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2.プロジェクト始動
1.顔合わせ
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プロジェクトを始動させるからには、まずは挨拶しなければならない。
私は小塚を連れてフューチャーロード事務所に赴いた。
東京の山手線駅にあるとはいえ、ちょっと廃れたような場所にその事務所がある。
彼らにとっては事務所はただのおまけであり、メインとなる活動は海外なのだから――、となぜか自分に言い聞かせながら廃墟並みにボロボロのビルの中に入った。
三階にあるようだ。
エレベーターもないようなところだ。
ぷんとほこり臭い、不快な匂いが私の鼻を掠める。
「臭いですね……」
小塚も同じ感想を持ったらしく、私は黙ったまま横に振った。
部屋は三つあるようだ。
その一番奥にあるのが、フューチャーロードのようだ。
私は一息ついてから、ドアをノックする。
奥から男性が返事をする声が聞こえてきた。おずおずとドアを開けると、スナックやカップラーメンのようなきつい匂いが漂ってきた。
「あっ、どうぞーっ! お待ちしておりましたぁ」
若い男性がにこやかに私たちの方を向いて言った。
「理事長の臼田っす!」
かなり若い男性だ。髪の毛はぼさぼさで、無精ひげを生やしている。さっきまでカップラーメンを食べていたようだ。テーブルの上に濃い色をしたカップラーメンが置かれている。
なんとなく社会人としてのマナーが全くなっていないような雰囲気に、私はたじろぐ。
どうしよう、とまごついていると、遠くから階段を駆け上る足音が聞こえてきた。
バタバタと音がだんだんと大きくなってくる。
「すみません!! 遅れました」
「あっ……」
小塚の後ろに申し訳なさそうにカバンを抱えて立っているもう一人の若い男性。
「副理事の榊です。すみません、前の予定が押してしまって遅れてしまいました」
榊と名乗った男性もまた若い肌をしている。
恐らくまだ三十を越してないだろうか。小塚の方がまだ老けて見えるのが不思議だった。
「あの……臭いですよね、すみません」
榊はメガネの位置を正した後、すみません、と低姿勢で私たちの横を横切る。
「今から片付けるので、少々お待ちを……あっ、すみません、暑いですよね。エアコンもつけますので!」
普段は扇風機で暑さをしのいでいるのだろうか。
貧乏団体ではならのあるあるだろう。
「いえいえ、お構いなく」
理事長の臼田はさっきつけたエアコンの送風口の前に立って「涼しい~」とのんびりと立っている。
「臼田、お茶を淹れて」
テーブルの上を片付けて布巾で上を拭きながら、臼田に向かって言った。
「はいは~い」
超がつくほどのマイペースな人だ。
こんなんでやっていけるのだろうか、と強い不安感が脳裏を掠めた。
そっと小塚を見ると、彼もまた同じ気持ちらしく、苦々しい顔で二人の様子を眺めている。
「大変お待たせいたしました。どうぞ、お座りください」
応接間らしき椅子とテーブルは粗末なものだったが、私は気を取り直して椅子の上をぱっぱと振り払って汚れてないかを確認した。
「すみません、きれいなお召し物なのに」
私が椅子に腰掛けようとした瞬間に榊が横から話し掛けてきたので、一瞬だけ顔が近かった。
「あ、いえ……」
榊の肌がとても若々しくきめ細かい肌をしているのを見逃さなかった。
小塚も続いて椅子に腰掛けると、榊も臼田も向かい合って座る。
「初めまして、株式会社ティンパニーの鷲尾と申します」
私が再び立ち上がって名刺を差し出すと、榊も臼田も慌てて立ち上がってそれぞれの名刺を渡してきた。
こういう名刺交換の瞬間が結構苦手だ。
何とも言えない、刹那の間。
どうリアクションすれば正しいのか、懸命に考えても答えが見つからないような、そんな曖昧な間。
結局硬い笑みのまま相手の名刺を受け取り、テーブルの上に並べる。
「これからプロジェクト実現のために、ご協力いただけるとのことでありがとうございます。さて、そのプロジェクトの計画書ですが……」
あらかじめ作成してあった計画書を二人に渡し、目を通してもらった。
「……ということで、よろしいでしょうか。ご協力いただくので、プロジェクト着手の間の諸費用は弊社が負担させていただくということで」
「はい、ありがとうございます」
榊が計画書を置いて、スマホを取り出した。
「あの、差し支えなければ、ライン、交換していただけませんか? 緊急時の連絡とか……やっぱ、メールだけだと心細いので」
「あ……」
いくつかのプロジェクトに携わってきたが、ラインを交換したことなどない。
ちょっと困っていると、小塚が「じゃあグループラインで」と助け舟を出してくれたおかげで事なきを得た。
「そうですね、グループラインだったら情報共有もすぐに出来そうですしね」
榊はにっこりと笑い、「じゃあ招待お願いします」と私の前にQRコードを差し出してきた。
「はいはーい。登録しますね」
小塚が割り込んできて、榊のアカウントを登録した。
そして素早くグループを作成し、小塚は私と榊を招待し、榊が臼田を招待した。
「ワガママを言ってすみません。ありがとうございます」
「いえいえ、若者らしいなーって思いましたよ」
小塚がそう言いながら、『宜しくお願い致します』とラインを打ってきた。
「失礼ですけど、おいくつなんですか?」
小塚が苦笑いしながら榊に訊ねた。
「僕ですか? 28です」
榊がそう答えると、私は思わず小さな声で「わかっ……」と呟いてしまった。
「未熟者ですけど、頑張ります」
聞かれてしまったようで、榊が私の方に向かって照れ笑いをする。
「へえーじゃあオレの6つ下かあ」
「そうなんですね」
榊はニコニコしながら相槌を打った。
ほとんど一回り下の榊に対して、少しは若さを分けてもらえるかもしれないな、と軽く考えていた私だった。
肌は当然ながら若く、張りがある。
メガネの奥にある瞳はピュアな少年の目をしていた。
穢れをそんなに知らないで生きてこられたのかもしれない。
パーマかと思ったがどうやら天然らしく、変な方向にくるんと巻かれている毛が所々あるヘアスタイルだった。
笑うと結構可愛い感じの少年っぽくなるので、あまり男として感じられなかった。
「これからも宜しくお願い致します。こまめに会えればいいなと思うんですけど。カンボジアに行くまで一ヶ月しかないですし……」
榊がそう言うと、私は「そうですね、細かいところの打ち合わせを何度かしたいと思ってますので」と答えた。
そしてその夜、榊から個人ラインが届いた。
『鷲尾さん、これからも宜しくお願い致します。榊』
まだ友達になっていないので、表示には「友達ではないユーザーです」とある。
その下に追加、ブロック、通報の三つのボタンがあるが、私は仕方なく追加のボタンを押した。
『こちらこそ宜しくお願い致します』
とだけ返した。
私は小塚を連れてフューチャーロード事務所に赴いた。
東京の山手線駅にあるとはいえ、ちょっと廃れたような場所にその事務所がある。
彼らにとっては事務所はただのおまけであり、メインとなる活動は海外なのだから――、となぜか自分に言い聞かせながら廃墟並みにボロボロのビルの中に入った。
三階にあるようだ。
エレベーターもないようなところだ。
ぷんとほこり臭い、不快な匂いが私の鼻を掠める。
「臭いですね……」
小塚も同じ感想を持ったらしく、私は黙ったまま横に振った。
部屋は三つあるようだ。
その一番奥にあるのが、フューチャーロードのようだ。
私は一息ついてから、ドアをノックする。
奥から男性が返事をする声が聞こえてきた。おずおずとドアを開けると、スナックやカップラーメンのようなきつい匂いが漂ってきた。
「あっ、どうぞーっ! お待ちしておりましたぁ」
若い男性がにこやかに私たちの方を向いて言った。
「理事長の臼田っす!」
かなり若い男性だ。髪の毛はぼさぼさで、無精ひげを生やしている。さっきまでカップラーメンを食べていたようだ。テーブルの上に濃い色をしたカップラーメンが置かれている。
なんとなく社会人としてのマナーが全くなっていないような雰囲気に、私はたじろぐ。
どうしよう、とまごついていると、遠くから階段を駆け上る足音が聞こえてきた。
バタバタと音がだんだんと大きくなってくる。
「すみません!! 遅れました」
「あっ……」
小塚の後ろに申し訳なさそうにカバンを抱えて立っているもう一人の若い男性。
「副理事の榊です。すみません、前の予定が押してしまって遅れてしまいました」
榊と名乗った男性もまた若い肌をしている。
恐らくまだ三十を越してないだろうか。小塚の方がまだ老けて見えるのが不思議だった。
「あの……臭いですよね、すみません」
榊はメガネの位置を正した後、すみません、と低姿勢で私たちの横を横切る。
「今から片付けるので、少々お待ちを……あっ、すみません、暑いですよね。エアコンもつけますので!」
普段は扇風機で暑さをしのいでいるのだろうか。
貧乏団体ではならのあるあるだろう。
「いえいえ、お構いなく」
理事長の臼田はさっきつけたエアコンの送風口の前に立って「涼しい~」とのんびりと立っている。
「臼田、お茶を淹れて」
テーブルの上を片付けて布巾で上を拭きながら、臼田に向かって言った。
「はいは~い」
超がつくほどのマイペースな人だ。
こんなんでやっていけるのだろうか、と強い不安感が脳裏を掠めた。
そっと小塚を見ると、彼もまた同じ気持ちらしく、苦々しい顔で二人の様子を眺めている。
「大変お待たせいたしました。どうぞ、お座りください」
応接間らしき椅子とテーブルは粗末なものだったが、私は気を取り直して椅子の上をぱっぱと振り払って汚れてないかを確認した。
「すみません、きれいなお召し物なのに」
私が椅子に腰掛けようとした瞬間に榊が横から話し掛けてきたので、一瞬だけ顔が近かった。
「あ、いえ……」
榊の肌がとても若々しくきめ細かい肌をしているのを見逃さなかった。
小塚も続いて椅子に腰掛けると、榊も臼田も向かい合って座る。
「初めまして、株式会社ティンパニーの鷲尾と申します」
私が再び立ち上がって名刺を差し出すと、榊も臼田も慌てて立ち上がってそれぞれの名刺を渡してきた。
こういう名刺交換の瞬間が結構苦手だ。
何とも言えない、刹那の間。
どうリアクションすれば正しいのか、懸命に考えても答えが見つからないような、そんな曖昧な間。
結局硬い笑みのまま相手の名刺を受け取り、テーブルの上に並べる。
「これからプロジェクト実現のために、ご協力いただけるとのことでありがとうございます。さて、そのプロジェクトの計画書ですが……」
あらかじめ作成してあった計画書を二人に渡し、目を通してもらった。
「……ということで、よろしいでしょうか。ご協力いただくので、プロジェクト着手の間の諸費用は弊社が負担させていただくということで」
「はい、ありがとうございます」
榊が計画書を置いて、スマホを取り出した。
「あの、差し支えなければ、ライン、交換していただけませんか? 緊急時の連絡とか……やっぱ、メールだけだと心細いので」
「あ……」
いくつかのプロジェクトに携わってきたが、ラインを交換したことなどない。
ちょっと困っていると、小塚が「じゃあグループラインで」と助け舟を出してくれたおかげで事なきを得た。
「そうですね、グループラインだったら情報共有もすぐに出来そうですしね」
榊はにっこりと笑い、「じゃあ招待お願いします」と私の前にQRコードを差し出してきた。
「はいはーい。登録しますね」
小塚が割り込んできて、榊のアカウントを登録した。
そして素早くグループを作成し、小塚は私と榊を招待し、榊が臼田を招待した。
「ワガママを言ってすみません。ありがとうございます」
「いえいえ、若者らしいなーって思いましたよ」
小塚がそう言いながら、『宜しくお願い致します』とラインを打ってきた。
「失礼ですけど、おいくつなんですか?」
小塚が苦笑いしながら榊に訊ねた。
「僕ですか? 28です」
榊がそう答えると、私は思わず小さな声で「わかっ……」と呟いてしまった。
「未熟者ですけど、頑張ります」
聞かれてしまったようで、榊が私の方に向かって照れ笑いをする。
「へえーじゃあオレの6つ下かあ」
「そうなんですね」
榊はニコニコしながら相槌を打った。
ほとんど一回り下の榊に対して、少しは若さを分けてもらえるかもしれないな、と軽く考えていた私だった。
肌は当然ながら若く、張りがある。
メガネの奥にある瞳はピュアな少年の目をしていた。
穢れをそんなに知らないで生きてこられたのかもしれない。
パーマかと思ったがどうやら天然らしく、変な方向にくるんと巻かれている毛が所々あるヘアスタイルだった。
笑うと結構可愛い感じの少年っぽくなるので、あまり男として感じられなかった。
「これからも宜しくお願い致します。こまめに会えればいいなと思うんですけど。カンボジアに行くまで一ヶ月しかないですし……」
榊がそう言うと、私は「そうですね、細かいところの打ち合わせを何度かしたいと思ってますので」と答えた。
そしてその夜、榊から個人ラインが届いた。
『鷲尾さん、これからも宜しくお願い致します。榊』
まだ友達になっていないので、表示には「友達ではないユーザーです」とある。
その下に追加、ブロック、通報の三つのボタンがあるが、私は仕方なく追加のボタンを押した。
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