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238話 瓶は割れない方がダメージでかい

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「し、しかし旦那、な、なんたって、そんなスゲぇ秘術を俺達相手に明かして下さったんでぇ?」
 此度の出会いが自身の号令による刃傷沙汰から始まり、まさしく喧嘩押し売りだった手前、人並みに少し負い目を感じるロボだった。

「なに? まぁなんだ、同じ魔法好きというのもあるが──
 ウム、単なる第七位階の"酷評"だけでは、いつまで経ってもコイツが出てはこないだろうなと、そう思ってな」
 漸(ようや)く豪奢な座席をあてがわれたドラクロワは、手にした開栓済みの葡萄酒瓶を振ってみせた。

「あーなるほど! そぉら確かに仰る通り。こりゃまたずいぶんと気が利かず、大変にご無礼をいたしやしたぁ。何卒、平にご勘弁を!
 でー、つきましては旦那ぁ、あの、その……いや、デヘヘへへ……」
 ロボは愛嬌たっぷりに、ポンと額を打ってから、急に下卑たような薄笑いを浮かべ、なにやらしおらしく、モジモジとし始めた。

「なんじゃコヤツ? 急に畏まりおってからに。
 またデカイ図体をして、げに気色の悪い」
 桃色兜のカミラーは、主君ドラクロワに恭しく第二瓶を捧げてから、小さな肩を竦(すく)め、不快さを露にした。

「ウム、知れたことよ。己の短杖(ワンド)に件の"魔法強化の式"を刻んで欲しいのであろう。
 よしよし苦しゅうない、この葡萄に免じて、ひとつ刻んでやるからして、さっさと寄越せ」
 ドラクロワは、尖鋭に整えられた薄紫色の爪の手を広げ、無造作にロボへと向けた。

「へ、ヘェ! じゃその、お言葉に甘えましてぇ、早速とお願いいたしやす!
 て、おいコラッ! テメーらよく見ろ! もう旦那の次がねぇじゃねぇか! 
 ボサッとつっ立ってねぇで、サッサと奥からお代わりをお持ちするんだよ! 
 あーそれとなぁ、酒ばかりじゃあなんだからよ、何かこう、うめえアテでも身繕いてこい! ケチケチしねぇで、特上の刺身と乾きモノを大盛りでお供えするだぞ! もたもたしてたらただじゃおかねぇからな!!
 ったく、気が利かねぇったらありゃしねぇ。いやぁー、誠に相すいやせんね旦那ぁ。コイツらも客人なんて久し振りのこってしてー、誠に申し訳ねぇ限りでさぁ。 
 おーっと旦那! こう云っちゃなんですが、その、それなりに大枚をはたいて手に入れた杖ですからして、その、あ、扱いの方はもそっと丁寧にお願いしやすよ、ホント」
 ロボとしては、なんら躊躇なく己の愛杖を差し出したまではよかったが、ドラクロワがあんまり無遠慮に、もぎ取るように受け取ったので、流石に少し文句を云いたくなった。

「フン。大枚、ときたか。どれ──ウム。ありふれたオーク材にして、持ってみて感じる辺り、並の付与魔法程度の仕上げにしか思えんが、まぁこの際モノは何でもよかろう。
 で、刻むのは、先程得意だとかぬかした、所謂"火炎系"に対応した式、でよいのだな?」
 極めて粗い鑑定を終え、心底つまらなさそうに訊ねるドラクロワ。

「はっ? へ、へぇ! じゃ確かにそれで、そ、その火炎系で、ひとつ宜しくお願いいたしやす!
 いやー、何をどうやって下さるかは、アッシなんかにゃ、トンと分からねえですが、まさしく"棚から蜜菓子"てぇのはこういうヤツですなぁ。
 デヘヘ、もうけもうけの、感謝感激雨霰とくらぁ」

 いきなり問われて返答に窮したロボではあったが、そこはそれ、一応の魔法研究家である。
 魔素への覚書ともなれば、それぞれの分野へ特化したモノがあるのだろうと素早く察し、即座に痙攣するように頷(うなず)いた。

「相分(あいわ)かった」
 ドラクロワはお調子者が云うのをすべて聴かず、握った一尺ほどの魔法杖、その丁度真ん中辺りに、カシっと親指の爪を刺し、そのまま、何か奇妙な一定の文字列のようなモノを、杖を水平方向へ、グルリ一周廻(めぐ)るように刻み入れた。

 すると直ぐに、その式の刻みが、杖の内部より、ゆっくりと瞬(まばた)きするようにして、五度六度、幽(かす)かな緑の燐光を放った。

 そして、また直ぐに何事もなかったように、手擦れで黒光る短杖の常態に鎮まった。

「きゃッ! いいい、今何か、そ、その式、緑に光りませんでしたか? 
 ぜ、絶対、ま、間違いなく、ポワ、ポワ、ポワって感じで光りましたよね!? ねねねねねぇっ!?」
 一気に沸点まで極限興奮したユリアは万歳し、その場で、ピョンピョンと跳ねたかと思うと、ドラクロワの手中にある魔法杖に食い入るように近接し、誰とはなしに呼び掛けて喚いた。

「ウム。済んだぞ。さぁ、存分に試してみるがよい」
 ドラクロワはまた恐ろしくぞんざいにロボへと杖を放った。

「えっ? はっ? こりゃまた! おっとと! うおっ!」
 出し抜けに投げて返還された杖を、上空へと逃げる鰻(ウナギ)を捕まえるようにして、何とか取り落とさず確保したロボである。

「あん? なんだってえ? もう済んだぁ? もう終わったって、まさかそう言ったのかい?
 ちょいとドラクロワとやら、あんたも相当冗談キツいね。
 あのさ、あたしだって居眠りこいてた訳じゃあないんだよ。
 今の今、この二つの目でしっかりと見届けたけど、まっさか、あぁんな、死にかけのミミズが、ニョロニョロと這ったような、おかしな傷をちょちょいと付けたくらいで、金輪際このロボの火炎魔法が何倍にも強くなりました、めでたしめでたし、なぁんて、そりゃ流石に眉、」
 ドラクロワが施した秘術とやらが、拍子抜けするほど、あまりに簡素であったがゆえ、大いに訝しむシュリだった。

「いやいやー姐さん、姐さんの云いたいこともよーく分かりやすが、ちょいとお待ちなせえ。
 別してこの世間てなぁ、とてつもねえモンほど、その成りや拵(こしら)えは地味だってぇ、まぁそう云うこともあるじゃあねえすか。

 ホォレこないだだって、何処で仕入れたか、姐さんがふざけて俺の飯に混ぜた、あの"からし種"、アレのせいでオレァ、三日三晩、生死の狭間ってえヤツをさ迷った挙げ句、しばらくは尻の爛(ただ)れがひかなかったばかりでさぁ。

 でぇ、つまるとこ、いや、もっとも、あん時ゃつまるどころか、ゴロゴロ、ブリブリ、ブーブーブーのピーヒャララてな具合で、もう際限なく下しに下した挙げ句、出るもんがなくなりゃ、終いにゃあ血の泡まで飛び出す始末で、そりゃあもう大変(てぇへん)な騒ぎでやしたがね、」
 神妙な顔で愛杖を撫でまわすロボは、己の味わった劇烈なる実体験などを交えつつ、シュリを説き伏せんと努めるのであった。

「こぉれロボとやらッ!! 誰もお前の汚い身の上話など求めてはおらぬわ!!
 それより、ドラクロワ様が仰ったように、さっさと火炎でも何でも、お前の得意な魔法を放ってみせぬかぁッ!!」
 カミラーは、被った兜が、ビリビリと鳴るほどに吠え立てた。

「あー、お連れさん。へへ、こりゃまた、とんだご無礼をいたしやして相すみませんでしたぁ。
 んじゃ、ひとつ、早速と火炎の魔法を試さしていただきやしょうかぁ──」
 日頃から女の癇癪(かんしゃく)と五月蝿いのには慣れっこか、さしてこたえた様子もない強(したた)かなロボは、気を取り直すように杖を握りしめ、はて、得意の火炎魔法を何処にどう放つべきかと、一旦シュリの顔をうかがう。

 確かにこの倉庫内は、幅も奥行きも等しくだだっ広く、多少の火球を放とうとて、決して逃げ場がないほど手狭でもない。

 だが、それでも室内は室内。そこかしこに置かれた、明らかに安価ではないと見える調度品の数々があり、ただ漫然と放たれた炎がそれらをかすめて火災を招かないとも云えないし、第一火炎の直撃では壁が焦げてしまう。
 
 そこで、ロボの躊躇うような顔を見たシュリは眉根を寄せ、仕方ないねぇ、あたしも付き合って出てやるから、アジトの外、そこの適当な空き地で思い切りやりな、と顎で指示しつつ、直ぐに席から腰を浮かせようとした。

 だが──

「ウム、では少し離れてやるからして、この俺に向け、火球でも火炎でもなんでも浴びせてみるがよい」
 なんと、ものぐさのドラクロワが自ら席を立ち、どけどけとばかりに手を振りつつ十数歩程歩み、そこで改めてロボの方へと向き直ったのである。

「な、なんと! じょ、冗談じゃねぇ、いくらなんでも旦那を的にぃなんて、そりゃあ流石にいけあせん!
 あーいけませんぜぇ旦那! ささっ! どうか、お席にお戻りくだせえ!」
 遠慮か心配か、ブンブンと手を振るロボである。

「ウンウン、まぁ普通はそんな感じで心配しちゃいますよねー。ハイ、分かります分かります。
 あーでもでも、きっと大丈夫ですよ。何と云ってもこのドラクロワさん、その辺の人とは違って、ホントビックリするくらい丈夫なんですから、えぇえぇ。
 な、の、で! ここは、もーう、ちょーっとの遠慮もなく、ドドーンと一発! スッゴいのをぶつけてみましょうよ!! エヘヘへへ……エヘ」

 そう、このとっくに狂おしき好奇心に魅入られていたユリアとしては、一瞬でも早く「魔法式」の効力を確認したいという、ただただその一心のみであった。

「フン、面白い。よしきたロボ、まぁ向こうさんも折角ああ仰ってるんだぁ。その出来た心意気を無下に断るってぇのもあんた、そりゃあ無粋ってぇやつだよ。
 とくりゃあさ、ここは一発、素直にブッ殺すつもりで、ドンと景気いいのをブッ放しておやりよ!」
 生来、嗜虐的(サド)のシュリとしては、ユリアの無責任さに眉をウキウキと上げ、嬉々としてロボに下知をした。

 これに、両脇で見守る50名余の屈強な戦闘員(ギャラリー)たちも、さて、これから一体何が興されるのかと少なからず高揚し、さざ波のごとくどよめいた。

「ンだね!」
 と、渦中よりやや離れて立っていたマリーナも唸り、その隣のシャンが音もなく頷くのにまったく同意であり、今からどんなにか凄い火炎が飛び出すのか興味が尽きなかった。

 それにまた、このドラクロワのこと、多少強化された程度の火炎魔法などは、どうにでもあしらって無力化してくれるだろうとの強い信頼もあった。

「ええ? はぁ……じゃまぁ、なんと云うかこのー、あー、皆々さんがそこまで仰られるんでしたら……。
 ヘェ! アッシも男だ、ドラクロワの旦那にやぁ大変アレですが、ここは一発、気合いの入ったヤツを受け止めていただきやしょうか!」

 無論、魔法強化を施された当人であるロボとしても、魔法の試し打ちには興味津々どころの騒ぎではなく、むしろ悶々とさえしていたのである。
 故に、遠いドラクロワが「早くせぬか」とばかりに首肯したのを確認するや、もう辛抱堪らずといった具合で、直ぐに魔法詠唱に取りかかった。

 だが──

「あー待て待て。確かに今、何でも構わんとそう云ったばかりだが、今放つべきはだな、お前の得意魔法の中でも一番脆弱なもの。それこそを見繕って試すべきである。
 ウム、そうでなければ、出てきた魔法が元から強力なのか、はたまた"式"によって強化されたのか判別が付きにくかろうが」

 言ったドラクロワの提案も甚だもっともである。
 これには"餓狼伝説"も伝説の光の勇者団も分け隔てなく同意し、一様に頷いたという。

「ハァーッ、なるほどぉ。フン、確かに確かに……旦那の仰るのももっとな話だぁ。
 ハァン、とくりゃあ……このアッシが常日頃からちょいと煙草を点けるのやぁ、もっぱら、くだらねえ塵(ゴミ)を燃やすのに使ってる、この程度の小さな火球辺りが適当でよろしいかと、そう思いやすがぁ。
 うん、どうでしょ? とりあえずは、それ辺りで構いやせんかぁ?」
 ロボは鼻息荒くも、革手袋のゴツい両掌で何かを丸めるような仕草をし、離れたドラクロワをうかがう。

「ウム、それがお前の中で最弱にあたるのなら、それでよかろう」
 決まったのなら、さっさと放てと、白い顎をしゃくるドラクロワの旦那である。
 
「ヘェ、じゃあオッホン! あー、まぁこのぉー、えー、あーこの度、誠に僭越ながらぁ、このしがねぇ化け物狩人部隊"餓狼伝説"、そのケチな番頭をやっておりやすアッシことロボ=ウルブ、明けても暮れても魔法研究三昧のぉ、花の独身46歳でござんすがぁ──
 アー、本日ぅ甚だ恐縮ながらぁ、万感の想いを込めてぇ、あひとつ渾身のへっぽこ火球をばぁ、て、あれぇ? コリャぁまた"渾身のへっぽこ"ってぇのもどうにも妙な話ですなぁ。エヘ、デヘヘ……。
 まいーや。で、そいつをですなぁ、これまた何の因果か、こーして出逢ったばかりのドラクロワの旦那の胸をお借りする形でぇ、あーそのぉ、ひとつブッ放してみようかと、こう存じております次第になり候うと、あーチャンチャンチャンときたもんだぁ。
 でぇ、振り返ればそのー、このアッシにとっての魔法とは、まさに長年連れ添った恋女房みてぇなヤツでしてぇ、ま、つまるとこ、なんと申しやしょうかー、あぶッ!おばはぁッ!!」

 と、極めてご満悦に、余りにも冗長なる前口上を垂れ流すロボであった。

 が、その相応なる代償として、彼の後頭部にはシュリの放った鋼の棒手裏剣が深々と食い込み、そして、それとほぼ同時に、カミラーの投擲した、無回転にして唸りを上げる葡萄酒の空瓶が、見事その右側頭部をとらえ、そこに危険なほどに深くめり込んだという。
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