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プロローグ

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 魔王の名はドラクロワ。
 この星をほぼ掌握していた。

 彼の一応の敵対勢力であるところの人間族、また、それらと協定関係にある亜人種の者達も、もはや数年前から全く脅威ではなくなっていた。

 彼の統治するこの星。

 そのある程度の社会・文明の栄えた大陸。その各地の要所要所には、魔王配下の選りすぐりの強力な魔族である、魔戦将軍達の常駐する城が多数築かれ、また荒野から山岳に至るまで強力な魔物達も配置済みであり、それらの指揮系統の管理・保全の全ては有能な幹部達に任せていた。
 
 だが、それらの頂点たる魔王ドラクロワは、日々、何とも言えぬ焦燥にも似た、堪(た)えがたき退屈と不満とを感じていた。

 なぜなら、もはやこの星の有り様とは、クリアして最高レベルに達し、やり混み要素も追求し尽くしたゲームのようなもの。

 つまり、今や絶対覇者・天下人である彼としては、今更特段、改めて挑まねばならない課題や未達成な目的など、ほぼ無いのだ。

 流石は魔王様!最高です!!お強いです!!などは、もはや当たり前過ぎて誰も言わなくなって久しい。
 かといって自分から、我を褒め称えよ!とはプライドが邪魔して言えない。
 
 それでは、と、気まぐれに人間の王都に攻めこんで、それらを蹂躙・殲滅させてやってもよいが、人間族の全てがいなくなれば部下達は内乱を起こし出すだろう。

 そうやって人間・亜人間の冒険者達と戦うという楽しみがなくなれば、魔族、モンスター達には本当に刺激のない生活が待っている。

 そこでドラクロワはある日思い立ち、魔界伝来の最強の装備群と魔具類とを持ち出し、飽くまで素性を隠し、そこそこに拓(ひら)けた地方の街、ここジュジオンの冒険者ギルドに訪れていた。


 この"冒険者ギルド"とは、人類の共通の怨敵である魔王の討伐を志す者たちへ、有用な情報提供や、パーティ(少数精鋭チーム)の編成案内、クエスト(依頼・仕事)の斡旋などを行う王立の組合である。


 そして、このジュジオンにおいては、眼帯で皮鎧、毛むくじゃらのゴツいのが、街のギルド支部長であった。

 「よーし、お疲れさん。んじゃ、これで一応、登録の方は完了したぜ。
 えーと、あぁドラクロワか。うん、これでめでたく、あんたも今日から冒険者ってぇ訳だな。
 ま、焦るこたぁねえが、これから先、魔法を身に付けたければ魔術師ギルド、剣術なら戦士ギルド、罠の解除とかなら盗賊ギルドと、このジュジオンにもそれなりにそろってっから、職業のレベルを上げたければ、コツコツ金を貯めて行ってみるんだな。
 ま、この大陸に住む人間なら、今更こーんな説明は要らねぇか。
 うんうん。あー、あんたの方から何か質問とかあるかい?」

 ドラクロワは禍々しいデザインの暗黒色の甲冑の腕を組んで、美しい白い顔のアゴを撫でていた、が 
 「ウム。そうだな。欲しいものがある」
 と静かに答えた。

 「ん?あんだぁ?ちょいと見たところ、鎧も剣も真っ黒なスンゲーの持ってるじゃねぇか。あぁアレか、親父の形見ってぇとこか?
 うんうん。ま、遠慮しねぇで言ってみな。あんたら冒険者の相談にバッチシ乗ってやるのが俺の仕事だ」
 そう胸を張る汚い髭面は実に頼もしかった。

 「そうだな。一番弱い仲間が欲しい。」

 「はっ!?弱い?オイオイ、ソコは強えーの間違いだろ?
 よーし分かった、直ぐにひまこいてる、」

 「いや、間違えてはおらん。レベル最弱の戦士と魔法使い、それと……盗賊か。
 ウム。どれもこれも見てくれの良い女がいい」
 そう言うと、ドラクロワは漆黒の手甲を握って拳骨を作り、それを無造作に前へと突き出し、受付カウンターの上にそれを乗せた。

 そして、拳が開くと金属音。

 カッ!チャリン!チャリン!

 それを認めた支部長の片目は最大に見開かれた。

 「うおっ!?コココ、コリャ!プ、プ、プラチナ硬貨じゃねーか!?
 へっぇー!俺は生まれて初めて見たぜっ!ハハァーン、こいつがたった一枚で新築一軒は買えるっつうヤツだな!?
 んんっ?つーか、なーんで新米冒険者のあんたが、こんなのを五枚も持ってんだぁ?
 それによ、幾らここが田舎街でも、こんなモノは気安く人前に出すモンじゃねぇぞ?
 ンとに無用心だなーあんた……」
 下方からのプラチナの照り返しでオヤジの汚い顔が斑(まだら)に輝いた。

 ドラクロワは顔にかかった、真ん中で分けたアッシュの長い髪を脇へと去らせ
 「ウム。これは全部お前にくれてやるから、代わりに俺が先程言った条件に見合う仲間を紹介しろ」
 そう無感情に話す、完全無欠なる魔的美貌の暗黒貴公子であった。

 これにオヤジは無精髭にまみれた喉を、ゴクリと鳴らし
 「バババ!バッカ言ってんじゃねぇよ!!
 天下の冒険者ギルドは王様から許可をもらってやってんだっ!
 こぉんな賄賂みたいなのは絶っ対に受け取れねぇ!!す、直ぐにしまってくれっ!こんなのはあんまり目の毒ってヤツだぜっ!」
 眼前に節くれだった深爪の両の五指を開き、さも眩しそうにプラチナへとかざしながら、輝く五つの欲望らから顔を背ける。

 これを見た、陶磁器のような白い肌の美男は僅かに眉根を寄せ
 「フム、人間とはこれの為なら親をも殺す、そんな生き物ではなかったのか?」

 「はっ?あんだってぇ!?」

 「フフフ……いや、こっちの話だ。
 デ、アルカ。ではこうしよう、俺は断じてこれらをお前にくれてやったのではない。
 俺はこれを"落とした"のだ。だが、俺はプラチナなど幾らでも持っているから気にしてはいない。 
 ウム。まぁこんなところでどうだ?
 まぁそういう事だから、見てくれの良い仲間を頼むぞ」
 そう言うと、さも満足そうに小刻みにうなずいて、美人冒険者達の召喚を催促した。

 これに、口をへの字にして、明後日の方を向いて固まっていたオヤジの顔が、デヘヘ……とばかりに弛(ゆる)んだ。

 そして、一瞬の逡巡(しゅんじゅん)らしき顔色でのまばたきが幾度かあり、オヤジは素早く五枚の硬貨を集めてポケットへしまったのである。
 それは正しく、盗賊顔負けの早業であったという。

 「んよしっ!そーいうことなら、ここは俺にバッチシまかせとけっ!!
 こうなりゃ、も、とびっきりの美人で、んでもってクッソの役にも立たねぇ、ドロッドロの最っ高に弱い女冒険者達を揃えたるぜぇっ!!」
 と喚(わめ)き、手近な木製棚から手垢にまみれた台帳を引っ張りだし、ペロッと右手の親指を舐めたかと思うと、早速、パラパラバラバラと検索作業を開始した。

 それを眺めるドラクロワは満足そうにうなずき
 「ウム。それでよい。お前が話の解る者で助かった。
 となれば……そうだな。後は、このギルドで請(う)けている最高レベルのモンスター討伐クエストを寄越せ」

 「はんっ!?今度は最高ってか!?オイオイ!?ソコは最弱じゃねーのか!?」

 「ウム。最高で間違いない」

 「そ、そーか。と、なると……だな。んま、一応レベル50のドラゴンの劣等種がボスっつー、グリーンドラゴン討伐クエストってーのがあるにはあるけど、よぉ……」
 オヤジは帳簿から顔を上げた。

 ドラクロワは最高級のアメジストに酷似した美しい瞳を天井にやり、何かを回顧するような顔となり  
 「グリーンドラゴン……。ろくに魔法も唱えられん、あの図体ばかりの鈍重な蜥蜴(トカゲ)か……。
 ウム。まぁさしあたってはそれで良かろう。
 では、そいつの棲息する巣穴までの地図を寄越せ」

 これをオヤジは鼻で笑って、握った羽ペンを振り
 「オーイちょっと待てっ!確かにあんたがスンゲー金持ちなのは認める。
 んだがよ、こー言っちゃナンだけどよー、幾ら金があってもよ、あんた、ちょっと顔の綺麗なだけのガキ、いや若もんだろぉ?
 あったりまえだけどよ、冒険者登録はついさっき済ませたとこだから、クエスト貰うのも勿論初めてだ、つまりは冒険者レベルは初心者も初心者、たったの1ってこった。
 そんなヒヨッコ素人にこいつを斡旋しちまった日にゃ、この俺は人殺しも同然だぜぇっ!?
 いーや出来ねぇっ!そりゃ出来ねぇ相談だなー!」
 
 だが、対するドラクロワは全く意に介さず
 「お前の意見などは訊(き)いておらん。
 俺は強い。黙ってそれを寄越せ」

 「いやいやいやいや!そりゃ出来ねぇ!」

 「ウム。では、俺はここで落とした金を拾わねばならんのか?
 そこのお前のポケットから」

 オヤジは脂ぎった額を、ピシャリと打って
 「だー!そーれ言っちゃうかっ!?
 んー……んー……んー……うーんうーんうーん……。
 て、だあぁ!!分かった!分かったよ!仕っ方ねぇなぁっ!もー!!
 でもな?俺ぁ知らねぇからな!?このクエスト、まともに行けば絶っ対死ぬんだぜ!?
 オイ!よーく聞いとけよ!?俺ぁな、今ここでちゃーんと忠告したかんな!?」
 そう喚きながらも、この目の前の謎の若者は、絶対死地なるグリーンドラゴンのねぐらまでには進軍せず、精々、その土地の比較的安全な場所で野良犬相手に剣でも振るって、適当に冒険者気分を満喫するつもりだろうな、と踏んでいた。

 だが、魔王ドラクロワは血も凍るような美しい笑みで
 「ウム、勝手に要らぬ心配をするでない。
 フフフ……なにせこの星には、この俺より強い生き物など存在せんのだからな……」
 と右の親指を立て、綺麗に先まで研かれた紫の爪で自らを差したという。
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