退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正

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231話 黒い巨塔

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「カミラーめ、しくじりおったな」
 ドラクロワは、さしたる感慨も痛恨さもなく、ただ冷淡に呟いた。

 その魔王が眺めし炎の舞台上では、仮初(かりそ)めの巨人と化したユリア、その背後の空間から、自ら火に入り、焼け落ちる蛾のごとく、華美な桃色ドレスを纏った何かが、ゆっくり、ゆっくりと落下してゆくのが見えた。

 それというのは、仲間割れして混戦をするユリアの背後より忍びより、その肌に触れて昏倒をさせようと目論んだカミラーであった。

 だが、その亜光速の刺客は、今や焼きが回って使いようもなく投げ棄てられた炭のごとく、白い灰と火の粉を舞わせながら床に墜落した。

「ブハハハハハハハハーッ!! ケーッ! コンのクソバンパイアが! この俺様がなぁんの策もなしに、ノホホーンと焚き火だけしてたとでも思ったか!?」
 ユリアは、自らのサフラン色ドレスの背を指差して哄笑した。

「ハッ! カ、カミラー様!?」

「カミラー様!! うっ!!」

 と、灰銀色のメイド服のアンとビスとが、力なく仰向けに倒れたカミラーに駆け寄ろうとするが、それを露骨に通せんぼするユリアから激しく睨まれ、たちまち急制動からの踏鞴(たたら)を余儀なくされた。

「ケッ! 悔しいが、流石のこの俺様も、コイツのすばしっこさだけにゃー敵わねえからな、コイツにゃあコイツ専用の罠を仕掛てたってぇ訳よ。

 どうせこの忠犬バカのことだ、あのドラクロワにちょっと行ってこいって命令されて、俺様のスキをついて、自慢の退神聖属性をかまして来るだろうたぁ読んでたぜ。

 ニヘヘヘ、予(あらかじ)め背中の辺りに神聖魔法の蜘蛛の巣を張っておいて正解だったようだな」
 己の背後一面に、神聖魔法系の空間固定式地雷を隠していたユリアは、勝ち誇ったような残忍笑みを浮かべ、高みから小さなカミラーを見下ろした。

 憐れ。それに無策、高速で突進したカミラーは、神聖魔法にて強烈に焼かれたせいで、右腕は粉砕して空の袖となっており、また美しかった顔の上半分は、ただ白い灰がまぶされたような、ぽっかりとした空洞にさせられていた。

 ゆえに、纏ったいつもの壮麗なドレス、また半開きにした口腔からのぞく小さな牙がなければ、これが誰なのか判別出来ぬほどの損傷であったという。

「んおっ? テメーら、なんか丁度いいの持ってるじゃねえか。ヤイコラ、よこせ!
 ニヘヘ、よーしよし……早速とコイツでー、と」
 ユリアは信じられない速度と怪力を振るい、戦慄するアンとビスの六角棒を雑に薙ぎ払うようにしてもぎ取ったかと思うと、それを両肩に担ぐように振りかぶった。
 と、その直下には、ようやく痙攣を始めたカミラーがある。

「キャッ! ユリア様!! それ以上はもう!」

「お、お止めくださいっ!!」

 アンとビスがほぼ同時に叫ぶが、ユリアはまったく意に介さず、無情にも、神聖属性を帯びさせた、青白い燐光に包まれた鋼の二棍を振り下ろした。

 直後、凄まじい打撃音が鳴り、ライカンの姉妹らは、とどめとばかりに重体のカミラーが打ちのめされ、無残極まりないボロとなって乱れ飛ぶのを思い、つい眼を背けた。

 だが現実は、ユリアのトドメ打ちとは、単なる空虚な乱撃でしかなかった。

 そう、兇気のユリアが強(したた)かに打ちのめしたるは、ただの炎の踊る床のみであり、その落下地点には大穴こそ空いたものの、砕けて跳ねるカミラーなどなかった。

 と、その代わりに、新たな登場人物の二影がいた。
 それらは尚、フリルの袖口から灰を溢(こぼ)すカミラー、そのドレスの背中を無造作に掴んで提(さ)げるドラクロワであり、また、その直ぐ隣には、煌めく紫銀のマントを胸前で、きっちりと閉めたロマノが忽然と現れていた。

「おが? へぇー、やっとこさ大将ドラクロワ様のお出ましってぇとこか?
 んお!? あんでこんなところに、お師匠まで!?」
 ユリアは鋼の棒を前で突いて、お化け蜘蛛のような体裁で前のめりになって、その高みから小首を傾げつつ、知り合い二人を睨め付ける。

「なるほど、やはり前々から思ってはいたが、お前というヤツは、多少呑ませた方が断然面白いな」
 ドラクロワは炎に煌めく天鵞絨(ビロード)の漆黒マントをはためかせつつ、超然と述べた。

「ではドラクロワ様。この不肖不出来の弟子ですが、如何いたしましょう?」
 ロマノも長い豊かな黒髪を炎風に靡(なび)かせて問う。

「ウム。せめて、弟子の粗相(そそう)は師匠である自分の手で始末を付けたい、と申すか?
 俺は別に構わんが、余り刻はないぞ」
 無機質に言ったドラクロワは、早くもこの一件は委せたとして、カミラーを無造作にぶら提げたまま、直ぐに舞台袖へと踵(きびす)を返すのだった。
 
「は。この度は、まったく私の不徳のいたすところにして、挙げ句このような事態となりまして、まさに慚愧(ざんき)の至りにございます……。
 と──さて、一体どう料理したらよいものですかね、我が蒙昧(もうまい)の弟子、ユリア」
 ロマノは背の魔王へ向けて一礼を済ませるや、黒石の指環が光る左手で、死刑宣告のごとくに、スッとユリアの顔面を指した。

「はえ? て、ヤイコラッ!! 黙って聞いてりゃ、人のことを不出来だなんだと、なーんかスンゴイお粗末様にしてくれやがったなぁ!!」
 ユリアは一層激昂し、高みの小さな頭部から、耳を覆いたくなるような、ギリギリとした歯軋りを溢(こぼ)す。

「ユリア。貴女は"それなり"に有能さを開花させましたが、その代わりに、およそ叡智(えいち)、品性といった類いのモノを大いに欠落させてしまったようですね。
 一応命までは取りませんが、少々きついお仕置きにはなりますよ? さ、覚悟をなさい」
 ロマノはいかにも懲罰の教師然とした口調で諭すように言い、それに似つかわしいように、やや丸顔の面を厳しくした。

「ぃ喧(やっかま)しいっ!! あんなあ!? 今や俺様は師匠なんか遥かに超越した、超・絶・大・大・大・大魔導賢者様になったんだよ!!
 つーこたぁ、変態露出狂のお前なんかじゃ、もうこれっぽっちも釣り合わねえんだから、どーせやるなら、そこをスタスタ行く、その万年顔面神経痛のドラクロワ野郎とやらせろよ!! んなぁ!? おいコラ、聞こえてんのか!!? あぁー!?」
 ユリアは相変わらずの罵詈雑言を吐きながら、手にした鉄棍にて、まるで蝿でも追っ払うようにロマノを横殴りに振り払おうとした、が。

「ンム、ユリア。本当に妄言もいい加減にしなさい」
 涼し顔をしたロマノは、まったく毛ほども動じていない。

 刹那、何か硬質なモノが、ゴオンッ! と遠くで床を打って跳ねた。

「あえ? 何でテメーどかねえ………………ンギャァー!!」

 ユリアは、先ず一番に、眼下で屹立したままの師匠を見下ろして、ある一抹の不安じみた強烈な違和感を覚え、次いで自身の右腕とアンから奪ったあの六角棒、それがなぜか見当たらぬので、視線を自身の右の肩口へと這わせた。

 と、そこらで漸(ようや)く、自分の右腕が根元から切断され、遠くの床で六角棒を握ったまま転がっているのに気付いてから、眼を剥いて絶叫した。

 見れば、その驚愕の足元では、ロマノが繊細な金のブレスレット煌めく左の手刀を掲げている。

「やれやれ。まだまだこの程度で、はしたなく喚くモノではありませんよ。
 そうですね、今更ながらにユリア。貴女、先ほどからドラクロワ様を前に、少々頭が高すぎます」
 ロマノは蠱惑かつ嗜虐的(サド)な笑みを浮かべつつ、再度左の腕を振るった。
 すると、なにやらその手刀の先から出て長く伸びる、怪しきエメラルド色の閃光の帯のようなものがユリアの足元で、キラキラと踊った。

「あいっ!?」

 と、何かとてつもない不吉を感じて戦慄したユリアは、はっと叫ぶのを止め、ピョンとばかりに後方へと跳び退いた。

「ヤイコラ師匠! そ、それなんなんだよ!?
 んなの教えてもらった覚えはねえ、ぞ!?」
 ダンッと着地して喚くユリアだったが、急に後ろ頭を牽(ひ)かれたような具合で、なぜか仰向けに傾いてしまう。

「あえ? 今度は、ななな、なーにしやがったぁ!?」
 無論、無意味に倒されてなどなるものかと、咄嗟に何とか踏ん張ってバランスを取ろうとするユリアだったが、その努力とは裏腹に、見える景色は前へと流れるばかりで、遂には後方へと大きく倒れ、背中、次いで後頭部を硬い舞台の床へと強(したた)かに打ち付けた。

「アンギャーッ!!」

 またもや絶叫し、残された不気味に長い左腕を振って、ジタバタとするユリアだったが、即座に、おのれ、よくもやりやがったなと、そこから起き上がろうとする。

 だがしかし、その無様な仰向けの状態から、ほんの少しも起き上がることすら叶わなかった。

 見れば、その脚の太ももから先は、ドレスもろとも両方が消失しており、ただその輪切りにされた脚の断面から、煌めく熔岩を思わせる奇怪な血液らしきモノが盛大に噴出しているばかりである。

「アギャー!! ななな、なーんで俺様の脚がぁー!!!!」
 なんとか長い首だけを起こしたユリアは、そこから幾らか離れた床に、乱切りにされた自らの脚が散らばっているのを認めては悶絶した。

「さて、これで漸(ようや)く術者本人が昏倒したということで──」
 一応の用は果たしたとして、左手から無限に伸びた光の魔法剣を消したロマノは、優に五十メートルを越す、上の大天井をすら舐めて焦がす、問題の荒れ狂う炎の竜巻に振り返った。

「はっ!」

 なんと、その成人男性十人が両手を伸ばして囲うほどの、あんなに白かった炎の螺旋が、突然ロマノの視線に反応でもしたかのように、漆黒の竜巻へと変化したではないか。

 その奇怪な変貌を果たした超絶火炎魔法とは、まるで煌めく黒煙の竜巻のようであり、ゾッとするほどに美しく、また禍々しかった。

「ウム。ロマノよ、どうやら手遅れだったようだ。
 是非もなし。俺が今から発現させる魔法障壁に併(あわ)せ、お前も、お前最大の魔法障壁を多重発現させろ」
 いつの間に集めたか、自身の足元にマリーナ、シャン、カミラーを乱雑に転がしたドラクロワは、暗黒の螺旋塔へと白い顎をしゃくった。
 
「はっ、仰せのままに」
 即答したロマノは、両手を前方へと掲げ、ドラクロワの防壁魔法発動に呼吸を合わせようと、全神経を集中させた。

「ウム──」

 唸るように溢したドラクロワは、己の背後に察しのよいアンとビスとが接近し、今まさに発動させようとする魔法障壁の領域内にそれらが無事入ったのを覚えた。

「ドラクロワ様。このような土壇場で甚だ不謹慎にはございますが、彼(か)のドラクロワ様と魔法連携をさせていただくなど、只の隠者の身となった私などには夢ようで、まさしく光栄の至りにございます」
 ロマノが泣き笑いのような顔で言った。

「そうか──来るぞ」
 
 と、無味乾燥にドラクロワが言った直後である。突然、耳がつまったような感覚が起きたかと思うと、すべての音は絶え、視界は、荒ぶる黒龍のごとき竜巻を中心に、死を思わせる灰色世界へと変貌した。

 そして、それに呼応するかのようにして、ドラクロワを中心に紫の光のドームが急速に展開。
 更には、それに半瞬遅れて追従するように同系統の魔法障壁を多重させたロマノからも、半透明な紫色の半球が拡張した。

 そう、事ここに至って、ユリアが招いた強力な超絶破壊魔法、対、魔王とそれに追従する元魔戦大将軍との真っ向勝負と相成った訳だ。
 
 と、直ぐに、死滅の黒螺旋が中心より放つ、のっぺりとした白い世界が紫色のドームに触れて交わった。

 流石は魔界が誇る屈指の大魔導師二人の相乗魔法である。その白の絶望世界の侵蝕を敢然と食い止めているかに見えた。

 だが、見れば、その磐石と思われた魔法障壁の外縁は、煮られた即席ラーメンの硬い四角が解(ほぐ)れるようにして、徐々に徐々にとほどけて、露骨に孔(あな)を拡大形成させてゆくのだった。

「あぁドラクロワ様、誠に、無念にござ……」
 
 ドラクロワは、己の背後から、そんなロマノの消え入るような声、またその気配そのものの瓦解と消失とを感じた。

「なに、情けないことを申すな。まだまだ俺などこれからだ、ぞ」
 憤怒の顔のドラクロワの紫の瞳、それがただの白一色を映した。

 そして、悲しいほどの無音にて、白の大爆裂が、世界を、またドラクロワの精神をも含む、すべてに波及した。

 これには流石の魔王も目蓋を下ろし、(ええい、儘よ)と、最終手段である瞬間の長距離移動魔法へと移行せんとした。

 だが──
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