勉強します。分からないことだらけですし、榊さんからも学びたいと思います。』

 やはり机上の空論というべきか、本をいくら読んでも現場のリアルさに勝るものはない。
 榊から聞くのが一番だろう。

 それにしても今日の私の受け止め方がちょっと変だったな、と湯船に浸かった時に今日の出来事を振り返った。

 なんだかちょっと異性の好意、というものに久々に感じた気がして、浮かれてしまっていたようだ。
 榊という若者からの視線が熱っぽく、真っ直ぐに私を捉えて離さなかったような気がしたのだ。

 私は湯船から出て、備え付けの曇った鏡を拭き取って自分の顔をまじまじと眺める。

「……おばさんよね? うん、私はおばさん。どこからどう見てもおばさん。30も超えてない若い男が興味持つわけないんだけどな」

 ほんの少しだが、頬骨の上にうっすらとシミが出来ていることにかなりショックを受ける。

「げ、いつの間に?」

 お風呂から上がってシミ消す方法を検索しようとスマホを取り出すと、榊からの返事が来ていた。

『文化展示会の後にご飯食べに行きませんか?』

 デートのお誘いみたい、とまたもや浮かれそうになったが、シミのことを思い出して我に返る。

『良いですよ。近くのレストランで食べましょうか。』

『僕のおすすめの店があるんで、予約しておきます! 会えるのを楽しみにしてます。』

 本当にデートの約束と勘違いしてしまいそうなやり取りだ。
 罪な男だな、と榊とのやり取りを眺めながらため息をついた。

 ものすごくイケメンというわけでもないが、人懐こさから母性やら何やらが働いて好感度が上がってしまうという謎の力が働いてしまっている。

「ま、いいか。たまにはうんと若い子と楽しんだって。それが仕事であっても……ね?」

 なんとも言えない感情がむっくりと顔を出してきそうなところを無理やり押し込んで、ドライな自分を演じる。

 ワリキリ、という言葉を私の脳裏を掠めた。

「いやいや……」

 苦笑して、シミの消し方を検索し始めた。

 ——————————

 当日、朝の10時に駅前で待ち合わす予定だったのだが、思った以上に早く着いてしまった。
 時間を潰すためのちょうどいい塩梅のカフェがあればいいんだけど、とキョロキョロと見回す。
 改札口を出て1分のところにこぢんまりとした個人経営の喫茶店があったので、そこに入った。

 ぷんと匂うタバコの煙。
 純喫茶店だから喫煙OKなのがまだスタンダードなのだろう。
 しまったな、と店を出ようにも出られなくて、空いている席がないかと見回す。

「「あ」」

 そこにいたのは榊だった。
 コーヒーを啜ろうとしていたところに、私と目が合って声を漏らした。

 榊はコーヒーカップを置いて照れくさそうに立ち上がった。

「早く来ちゃって…ここで時間を潰そうと思ってたんです。あ、席どうぞ。少しコーヒー飲んでから行きましょうか」
「ここは初めてなので早めに到着して待っていようと思ったら30分も早く着いちゃって」
 私が榊の向かいの席に腰を落ち着けると、店員がオーダーを取りに来た。

「コーヒーを一つください」

「ありすさん、今日はなんだか違う雰囲気ですね。前会った時はスーツだったからでしょうか?」

 ありすさん、と不意に呼ばれてドキッとする。

 私たちは下の名前で呼び合う親密な関係でもなく、会うのが2回目な関係だ。

「あ……すみません、気安く下の名前で呼んじゃって……。鷲尾さんと呼ぶよりありすさん、と呼ぶ方が親しみを感じるかなと思って。ダメですかね…?」

 榊の人懐こい笑顔を見せられると、拒否ができなくなる。

「し……、仕事ではちゃんと苗字で呼んでくださいね……?」
「えっ? じゃあ今はプライベートな時間ってことで、遠慮なくありすさんと呼ばせてもらいますね!」

 馴れ馴れしいのか若者特有のフレンドリーさ、距離の詰め方なのかよく分からない。

 若者のルールに委ねればうまく行くかもしれない。
 私はそう考えた。

「普段の週末はどのようにして過ごされるんですか?」
 榊にプライベートな質問をされるとは思っていなかったので面食らった。

「あー……、そうですね。特に何もしてないような。思い当たるとすれば仕事の資料読みとかぐらいかな、と思います」
「へえ、趣味とかはされないんですか?」
「趣味らしいものはないんです。強いて言えば美味しいものを食べることくらいで」
「料理はしますか?」
 なんだかこの子グイグイくるな、と戸惑いつつも聞かれたことに対して答えていく。
「全くしません。作れなくはないんですが、面倒くさくて」
「そうなんですね!」
「榊さんはしますか?」

 私が質問したことによって、彼の顔がパッと明るくなる。

「はい! します。料理好きなんですよね。いつかありすさんに食べてもらいたいなあ」

 意味深な発言だが、社交辞令と受け取っておこう。勘違いしてはいけない。
 若者としてのマナーなのかもしれないのだから。

「あら、それは嬉しいですね。どんな料理なのか今から楽しみにしておきますね」
「きっとすぐに食べられると思いますよ」
「それは楽しみです」

 私のコーヒーを飲み切ったタイミングで、榊が立ち上がった。
「そろそろ行きましょう」
 榊がそのまま店を出ようとするので、私は慌てて「お会計がまだ……!」と言いかけると、店員が「いえ、もうすでにお支払いいただきました」と話しかけてきた。

 聞けば私がお手洗いに行っている隙に支払ったようだ。

 少し混乱した私は、榊を追いかけた。
「あの、コーヒー代……」
「あ、いいですよ。今日のデートは僕から誘いましたし」
「え、あの……、ありがとうございました?」
 いや、その前にものすごく気になる言葉を言ったのが、突っ込むタイミングを完全に失ってしまった。

 デート?
 デートって言ったよな?
 ん? 聞き間違い?
 それか彼の言い間違いか?

 なんにせよ何かの間違いだったということで片付けた方がいい。

 なぜなら。

 会って2回目だし、初回はたったの2時間くらいの打ち合わせ、それも複数人でだ。

 万が一デートだとしても気が早すぎる。

 よし、何かの間違いだろう。
 うっかり勘違いして浮かれポンチになるところだった。危ない危ない。

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